***Fantasista vol.7***



 -soujirou-

 「付き合ってたって言っても・・・・・3ヶ月くらいのことなの。花沢類が、大学を卒業する前の、3ヶ月・・・・・。最初は、ただ楽しかった。花沢類といることは自然で、道明寺といるときみたいに喧嘩もしなかったし・・・・・そのままずっと、一緒にいられたらって、思ってた。そのときは・・・・・」
 辛そうに伏せられる、牧野の瞳。
「・・・・・何があった・・・・・?」
「・・・・・プロポーズ、されたの」
「プロポーズ・・・・・」
「あたし、花沢類の家のことはほとんど知らなくって・・・・・・花沢類も特に話さなかったし、あたしも詳しく聞いたことはなかった。だから、フランス支社での仕事につくことになってるなんて、ちっとも知らなくって・・・・・。突然、着いて来てほしいって言われたの。結婚して欲しいって・・・・・」
 そこまで話すと、牧野は小さく息を吐いた。
「・・・・・すごく、迷った。結婚て言葉を聞いて・・・・・道明寺とのことを思い出して・・・・・。また、あんなふうに嫌な思いをするかもって思ったら・・・・・・でも、花沢類は、あたしを守るって言ってくれた。全力で・・・・・・あたしを幸せにしてくれるって。だから、あたしも、そのプロポーズを受けたの。花沢類のこと、本当に好きだったから・・・・・でも・・・・・」
「でも?」
「・・・・・違ったの・・・・・」
「違う?何が?」
 再び俯き、涙を流し始めた牧野。
 俺は、牧野の髪をそっと撫でた。
「牧野・・・・・?」
「あたし・・・・・そのプロポーズ受けた日に・・・・・花沢類と、ホテルに泊まったの」
 息が、止まったかと思った。
 男女が付き合っていれば、それは当然のこと。
 なのに、俺はその言葉にショックを受け・・・・・すぐに言葉を発することが出来なかった。

 「今まで、デートはしても泊まったりしたことはなくて。だから・・・・・すごく緊張して・・・・・でも、緊張してるだけだって、思ってた。花沢類は、怖がるあたしに、焦らなくていいからって優しく言ってくれて・・・・・・でも、そのとき気付いたの」
「・・・・・何を?」
「あたしは・・・・・花沢類のこと、男として好きなんじゃないんだって」
「それは・・・・・・」
「あたしはずっと、花沢類を友達としてしか、見てなかったの・・・・・。高校生のころ、花沢類に恋したことがあったけど・・・・・そのころの気持ちとは、全く違う。あたしの中で、花沢類はもう・・・・・男の人じゃなかった・・・・・。それに気づいて・・・・・愕然とした。自分で自分の気持ちに気付かないなんて、なんて馬鹿なんだろうって。それでも、花沢類はあたしを責めなかった。あたしの気持ちをわかってくれて・・・・・でも・・・・・花沢類は、あたしに言ったの」
「何を?」
「・・・・・知ってたって・・・・あたしの気持ち、気付いてたって・・・・・。それでも、いつかはその気持ちも変わるかもしれないって思ってたんだって・・・・・そう言ったの・・・・・」
 ぽろぽろと、頬を流れ落ちる涙。
 俺が指で掬ってやっても、それは止まることがなかった。
「あたし・・・・・3ヶ月もの間、自分の気持ちにも、花沢類の気持ちにも気付かず・・・・・あの人を、花沢類を傷つけてたの・・・・・あんなにあたしのことを思ってくれてた人を・・・・・・取り返しがつかないほど・・・・・傷つけてしまった・・・・・」
「牧野・・・・・・」
 涙を流し続ける牧野をそっと抱き寄せ、背中に腕を回す。
 震える牧野の体。

 類を、傷つけてしまったという事実。
 自分の本当の気持ちを知っていてもなお、傍にいてくれた類への思いと、それを踏みにじってしまったと思っている自責の念が・・・・・その震える肩から、伝わってくるようだった。

 「牧野・・・・・泣くな・・・・・・」
 そっとその黒髪にキスを落とし、落ち着かせるように囁きかける。
 声を押し殺して泣き続ける牧野が痛々しくて。
 他に、かける言葉が見当たらなかった。
 女が泣いてるときにかけてやる言葉なんて、今までいくらでも思いついたのに・・・・・
 今は、これ以上ないってくらい惚れてる相手を前にして、どうしたらいいか、わからなかった・・・・・。


 暫くして・・・・・漸く泣き止んだ牧野が、恥ずかしそうに俺から離れた。
「ご、ごめん、なんか止まらなくなっちゃって・・・・・」
「いや・・・・・」
「ずっと・・・・・誰にも言ってなかったから。聞いてもらってよかったかも。西門さんの言うとおり、少し、整理ついた気がする」
 そう言って強がって笑って見せる牧野が、逆に痛々しかった。
「・・・・・無理、すんな。俺でよければいつでも聞いてやるし・・・・・酒くらい、付き合ってやるよ」
 そう言うと、またちょっと笑う牧野。
「ありがと」
 それでもやっぱりその顔は無理してて。

 違う。そんな言い方じゃダメだ。

 牧野の力になりたいのに、どうしていいかわからないジレンマに、俺は少し焦っていた。

 「西門さん・・・・?どうかした・・・・・?」
 何も言わず、牧野の肩を掴む俺を、不思議そうに見上げる牧野。
 その頬には、まだ涙の跡がくっきりと残っていて、目も真っ赤に充血していた。
「・・・・・俺じゃ、ダメか?」
「え?」
 目を瞬かせる牧野。
「その傷・・・・・俺じゃ癒せないか・・・・・?」
「西門さん・・・・・?」
 不思議そうに首を傾げる牧野。
 俺はそんな牧野を、じっと見つめた。
「俺・・・・・牧野が、好きだよ」
 その言葉に目を見開き・・・・・困ったように眉を寄せる。
「何言ってるの・・・・・?からかわないでよ」
「からかってんじゃねえよ。本気で・・・・・俺は、お前に惚れちまったんだ。だから・・・・・俺と、付き合って欲しい」
 戸惑いに揺れる牧野の瞳。
「ちょっと・・・・・待ってよ、急にそんな・・・・・嘘でしょ?西門さんが、あたしのことなんて・・・・・」
「ああ、俺も信じらんねえよ。でも・・・・・本気なんだ。本気で、俺はお前に惚れてる。こんなとき・・・・もっとうまい口説き方がありそうなのに、それも思いつかねえ。マジで告白なんて、どうしたら良いかわからねえ。だけど、もう後戻りできない。自分でも押さえが利かないくらい・・・・・お前のことしか、考えらんねえんだよ」
 それでもまだ信じられないような顔で、俺を見つめる牧野。
 どう受け止めたら良いのかわからない。
 そんな顔だ。
「・・・・・今すぐ答えろとは言わねえよ」
 俺は苦笑して言った。
「ただ、考えといてくれ。俺のこと・・・・・」
「西門さん・・・・・でも、あたしは・・・・・」
「頼むから、今すぐ振ったりすんな。これでも、デリケートにできてんだ」
 そう言うと、牧野はまた困ったように俺の顔を見つめた。
「・・・・・都合のいい男でもかまわねえから。お前がちゃんと、類とのことを整理つけられるまで待っててやるよ。だから、泣きたいときは俺を呼べ。どこにでも行ってやる」
「そんな都合のいいこと・・・・・」
「良いんだって。自分1人で抱え込まれたりするよりずっと良い。おれを頼りにしろ。それで、いつか整理がついたら・・・・・俺のこと、ちゃんと男として見てくれ。それまで、ちゃんと待つから。だから・・・・・傍に、いさせていくれ」
 ただ、傍にいたいんだ。
 牧野の一番近くにいる権利・・・・・
 それを、手に入れたかった・・・・・。





  

お気に召しましたらクリックしていってくださいね♪