-soujirou-
牧野の口からあきらの名前が出るたびに、俺の胸がきしむように痛む。
認めたくはなかったけど・・・・・・
これはもう、間違いない。
おれは、牧野に惚れちまったんだ・・・・・・
翌日、あきらからメールが入る。 『明日、牧野と3人で飲もう。青山のいつものバーで待ってる』 たまにあきらと2人で飲みに行くバーだ。 F4が揃うことは実を言うとそんなにない。 司は女と遊ぶってことをしないやつだったし、今は忙しくてほとんど日本にも帰らない。 類は、とにかく出不精で外に出るのを面倒くさがるやつだから、外で会うことさえ珍しかった。 だから、一緒に飲みに行くのは大抵あきらだったが、あきらとだってそうそういつも一緒にいるわけじゃなかったから、今回は何ヶ月ぶりかで飲みに行くのだった。
「よ、来たな」 バーに入ると、あきらがいつもの席でグラスを傾けていた。 「相変わらず早いな。牧野は?」 「あいつは、遅れてくる。1時間遅い時間を教えたんだ」 にやりと笑うあきらに、ちらりと視線を送る。 「・・・・・なんだよ?」 「いや・・・・・ちょっとお前とゆっくり話したかったんだ。今度向こうに行ったら、3ヶ月は帰ってこれない」 「へえ・・・・・。けど、こないだも話はしただろ」 「まあな。けど・・・・ちゃんと自覚してからじゃ、ちょっと話すことも違うかと思ってさ」 その言葉に、俺は視線を逸らし、店のマスターに水割りをオーダーした。 「・・・・・・何か、俺に言うことがあるってのか?」 「一応、牧野の兄貴代わりとしちゃあな。お前の女性遍歴も知ってるわけだし?あいつが傷つくのを、みすみす放っておくわけにも行かない」 「・・・・・ちゃんと、他の女とは別れてるよ。牧野のことがあったからじゃねえけど・・・・・あの見合いの前に、整理しとけって言われて、全部の女と手を切ってる。ま・・・・・正直、最初か気乗りのしなかった見合いだから、携帯の番号も変えなかったし、メルアドもそのままで別れる前と変わりなく連絡寄越す女も何人かいたけど・・・・・そいつらとも、ちゃんと話をつけたし、ケー番もメルアドも変えた。新しいの教えたろ?」 今日変えたばかりの携帯。 新しい番号とメールアドレスを教えたのは、F4と牧野だけだ・・・・・。 「ああ。だから、本気なんだなと思ったよ。だけど、お前はとんでもねえ数の女相手にしてるからな。これからだってきっと、その手のトラブルは起こるだろ。そうなったとき・・・・・あいつを傷つけるようなことはするなよ?」 あきらの目は真剣だった。 「・・・・・大丈夫、とは正直言いきれねえな。お前の言う通りだし。けど・・・・・俺だってこの恋を手放すつもりはねえから。これが、最初で最後の本気の恋だって、思ってる」 俺はあきらの目を真っ直ぐに見返しながらそう言った。 「・・・・・それ聞いて少し安心したよ。後は、お前の家の問題だけど・・・・・」 「ああ・・・・・正直、それが一番の問題なんだ。今回の件で、牧野に対するお袋の印象は最悪だ。それをどう修正していくか・・・・・」 俺は溜息をついた。 あれから、ろくに母親とは口もきいてないけど・・・・・ 今後のためにも、このままでいいはずはない。 おそらく、これからしつこいくらいに縁談の話を持ってくるはずだし・・・・・。 それでも、俺にはもう他の女と結婚する気なんかない。 俺が一緒になりたいのは、牧野だけだ・・・・・。 「お前のお袋さんか・・・・・確かに難しい人ではあるけど・・・・・けど、司のお袋ほど強烈でもねえだろ」 「それは、相手がお前だから・・・・・・昔から、あきらはお袋のお気に入りだったからな」 小さいころから気配り上手で、大人を喜ばせることが得意だったあきら。 お行儀よく、大人の前では羽目を外すこともなかったあきらは昔からお袋に受けが良かった。 別に年上の女だからとかじゃなく、これはあきらの性質なんだろう。 大人になってからはほとんど会うこともなくなったが、それだけにお袋の中でのあきらの存在は、子供のころの『お行儀の良いあきら』のままだった。 逆に、一番親父に似ていると言われる俺は、お袋にとって厄介な存在といったところだ。 今までは、それでも西門流を継ぐのは俺だということもあったし、兄貴のことがあったからあまり俺にとやかく言ってくることはなかった。 だけど結婚の話となるとそうも言っていられない。 「お前は、でも家を継ぐ気でいるんだろう」 あきらの言葉に、無言で頷く。 「ああ。正直、家元自体は弟に継いでもらっても良いと思ってる。けど、おれ自身、茶の道が好きだから・・・・・この世界から足を洗うのは、難しいな」 兄貴のように、家を出て他の道に進むというやり方もある。 けど、俺にとって茶道は既に俺の生活の一部で、今更切り捨てることはできなかった。 「となると、やっぱり問題はお袋さんか。親父さんはどうなんだ?牧野のこと、話したのか?」 「いや・・・・・こないだの一件で存在は知ってると思うけど、あの人は別に俺の相手が誰でも良いんだ。もちろん、あれでも家元だからな。西門流を存続させることが第一の条件だけど・・・・・それこそ、継ぐのが俺じゃなくっても構わないんだよ、あの人にとっては」 「・・・・・・ふーん。なるほどな・・・・・・」 「ま、そんな話は良いよ。第一、まだ牧野と付き合ってるわけでもねえし。あいつがすんなり俺と付き合うとも思えねえ」 「まあ、そうだな」 すんなり頷かれ、俺は逆にがっくりする。 「・・・・・出来ればもう少し否定してくんねえ?」 「はは、そりゃ無理だわ。大体、お前みたいな男って多分、牧野が司みてえな性格のやつの次に嫌いなタイプだぜ」 「・・・・・あのなあ。応援してくれるんじゃねえのかよ」 「応援してるぜ?今言ったろ?牧野が最も嫌いとするタイプは司みてえな男だ。傍若無人、我侭、馬鹿で単細胞。だけど・・・・・そんな司のことを、牧野は好きになったんだ」 「・・・・・・つまり・・・・・」 「お前が必ずしも不利ってわけじゃねえってこと。大体、初対面ならともかく、お前と牧野は今友達って関係で、牧野の中でお前は単なる女たらしだとしても、嫌いなわけじゃねえんだから」 「・・・・・・励まされてんだか、こき下ろされてるんだか・・・・・」 「励ましてんだって、これでも。お前は大事な友達だからな。ただ、俺にとって今牧野は本当に大切な存在なんだ。だから、牧野を不幸にするやつに渡すわけにはいかない。何が何でもあいつを幸せにして、一生かけて全力であいつを守ってくれるようなやつじゃなきゃ・・・・・俺は、納得できねえんだよ」 そう言って、にやりと笑うとグラスを空にしたあきら。 その目は真剣で・・・・・・それでいて挑戦的な視線だった。 俺がもし牧野を不幸にするようなことがあれば、きっと黙っていないんだろう。 そしてきっと・・・・・自分の手で、牧野を幸せにしたいと思ってる・・・・・。 そうしないのは、他でもない牧野のことを思ってのことなんだって、痛いほどに伝わってくる。 「・・・・・俺にとって、ラストチャンスってわけ」 俺の言葉に、にっこりと微笑むあきら。 「そういうことだ。だから、うまくやれよ。家の問題だって、お前なら何とかできんだろ」 「軽く言ってくれるぜ。・・・・・・わかってるよ、何とかする」 「よし。その言葉が聞ければ、俺は良い。後は任せるよ。わりいけど、俺はもう行く」 「は?牧野がまだ来てねえのに?」 「俺は、お前と話したかったんだ。これでも忙しい身なんでね。時間がねえ。牧野のこと、うまくやんな」 そう言って軽くウィンクを決めると、席を立ったのだった・・・・・・・。
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