-soujirou-
あきらが行ってしまってから10分ほど経ったころ、牧野が現れた。 「あれ?美作さん、まだ?」 俺しかいなかったことを不思議に思ったのか、首をかしげて聞く牧野。 「なんか、急用が出来たらしい」 「え、そうなの?なんだ・・・・・」 明らかにがっかりした様子の牧野。 そんなにあきらに会いたかったのか? 「何、俺だけじゃ不満?」 ちょっとふてくされ気味に言うと、牧野はその大きな瞳を瞬かせた。 「そんなことないけど・・・・・」 「そ。じゃ、座れよ。とりあえずなんか飲もうぜ」 そう言って促すと、俺の向い側に座る牧野。 ふわり、とその瞬間に牧野から漂ってきた香。 これは・・・・・ 「お前、コロンなんかつけてたっけ?」 「あ・・・・・これね、美作さんにもらったの。海外の・・・・今回はどこだっけ?フランスか」 フランスのコロンらしい、柔らかな花の香。 甘く、それでいて爽やかで・・・・・ 悔しいけれど、牧野にぴったりの香だと認めざるを得なかった。 それがあきらの気持ち全てを表しているようで・・・・・・ 「へえ。コロン送るなんて、相変わらずなやつだな。けど、送る相手間違えてんじゃねえの」 なんて憎まれ口が口をついて出る。 「あ、ひっどいなー。あたしだってコロンくらい着けるときあるんだから。今日は・・・・・美作さんにつけて来いって言われたから、つけたんだけどね」 ―――あきらのやつ・・・・・
あきらの俺に対する気遣いへの照れくささと、あきらの言うとおりにコロンをつけてきた牧野への嫉妬心で、俺の心は落ち着かなくなる。 「・・・・・でも、やっぱり落ち着かないかも。こういうの、あたしらしくないよね」 照れくさそうに笑いながら言う牧野。 「んなことねえよ」 「え?」 「お前に・・・・・合う香だと思うぜ?あいつ、プレゼントの趣味は良いから。遠慮せずにつけてろよ」 そう言って笑ってやると、牧野は意外そうに俺を見て・・・・ほんの少し、照れたように頬を染めた。 「あ、ありがと・・・・・」 恥ずかしそうに俯くその表情がかわいくて。 なんだかこっちまで照れくさくなってしまう。 「べ、別に、思ったこと言っただけだって。んな照れんなよ。こっちまで恥ずかしくなってくる」 「だって・・・・・西門さんと違ってあたしはそういうの慣れてないんだから、やめてよね」 そう言って上目遣いに睨んでくる表情も、どきどきするほどかわいく見える。 ―――やべえ・・・・・俺、相当重症かも・・・・・。
カクテルが運ばれてきて、2人でグラス傾けながら話をする。 仕事のこと、友達のこと・・・・・ 英徳を辞めてからの牧野をほとんど知らなかった俺にとっては、牧野の話は全て新鮮で・・・・・楽しそうに話す牧野の笑顔を見ているだけでもなぜか幸せな気分になれた。 まるで初めて恋をした中学生みたいだ。 牧野のくるくる変わる表情の1つ1つに、どきどきする。 もっとその笑顔が見ていたい。 もっと近くに行きたい。 もっと・・・・・牧野のことが、知りたい・・・・・・。
「なあ」 飲んでいたグラスが空になり、同じものをオーダーした後、俺は口を開いた。 「え?何?」 牧野が首を傾げる。
―――やっぱり、これだけは聞いておきたい・・・・・ 「お前・・・・・類とは連絡とってねえの?」 そう聞いた途端・・・・・ 牧野の表情が、一変した。 「あいつがフランス行ったのは4年前。大学卒業してすぐだったよな。類ってやつは自分のことほとんどはなさねえから、俺らも無理に聞いたりしなかったけど・・・・・お前が英徳やめた後も、会ってたんじゃねえの?あいつ、お前の家にも行ってたろ?」 「・・・・・あたしは・・・・・会ってない。もう・・・・・ずっと・・・・・」 さっきまでと違う、張りのない声。 グラスを持つ手が、微かに震えていた。 「何か・・・・・あったんだろ?類と・・・・・」 俺の言葉に、牧野は辛そうに表情を歪め、俯いてしまった。 「牧野・・・・・」 俺は席を立つと、椅子をずらして牧野の隣に移動した。 「牧野、ごめん。お前を・・・・・傷つけたいわけじゃねえんだ。ただ・・・・・あきらも言ってた。類とのことで、何かよっぽど辛いことがあったんじゃないかって。辛くて・・・・・類とのことを、言いたくても言えないほど辛い顔をしてたって・・・・・・心配、してた。・・・・・・話してみねえか?話して・・・・・何もかもぶちまけて・・・・・それで整理がつくことだってあるだろ?」 「・・・・・・・」 それでも、ただ黙って俯く牧野の小さな肩に、俺はそっと手を置いた。 「牧野・・・・・話してみろよ。俺が・・・・・傍にいるから」 ずっと俯いていた牧野が、そっとその顔を上げたのは、それから数分後だった・・・・・。
「あたし・・・・・・花沢類を・・・・・・すごく、傷つけたの・・・・・」 そう言った牧野の瞳は、涙で潤んでいた。 「傷つけた・・・・・?」 俺の言葉に、牧野は小さく頷いた。 その瞳からは、今にも涙が零れそうだった。 「花沢類は・・・・・ずっと傍にいてくれた。道明寺と別れて、英得も辞めて、奨学生となって働きながら大学に通い始めたあたしをいつも励ましてくれて・・・・・いつも、心の支えになってくれた。そんな花沢類に、あたしは甘え過ぎてたの」 「でも・・・・・それは、類のやつも望んだことだろ?あいつは、お前のためなら何でもした。本当に純粋に・・・・・お前のことを、好きだった」 いつも優しい眼差しで牧野を見つめていた類。 司と付き合っていた牧野を、いつも応援していた・・・・・。 「そう。花沢類は、いつでもあたしを支えてくれてた。あたしもそんな花沢類が好きで・・・・・・だから、付き合いたいって、思ったの」 「・・・・・・類と、付き合ってたのか・・・・・?」 予想はしていたことだ。 だけど・・・・・俺の心はずきんと痛んだ。
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