***Fantasista vol.3***



 -soujirou-

 「よお、どうした?」
 久しぶりに訪ねてみたあきらの家。
 相変わらずの母親と妹たちに囲まれて、あきらが俺を迎えてくれた。

 海外に行っていることが多いあきらだが、今はまた仕事で日本に帰って来ていて、あと1週間はいるということだった。

 「・・・・・牧野から、聞いてるんだろ?」
 俺が言うと、あきらはクスリと笑った。
「ああ。思い切ったことしたな。牧野もびっくりしてたぜ」
「俺もびっくりした。まさかお前と牧野が繋がってたなんて」
「ああ、そのことか。別に隠すつもりはなかったんだけどな。言いそびれちまって」
 そう言って肩をすくめるあきら。
「なんで黙ってた?」
「それは、まあ・・・・・一つは牧野の為だ。あいつ、司と分かれてからは俺たちと関わるの避けてたからな。あのホテルと俺の会社が繋がってるって知ったときも困ったような顔してた。せっかく決まった就職先だ。やめるわけにもいかねえし・・・・・。だから、あいつには言ってやったんだよ。黙っててやるからって。俺は別におせっかいやく気はねえから構えるなってな。あいつはそれでしぶしぶ納得して・・・・・最近じゃずいぶん吹っ切れてきたみたいで、一緒に飲みに行ったりするようにもなった」
「ふーん・・・・・」
「お前に言わなかったのはあれだ、大学卒業してから、襲名に向けて本格的に動いてたろ。お前の世界が、トラブルってものに敏感なのは俺も知ってる。牧野って女はどうもトラブルを引き寄せる性質があるからな。お前が無事家元になるまでは、巻きこまねえようにしようと思ってたんだけど・・・・・・そのお前がトラブルの元になるなんてな」
 そう言ってあきらが苦笑した。
「それは、まあ・・・・・俺も予想外だったけどよ。大学卒業してから、今年で4年だぜ?牧野が就職したのが3年前?3年間も俺に黙ってたのかよ」
「ああ、もうそんなに経つか・・・・・。まあそう言うなよ。俺も忙しかったし、いろいろあったんだよ」
「いろいろって?あいつに・・・・・牧野に、何かあったのか?」
 真剣に聞く俺を、あきらがちょっと意外そうに見る。
「まあ・・・・たいしたことじゃねえけどな。あいつは自分にその気がなくても良くトラブルに巻き込まれるやつだから。何度か俺が動いたことがあったんだよ。最初は取引先とのトラブルだったかなあ。あいつは全く悪くねえのに責任とって辞めさせられそうになってて・・・・・慌てて俺が出てって話をつけたんだ。そん時にあいつに、何かあったときは必ず俺に言えって言ったんだよ。あいつも俺のおかげで首を免れたから、素直に頷いて。それ以来、俺には必ずどんなことでも報告してる。律儀なやつなんだよな。まあ、クビになるような大きなトラブルはそれ以来今回で2度目だけどな」
 そう言ってにやりと笑うあきら。 
 なんか、弱みを握られたみたいで居心地悪いんだけど・・・・・。
「そのことは、俺も感謝してるよ。俺のせいであいつがクビになったなんて、冗談じゃねえからな。けど、お前が動いてなかったら俺が動くつもりだった」
「ああ、わかってるよ」
 相変わらずニヤニヤと笑っているあきら。
 嫌な感じだ・・・・・。
「ところで、類のやつはどうしてるんだよ。牧野が英徳辞めたあとだって、あいつの家に通いつめてたんだろ?2人、付き合ったりとかしてねえの」

 ずっと気になっていたことだった。
 高校のころからずっと牧野を好きだった類。
 司との遠恋を陰でずっと支え、見守ってきた男。
 司と牧野が別れて・・・・・・
 だからってすぐに類の乗り換えるような女でもないし、強引に牧野を振り向かせようとする男でもない。
 それでも、牧野だって類のことを好きだったときがあるんだから、いずれはくっつくんじゃないかと思ってたんだけど、一向にそんな話は聞こえてこなかった。
 そして、大学を卒業した類は、そのままフランスへ行ってしまったんだ・・・・・。

「ああ、あの2人な・・・・・。俺も気になって、牧野に聞いたことがあるよ。けど・・・・・よくわからねえんだ」
「わからないって?」
「牧野が英徳辞めて、俺と再会するまでの2年間に、類との間に何かあったのは確実だと思うぜ。けど・・・・・たぶん、うまく行かなかったんだろうな」
「・・・・・どういうことだよ?」
「わからねえ。わからねえけど・・・・・牧野に類の事を聞いたとき、あいつはすげぇ辛そうな顔をしたんだ。見たこともないような・・・・・・けど、あいつは何も言わなかった。いや、言えなかったって感じか。言いたくても言えない。必死で涙を堪えてるみたいな、そんな顔してた。それ以来、俺ももう類のことには触れなくなった。だから、2人の間に何があったのかはわからねえよ。けど・・・・・何もなかったら、そんな顔はしねえだろ」
「・・・・・・」
 類と牧野の間に、何があったのか。
 気になってはいたけれど、それを探求するような気はなかった。
 牧野との関わりがなくなってから5年、あいつがどうやって生きてきたのかななんて知る必要もなかったし、これからだって俺には何の関係もないことだ。
 なのに・・・・・今まで気にならなかったことが、今とても気になっていた。
 久しぶりに会った牧野はとても前向きで、以前のあいつとなんら変わらないように見え、それでいてふとした瞬間に見せる表情には昔は感じる事のなかった女らしさが垣間見えて・・・・・
 司とのこと、それから類とのこと・・・・・・
 何があったのかは詳しくは知らないけれど、そのどっちもが、牧野を女として成長させているような気がした・・・・・
 そしてなぜか、今の俺はそんな牧野のことを、もっと知りたい。あいつの過去にも触れたい。
 そんな気持ちになっていた・・・・・。
「・・・・・知りたいなら、牧野に直接聞いてみれば」
 そんな俺の表情を見ていたあきらが、笑みを浮かべながら言った。
「直接って・・・・・俺が聞いたって・・・・・」
「俺がその話をあいつとしたのはもう3年前だ。あれからあいつもだいぶ吹っ切れただろうし、今なら話すかもしれねえぜ」
 そう言うと、あきらは笑みはさっきまでのニヤニヤした笑いではなく、やさしい笑顔を俺に向けた。
「気になるんだろ?牧野のこと」
 なんとなく心を見透かされたような気になって、俺はあきらから目をそらせた。
「・・・・・お前は、どうなんだよ。牧野のこと・・・・・・・そこまで面倒見るってことは、単なる友情だけじゃねえんじゃねえの」
「俺?俺は・・・・・そうだな。あいつを女としてみたこともあったかな」
 以外にあっさりと肯定され、俺は驚いてあきらを見た。
「昔から、あいつに関わるとなんか放っておけない気にさせられて・・・・・再会してからも何度か会ってるうちに、あいつのことを意識するようになったりしてたんだけど・・・・・」
「けど?」
「やめた」
「やめたって・・・・・・」
「あいつさ、すげぇ鈍感なんだよ。俺と一緒にいたってなんも気付かねえ。それどころか、俺のことを男として意識してないのが丸わかりで、2人きりになっても全く警戒しねえ。いろいろ意識してたこっちがバカみてえでさ。だから、やめた。今は、俺にとって牧野は世話の焼ける妹みてえなもんだ」
「って・・・・・あきらなら、もっとどうにか出来ただろ?あいつに男として意識させるくらい・・・・・」
「ああ、まあな。けど・・・・・そうしたくなかった。矛盾してるかも知れねえけど・・・・・あいつは司とのことでも、類とのことでも散々傷ついてきてる。もうこれ以上、あいつを苦しめたくなかった。あいつが俺のことを男として意識できないなら、俺はあいつの友達に徹しようと思ったんだよ。そうして、いつかまたあいつが傷ついたときに泣ける場所を作っておいてやりたい。そう思った。だから・・・・・俺は、今のままでいいんだよ」
 やけくそでもなんでもなく、本心からそう思っていることが、あきらの表情からわかった。
 それは、愛情も友情も超えた、あきらの牧野に対する思い・・・・・。
 大事なものを守りたい。
 そんな強い気持ちが、伝わってくるようだった・・・・・。

 「ったく・・・・・世話好きにも程があるぜ」
 そう言って溜息をつくと、あきらは楽しそうに笑った。
「いいんだよ、それが俺にとっての幸せだと思ってっから」
 それから・・・・・
 ふと、真剣な表情になったあきらが、俺に言った。
「・・・・・お前が、これからどうするかはしらねえけど・・・・・牧野を傷つけるようなことだけはするなよ。もしあいつを傷つけるようなことがあったら・・・・・たとえ総二郎でも、許さねえぜ」
「・・・・・わかってる・・・・・肝に銘じとくよ・・・・・・」
 そう言って、俺は頷いたのだった・・・・・・。




  

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