-soujirou-
「付き合ってたって言っても・・・・・3ヶ月くらいのことなの。花沢類が、大学を卒業する前の、3ヶ月・・・・・。最初は、ただ楽しかった。花沢類といることは自然で、道明寺といるときみたいに喧嘩もしなかったし・・・・・そのままずっと、一緒にいられたらって、思ってた。そのときは・・・・・」 辛そうに伏せられる、牧野の瞳。 「・・・・・何があった・・・・・?」 「・・・・・プロポーズ、されたの」 「プロポーズ・・・・・」 「あたし、花沢類の家のことはほとんど知らなくって・・・・・・花沢類も特に話さなかったし、あたしも詳しく聞いたことはなかった。だから、フランス支社での仕事につくことになってるなんて、ちっとも知らなくって・・・・・。突然、着いて来てほしいって言われたの。結婚して欲しいって・・・・・」 そこまで話すと、牧野は小さく息を吐いた。 「・・・・・すごく、迷った。結婚て言葉を聞いて・・・・・道明寺とのことを思い出して・・・・・。また、あんなふうに嫌な思いをするかもって思ったら・・・・・・でも、花沢類は、あたしを守るって言ってくれた。全力で・・・・・・あたしを幸せにしてくれるって。だから、あたしも、そのプロポーズを受けたの。花沢類のこと、本当に好きだったから・・・・・でも・・・・・」 「でも?」 「・・・・・違ったの・・・・・」 「違う?何が?」 再び俯き、涙を流し始めた牧野。 俺は、牧野の髪をそっと撫でた。 「牧野・・・・・?」 「あたし・・・・・そのプロポーズ受けた日に・・・・・花沢類と、ホテルに泊まったの」 息が、止まったかと思った。 男女が付き合っていれば、それは当然のこと。 なのに、俺はその言葉にショックを受け・・・・・すぐに言葉を発することが出来なかった。
「今まで、デートはしても泊まったりしたことはなくて。だから・・・・・すごく緊張して・・・・・でも、緊張してるだけだって、思ってた。花沢類は、怖がるあたしに、焦らなくていいからって優しく言ってくれて・・・・・・でも、そのとき気付いたの」 「・・・・・何を?」 「あたしは・・・・・花沢類のこと、男として好きなんじゃないんだって」 「それは・・・・・・」 「あたしはずっと、花沢類を友達としてしか、見てなかったの・・・・・。高校生のころ、花沢類に恋したことがあったけど・・・・・そのころの気持ちとは、全く違う。あたしの中で、花沢類はもう・・・・・男の人じゃなかった・・・・・。それに気づいて・・・・・愕然とした。自分で自分の気持ちに気付かないなんて、なんて馬鹿なんだろうって。それでも、花沢類はあたしを責めなかった。あたしの気持ちをわかってくれて・・・・・でも・・・・・花沢類は、あたしに言ったの」 「何を?」 「・・・・・知ってたって・・・・あたしの気持ち、気付いてたって・・・・・。それでも、いつかはその気持ちも変わるかもしれないって思ってたんだって・・・・・そう言ったの・・・・・」 ぽろぽろと、頬を流れ落ちる涙。 俺が指で掬ってやっても、それは止まることがなかった。 「あたし・・・・・3ヶ月もの間、自分の気持ちにも、花沢類の気持ちにも気付かず・・・・・あの人を、花沢類を傷つけてたの・・・・・あんなにあたしのことを思ってくれてた人を・・・・・・取り返しがつかないほど・・・・・傷つけてしまった・・・・・」 「牧野・・・・・・」 涙を流し続ける牧野をそっと抱き寄せ、背中に腕を回す。 震える牧野の体。
類を、傷つけてしまったという事実。 自分の本当の気持ちを知っていてもなお、傍にいてくれた類への思いと、それを踏みにじってしまったと思っている自責の念が・・・・・その震える肩から、伝わってくるようだった。
「牧野・・・・・泣くな・・・・・・」 そっとその黒髪にキスを落とし、落ち着かせるように囁きかける。 声を押し殺して泣き続ける牧野が痛々しくて。 他に、かける言葉が見当たらなかった。 女が泣いてるときにかけてやる言葉なんて、今までいくらでも思いついたのに・・・・・ 今は、これ以上ないってくらい惚れてる相手を前にして、どうしたらいいか、わからなかった・・・・・。
暫くして・・・・・漸く泣き止んだ牧野が、恥ずかしそうに俺から離れた。 「ご、ごめん、なんか止まらなくなっちゃって・・・・・」 「いや・・・・・」 「ずっと・・・・・誰にも言ってなかったから。聞いてもらってよかったかも。西門さんの言うとおり、少し、整理ついた気がする」 そう言って強がって笑って見せる牧野が、逆に痛々しかった。 「・・・・・無理、すんな。俺でよければいつでも聞いてやるし・・・・・酒くらい、付き合ってやるよ」 そう言うと、またちょっと笑う牧野。 「ありがと」 それでもやっぱりその顔は無理してて。
違う。そんな言い方じゃダメだ。
牧野の力になりたいのに、どうしていいかわからないジレンマに、俺は少し焦っていた。
「西門さん・・・・?どうかした・・・・・?」 何も言わず、牧野の肩を掴む俺を、不思議そうに見上げる牧野。 その頬には、まだ涙の跡がくっきりと残っていて、目も真っ赤に充血していた。 「・・・・・俺じゃ、ダメか?」 「え?」 目を瞬かせる牧野。 「その傷・・・・・俺じゃ癒せないか・・・・・?」 「西門さん・・・・・?」 不思議そうに首を傾げる牧野。 俺はそんな牧野を、じっと見つめた。 「俺・・・・・牧野が、好きだよ」 その言葉に目を見開き・・・・・困ったように眉を寄せる。 「何言ってるの・・・・・?からかわないでよ」 「からかってんじゃねえよ。本気で・・・・・俺は、お前に惚れちまったんだ。だから・・・・・俺と、付き合って欲しい」 戸惑いに揺れる牧野の瞳。 「ちょっと・・・・・待ってよ、急にそんな・・・・・嘘でしょ?西門さんが、あたしのことなんて・・・・・」 「ああ、俺も信じらんねえよ。でも・・・・・本気なんだ。本気で、俺はお前に惚れてる。こんなとき・・・・もっとうまい口説き方がありそうなのに、それも思いつかねえ。マジで告白なんて、どうしたら良いかわからねえ。だけど、もう後戻りできない。自分でも押さえが利かないくらい・・・・・お前のことしか、考えらんねえんだよ」 それでもまだ信じられないような顔で、俺を見つめる牧野。 どう受け止めたら良いのかわからない。 そんな顔だ。 「・・・・・今すぐ答えろとは言わねえよ」 俺は苦笑して言った。 「ただ、考えといてくれ。俺のこと・・・・・」 「西門さん・・・・・でも、あたしは・・・・・」 「頼むから、今すぐ振ったりすんな。これでも、デリケートにできてんだ」 そう言うと、牧野はまた困ったように俺の顔を見つめた。 「・・・・・都合のいい男でもかまわねえから。お前がちゃんと、類とのことを整理つけられるまで待っててやるよ。だから、泣きたいときは俺を呼べ。どこにでも行ってやる」 「そんな都合のいいこと・・・・・」 「良いんだって。自分1人で抱え込まれたりするよりずっと良い。おれを頼りにしろ。それで、いつか整理がついたら・・・・・俺のこと、ちゃんと男として見てくれ。それまで、ちゃんと待つから。だから・・・・・傍に、いさせていくれ」 ただ、傍にいたいんだ。 牧野の一番近くにいる権利・・・・・ それを、手に入れたかった・・・・・。
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