唇を噛み締め俯いてしまったあたしに、西門さんは小さく溜息をつくと、軽くあたしの頭を叩いた。 「んな死にそうな顔すんなよ。いいか、1年前類がフランスへ行くことになって・・・・・お前を連れて行きたいって言ったあいつの申し出を断ったのはお前だぜ?」 「・・・・・わかってるよ・・・・・」 「そのとき言えなかった気持ちを、帰って来たら言うんだって言ってただろ?今度言わなかったら、また後悔することになるぞ」 「・・・・・・うん」 西門さんの言葉に、あたしは渋々頷いた。 「だったら・・・・・ちゃんと言ってこいよ。それで、ちゃんと聞きたいこと聞いて来い。この写真が何なのかって」 トン、と西門さんが類の記事を指で弾く。 「それでもし・・・・・玉砕しちまったら、俺のとこに来いよ。ちゃんと待っててやるから」 にやりと笑う西門さん。 「何言ってんの、もう・・・・・。それよりも、こっちの写真はどうすんの?」 そう言ってあたしは、あたしと西門さんの写真が写っているページを開いて見せた。 西門さんが、目を丸くする。 「なんだこりゃ。いつの間に・・・・・どうせならもっとかっこ良く写ってるやつ使って欲しいな」 「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ?」 「心配すんなよ。こんな記事の1つや2つ、どうにでもなる。お前は、類のことだけ考えてな」 そう言って、あたしの髪をぐちゃぐちゃに掻きまわす西門さん。 「ぎゃあっ、やめてよ、もお!」 そう言って西門さんを睨みながらも。 いつもこんなふうにあたしの背中を押してくれる彼に、心の中で感謝していた・・・・・。
空港に現われた花沢類。 1年前と変わらぬその姿に、あたしは見惚れてしまってすぐに声をかけることが出来なかった・・・・・。
ゆっくりと歩き、行ってしまおうとする花沢類に、あたしは慌てて駆け寄った。 「花沢類!待って!」 あたしに気付き、足を止めた花沢類。 少し意外そうな顔をして、あたしを見つめていた。 「牧野・・・・・・。来ないかと思った」 その言葉に、あたしは驚いた。 「だって、空港まで来て欲しいって言ったの、花沢類でしょ?」 「そうだけど・・・・・・。これ、見たから」 そう言って類があたしに見せたのは、それまで類の手に丸められていたせいで気付かなかったが、あの写真週刊誌だった・・・・・。 「それ・・・・・」 「・・・・・知らなかったから。言ってくれれば良かったのに。総二郎のこと・・・・・・」 あたしから目を逸らしてそう言う類に、あたしは慌てて首を振る。 「ち、違うの、これは―――」
そのときだった。 「よお、類。お帰り」 突然聞こえてきた声に、驚いて振り向く。 「総二郎・・・・・」 「西門さん!何でここに!?」 にっこりと、いつものように余裕の笑みを浮かべて立っていた西門さん。 来るなんて、言ってなかったのに・・・・・。 「親友の出迎えに来ちゃわりいかよ?あれ、類、その雑誌見たのか?」 西門さんが、類の手に握られた雑誌を見る。 「なかなかうまいこと撮れてるけどよ、一緒にいたあきらが入ってないってのはひでえよな。あいつ、透明人間かよ」 「・・・・・あきら?」 「ああ。この時一緒にいたんだよ。一瞬はぐれちまって・・・・・この写真はちょうどそのときに撮ったやつだろ。な?牧野」 西門さんの言葉に、あたしはほっとする。 「う、うん」 「それにしても、お前はいつの間に婚約なんかしたんだよ」 西門さんの言葉に、あたしは自分のコートの袖をぎゅっと掴んだ。 「婚約?何のこと?俺、婚約なんかしてないよ」 類が訝しげな顔で言うのに、西門さんは類の手から雑誌を取り上げた。 「ふーん、じゃあこれは?」 そう言って開いて見せたのは、あの類と女性が写っているページだ。 それを見て、類が目を瞬かせる。 「何だ?これ。俺、知らないけど・・・・・・」 「知らない?この女もか?」 「いや、この人は・・・・・ああ、そうだ、静の依頼人だ」 「は?静?」 類の答えに、西門さんが目を見開く。 「うん。この日、急に静から連絡があって、空港までこの人を迎えに行ってほしいって。本当は静が行くはずだったんだけど、前の仕事が押してて、どうしても間に合わないからって頼まれたんだ」 「なるほど、静のね・・・・・。だってさ、牧野。良かったな」 そう言ってにやりと笑うと、西門さんはあたしの頭をぐりぐりと撫でた。 「ちょっと!」 「じゃ、俺は行くわ。大事な話があるんだろ?またな、類」 そう言って手を振ると、西門さんはさっさと行ってしまったのだった・・・・・。
「もう・・・・・」 あたしは髪を手で直しながら・・・・・ なんとなく気恥ずかしくて、類の顔を見れないでいた。 「・・・・・牧野」 呼ばれて、顔を上げる。 薄茶色のビー玉のような瞳に、あたしが映っている。 胸の鼓動が、早くなる。 「・・・・・ほんとに・・・・・総二郎とは何もない?」 聞かれたことに、あたしは目を瞬かせた。 「な、何もないよ。言ったでしょ?その時だって、美作さんも一緒で・・・・・たまたま少しだけはぐれちゃっただけなんだから」 「・・・・・・だけど、ずいぶん親密そうに見えるから。さっきのだって・・・・・ずいぶん、総二郎に大事にされてるみたいだった」 大事?どこが? 「そんなこと、ないよ。いつも憎まれ口ばっかりで・・・・・西門さんとは喧嘩友達みたいなもんだもの。西門さんのこと、そんな風に見たことないし、西門さんだってあたしのことなんて女として見てないよ」 そういうと、類はちょっとあたしから目を逸らし、小さな溜息をついた。 「・・・・・どうだか。1年もあれば、人の気持ちなんて変わるでしょ。牧野の気持ちだって・・・・・俺にはわからないよ」 冷たく言われた言葉に、あたしの胸がずきんと音を立てた。
―――1年もあれば、人の気持ちなんて変わる・・・・・。
類の気持ちも、変わっちゃった・・・・・・・?
涙が溢れそうになり、慌ててごまかすように下を向く。 次にあたしの口から出てきたのは、自分でも驚くような言葉だった。 「あ・・・・・あたしに話って何?あたしてっきり、その雑誌にでてる婚約のことかと思って・・・・・だったら、お祝いしなきゃって―――」 そんなの嫌だ。 そう思ってるのに、何でこんなこと言っちゃうの。
その瞬間。 類の手が、あたしの手首を思い切り掴んだのだった。
「何だよ、それ」
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