-soujirou-
「総二郎さん、あなたはご自分が何をしたかわかってらっしゃるの!?」 きっと俺を睨み付ける母親の冷たい視線。 「もちろん。俺はあの女とは結婚しない。どうせ政略結婚って言ったって、たいした得もない相手だ。年頃の女で、あれが一番ましだったってだけのことだろ?来年の襲名には大して影響しない」 肩をすくめて淡々と話す俺に、母親はますます目を吊り上げている。 父親はそんな母親を苦笑しながらちらりと見て、口を開いた。 「まあまあ・・・・・総二郎にその気がないなら仕方ないだろう」 「あなた!だって、あの方とは・・・・・・」 「昔からの約束だったといっても所詮口約束だ。総二郎の言うとおり、特にこの家にとって大きな得があるわけじゃない。美人だし、家柄も良いから妥当だと思っただけだ。それよりも・・・・・気になるのはその場にいたというお嬢さんだ。恋人なのか?」 その言葉に、母親も少し落ち着いて俺を見る。 「彼女は・・・・・」 「お前が本当に結婚を考えているのなら、その人を連れてきなさい。悪いがわたしはもう行かなくちゃ行けない。先方を待たせているからな」 そう言って、父親は俺の話も聞かずにさっさと部屋を出て行ってしまった・・・・・。
その後姿を見送り、母親が小さく溜息をつく。 「全く・・・・・総二郎さん」 「何」 「・・・・・・結婚するかしないかは別にしても、お見合いの場で女性に恥をかかせたのは事実ですよ」 「・・・・・ああ、わかってる。そのことはあとで謝りに・・・・・」 「その必要はありません。こちらで手を打っておきましたから」 「は?」 「昨日の女性・・・・・牧野つくしといったかしら。彼女には、それ相応の対応をさせていただきましたから」 母親の冷たい視線に、俺は自分の声が低くなるのを抑えられなかった。 「・・・・・ちょっと待て。あいつに何をした?」 「彼女、あのホテルで働いているそうね。あのホテルの総支配人とは古い知り合いなのよ。あの場で昨日あったことは、ホテルにとっても大きなマイナスだわ。それ相応の責任を取ってもらわないと」 「まさか・・・・・・」 「あなたも、お付き合いする女性のことはもっとよくお考えなさい」 そう言って、部屋を出て行った母親・・・・・・。
俺は、すぐにその場を後にすると、昨日のホテルへ向かって車を走らせたのだった・・・・・・。
「総支配人に会わせてくれ!」 俺はホテルにつくと、慌てて出て来た従業員にそう言った。 「に、西門様、その、ただいま総支配人は外出中でして・・・・・・」 「なら、戻るまで待たせてもらう」 「しかし、いつになるか・・・・・・現在大坂まで行っておりますので・・・・・・」 「構わない」 頑として譲らない俺に、その男は冷や汗を拭きながらおろおろしている。 そこへ・・・・・
「西門さん?何してんの?」 そこに立っていたのは、牧野だった・・・・・。
「脅かさないでよ。昨日といい、今日といい・・・・・一体どうしたの?」 ホテルの外の喫茶店で、軽い昼食をとりながら、話をする。 「・・・・・・お前に、何かあったんじゃないかと思って」 「あたしに?」 「俺の母親が、何か手回ししたようなこと言ってたから、お前をクビにでもしたかと思ったんだよ。何も言われてないのか?」 そう聞くと、牧野がちょっと肩を竦めた。 「・・・・・言われたよ」 「え・・・・・」 「昨日ね、あれからすぐに・・・・・でも、大丈夫」 「大丈夫って・・・・・・・」 どういうことか、俺は戸惑って牧野の顔を見つめた。 「クビって言われて、はいそうですかって納得できるわけないでしょ?あたしが。ちょっとね・・・・・ずるしちゃった」 そう言って、ぺろりといたずらっ子のように舌を出す牧野。 「どういうことだ?」 「・・・・・西門さんなら知ってるでしょ?ここのホテルの系列って、美作さんとこの会社と深い関わりがあるって」 「ああ、もちろん・・・・・・って、まさかあきらが?」 「そういうこと。にべもなくクビを言い渡されて、ホテル追い出されて・・・・・さすがにあったまきちゃって、そのまま美作さんに連絡とったの。で、美作さんがすぐに来てくれて・・・・・・万事解決ってわけ」 「ちょっと待て・・・・・。お前、だからこのホテルに?あきらの紹介で?」 「ううん、それは違う。最初は、知らなかったもん。お互い。入社して1ヶ月くらいたったころ・・・・・偶然ホテルで美作さんと会ったの。それで初めて知って・・・・・びっくりした。F4とは、もう関わることないって思ってたのに・・・・・」 そう言って、牧野は小さな溜息をついた。
司と別れた牧野は、英徳をやめて別の大学を受験した。 奨学金を受けて、働きながら大学に通っていると聞いたことがあるが、会うことはなかった。 それは、牧野が望んでいることなんだと俺たちは思った。 もう、俺たちとは関わりたくないんだと・・・・・・・。 だから、こっちからも無理に探求することはしなかった。 ときどき、桜子あたりからは元気でやっているようだと報告は受けていたけれど・・・・・・。
まさか、そんなところであきらとまた会っていたなんて・・・・・ 「びっくりしたのはこっちだ。そんな話、聞いたことねえぜ」 「そお?美作さんも忙しそうだし。忘れてたんじゃない?」 特に気にしている風でもなく牧野は言う。 忘れてた?んなわけあるか。 あきらのやつ・・・・・・ 「西門さん、あたしのこと心配して来てくれたの?クビになったんじゃないかって」 「ああ、まあ・・・・・。俺のせいでお前が路頭に迷うようなことがあったら、やっぱり責任感じるからな」 そう言うと、嬉しそうににっこりと微笑む牧野。 窓から差し込む柔らかな日差しを受けてそれは、とてもきれいに見え・・・・・・ 不覚にも、ときめいてしまっている自分に驚いていた。 「ありがとう。気にするかと思って、言わないでおこうと思ってたんだけど・・・・・それなら連絡しておいた方が良かったね。もしかしたら美作さんから何か聞いてるかもと思ってたんだけど・・・・・」 「全然。あきらとお前が繋がってたなんて、今日初めて聞いたぜ。まったく・・・・・・」 「何かあったら必ず言えって言われてるの。俺の知らないところでお前がクビにでもなってたら、友達として何も出来なかったなんてことになりたくないって。男のプライドなんだって」 そう言ってくすくす笑う牧野。 俺はなんとなくおもしろくなかった。 「前は、美作さんと2人で話すなんてことあんまりなかったじゃない?だから結構新鮮っていうか・・・・・つくづく、美作さんって面倒見いいなって思ってるの。なんか頼りになるお兄さんみたい」 「お兄さん、ね・・・・・」 「しょっちゅう海外に行ってて忙しいからあんまり会わないけど・・・・・それでも月に1度くらいはふらっとホテルに顔出して、海外で買ってきたお土産とかくれるんだよ」 ね、世話好きでしょ? と笑いかけられて。 だな、と短い返事しか返せない。
メールのやり取りは良くするとか。 2人で飲みに行くこともあるとか。
そんな話を聞きながら・・・・・・・ なんだか自分だけが取り残された気分になって、思わず溜息が漏れていった・・・・・・。
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