-tsukushi-
「今度はお見合いぶち壊したらしいわよ」 「しかも相手はあの茶道の西門流の時期家元だって!」 「やるわよねえ・・・・・」
どこへ行っても人っていうのは噂好きな生き物なのね。
呆れるくらいのいつものパターンに、溜息が出る。 別に噂くらいどうってことない。 陰湿ないじめにだって負けない自信はある。
「あんな品のない女のどこがいいのかしら」 「美作商事の御曹司といい、時期家元といい、趣味悪いわよねえ」
だけど、あたしの友達が悪く言われるのは、我慢できない。
「美作さんも西門さんも、高校時代からのあたしの先輩で大事な友達だよ。あたしのことはともかく、あたしの友達のことまで悪く言わないでくれる」 あたしの後ろで聞こえよがしに噂話をしていた2人の女の前に立ち、そう言い放ってやる。 2人は、ぎょっとしてあたしを見る。 「な、何よ、本当のこと言っただけじゃない」 「そ、そうよ、大体、今回のことでクビにならなかったのだって美作様のおかげだって言うじゃない」 「だからそれは――――」 「俺らにとって、牧野は特別なんだよ」 「!?」 突然背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには西門さんが立っていた。 「西門さん?何してんの?こんなとこで」 「昼飯、食いに来たんだけど、一緒にどうかと思ってさ」 「は?」 突然の出現にあたしが面食らっていると、西門さんはあたしの前にいた2人組に、ちらりと流し目を送った。 途端に頬を染め、瞳をきらきらさせて西門さんに見惚れる2人。 「悪いけど、彼女借りるね。言っとくけど、いくらこいつをいじめたって無駄だよ。いじめに屈するようなやわな女じゃないし、こいつに何かあったら黙ってないやつが、少なくとも4人はいるから」 そう言うと西門さんは、あたしの腕を掴み、そのまま引っ張るようにすたすたと歩き出した。 残された2人は、呆気にとられあたしたちを見送っていた・・・・・・。
「ちょっと、離してってば!」 ホテルを出たところで、漸くあたしは西門さんに掴まれた腕を振り払った。 「なんだよ、飯くらい一緒に食ったっていいだろ?あ、心配すんな、今日は俺の奢りだから」 「そうじゃなくって!あたしまだ仕事中だったのに!昼休みまで後30分もあるんだよ?」 そう言って上目遣いに睨んでやると、西門さんはきょとんとして、大して気にする風でもなく肩を竦めた。 「なんだ、そんなことか。30分くらい、どうってことないだろ?もしなんか言われたら俺がとりなしてやるって」 全く・・・・・これだから金持ちのボンボンってのは・・・・・ あたしは大きくため息をついた。 「・・・・・も、いいわよ。怒ってるあたしが馬鹿みたい。で?何食べるの?言っとくけどあんまりいいところには行けないわよ」 「あのな・・・・・奢るって言ってるだろ?男に恥かかすなよ」 「そっちこそ。あたしがそういうの嫌いって知ってるでしょ?第一、奢ってもらう理由なんてないし」 「あるだろ?この間お前がクビになりそうになったのは俺のせいだろうが」 「だからあれは、美作さんに話しつけてもらったからもう良いんだってば」 「俺の気がすまねえんだよ。大体あきらに助けてもらったってのが気にいらねえ」 「なんでよ!」 「とにかく、昼飯は俺が奢る!いいな!!」 「な・・・・!!」 あたしが言い返そうとするのを、聴く耳持たないという感じでまた西門さんが歩き出す。 「ちょ、ちょっと待ってよ!!」 もう、なんだっていうの? わけわかんないと首を傾げながらも、あたしは西門さんの後にくっついて行くしかなかった・・・・・。
入ってのは、ホテルから5分ほど歩いたところにあったパスタのお店。 「昨日、あきらに会ったよ」 席に付き、オーダーを終えると西門さんが言った。 「あ、知ってるよ。昨日、メールもらった」 仕事が終わるころ、携帯を確認すると入っていたメール。
『総二郎が来た。日本を離れる前に、3人で飲みに行こう。都合、つけとけよ』
「あたしはいつでも大丈夫だけどさ、美作さんや西門さんのが忙しそうよね。飲みに行く時間ある?」 そう聞いてみると、西門さんはひょいと肩を竦めた。 「俺は大丈夫だよ。忙しいって言ったってまだ家元になったわけでもねえし、飲みに行く時間くらい作れる。問題はあきらだろ?あいつ、週末にはまた日本を離れるんだろ」 「うん、そう言ってた。ほんと、忙しそうだよね。でも、美作さんがあたしとの約束破ったことないし」 そう言って笑って見せると、西門さんはなぜか一瞬顔を顰め、視線を逸らせた。 「・・・・・ま、人に気ィ使うのは得意なやつだからな」 「うん、そうなんだよね。気を使いすぎて疲れちゃうんじゃないかなってたまに思うんだけど。仕事も忙しそうだし、体壊さないと良いけど」 「・・・・・心配?」 「そりゃあ、いつも助けてもらってるし・・・・・そのうち恩返しできたらいいなって思ってるよ。なんかね、いつも離れてるのに、すごく身近な存在っていうか・・・・・単身赴任してるお兄さんみたいな感じ?」 「なんだそりゃ」 西門さんが呆れたように言う。 「だって、うまく言えないんだもん。いろいろ、感謝したりないくらいお世話になってるんだよ」 「あっそ・・・・・。ほら、パスタきたぜ、食えよ」 ちょうど運ばれてきた料理を指して、西門さんがあたしを促す。 頬杖をつき、窓の外へ視線を移す西門さん。 ・・・・・・なんか、不機嫌? 「西門さん?どうかした?」 「別に、何でもねえよ」 そう言いながらもこっちを見ようとしない。 あたしはちょっと首を傾げ・・・・・ あることを思いつく。 「ひょっとして、おなか空いてる?あたしの分、先に食べる?」 西門さんのパスタはまだ運ばれてこない。 もしかして相当お腹が空いてるのかと思って、気を使ったつもりだったんだけど・・・・・ あたしの言葉に西門さんは一瞬目を丸くし・・・・・・ ガクッと下を向いたかと思うと、一瞬の間のあと、突然声を押し殺して笑い始めた。 「・・・・・・・・・くっくっ・・・・・・・おま・・・・・なんだよ、それ・・・・・」 「な・・・・・何よ、気を使ったのに!そんなに笑わなくたっていいじゃない!」 なんだか恥ずかしくなって、ちょっとむきになって西門さんを睨みつけるあたしの顔を見て、今度は目尻に涙を溜めながら笑い出す西門さん。 「あ、あのねえ、失礼でしょ!」 と言ってみてもまるで効き目なし。 だけど・・・・・・
無邪気に笑い転げる西門さんを見て。 なんだか胸だどきどきするのを感じていた。
なんて無邪気に笑うんだろう。 まるで、少年みたい・・・・・・ 西門さんて、こんな風に笑う人だったっけ・・・・・?
なんだかすごく貴重なものが見られたみたいで・・・・・・ あたしは暫く、そんな西門さんの笑顔を見つめていたのだった・・・・・。
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