-soujirou-
『つくし』
あいつは牧野のことをそう呼んだ。 まずそこからして気に入らなかった。 なんであの男が牧野を名前で呼ぶんだよ?
ムカムカしながら入ったレストランで食事をしていると、牧野がきょとんとした表情で俺を見た。 「そんなにお腹空いてたの?」 見当違いの言葉に、脱力する。 「お前な・・・・・」 「違うの?さっきからなんか不機嫌だよね。あたし、何かしたっけ?」 「・・・・・別に」 「じゃ、なんで?わけわかんないよ」 牧野がムッと顔をしかめる。 「・・・・・あいつ、天草って。随分馴れ馴れしいんだな」 「金さん?そう?もうずっと・・・・・7年くらい会ってなかったけど、江戸っ子って感じですごく気持ちのいい人なんだよ」 楽しそうに昔を思い出すようにしながら話す牧野。 他の男のことを楽しそうに話すその様子が気に入らなくて、ついついイライラしてしまう。 「へえ〜。よく知ってるんだな、あの男のこと。昔、何かあったんじゃねえの」 その言葉に、牧野の表情が強張る。 「なにそれ。どういう意味?」 「言葉通りの意味だよ。司と付き合う前の話だし?どうでもいいけど。お前が誰と付き合おうが勝手だからな」 「・・・・・なんでそんな意地悪な言い方するの?」 「思ったことを言っただけだろ。お前のこと名前で呼んだり、あんな人前で告白するくらいなんだからよっぽど好きだったってことだろ。お前もまんざらじゃなかったみてえだし、なんかあったっておかしくねえだろ」 その言葉に切れたのか、牧野がガタンと音を立てて立ち上がった。 険しい顔で俺を睨みつける。 「・・・・・最低。そんなこと言う人だと思わなかった」 「お前こそ、俺のことどんなやつだと思ってるの。勝手なイメージ押し付けんなよ」 じろりと睨みつければ、牧野の顔色はさっと青くなり・・・・・ 「・・・・わかった。もういい」 そう言うと、椅子に置いてあったバッグを手に取り、席を立った。 「おい」 「帰る」 そう一言言うと、牧野はバッグから財布を出し、中から千円札を2枚取り出すとテーブルの上に置き、そのまま身を翻し、声をかける間もなく店を出て行ってしまった・・・・・。
「ったく・・・・・」 持っていたフォークをカチャンとそこに置き、溜め息をつく。
―――何やってんだよ、俺は。ガキかよ・・・・・
あれから1週間。 牧野のやつは電話にも出ないし、メールにも返信してこないという徹底ぶりだ。 あの場合、悪いのは明らかに俺だ。 だから、俺の方から謝ろうと思っていたのに。 こういう時に限って仕事が忙しく、直接会いに行くことも出来ないでいた。
そして1週間後。 漸く仕事も落ち着き、時間に余裕も出来たので牧野に電話をしてみれば、やはりあいつは出ない。 こうなったら直接会いに行くしかないと、身を起こした時―――
携帯の着信音が鳴り響いた。
一瞬牧野かと思って慌てて携帯を見てみると、液晶画面には『あきら』の文字。 「・・・・・もしもし」 なんとなく気が抜けて、それでも出てみると、あきらの怒ったような声が耳に飛び込んできた。 『お前、何やってんだよ』 「は?なんだよ急に」 『牧野だよ。お前、あいつに何した?』 「何って・・・・・・なんだよ。牧野から聞いてんじゃねえの」 牧野が、あの時のことをあきらに言ったんだろう。 そう思った。 『ああ?しらねえよ。けど、あいつのとんでもねえ行動は、お前のせいなんじゃねえの?』 「とんでもねえ行動って・・・・なんだよ、それ?」 『あいつ、N.Y.に行くって』 「は!?N.Y.!?」 一体なんで・・・・・ 『あいつ、あの・・・・・何てったっけ?高校の時スキャンダル起こした、天草とかいう代議士の息子。あいつと一緒にN.Y.に行くって・・・・・・どうなってんだよ?おい、総二郎、聞いてんのか?』 「・・・・・・悪い、切る」 俺は携帯を切ると、そのまま家を飛び出した。
N.Y.!? あの男と!? どうなってるのかなんて、聞きたいのは俺のほうだ。 冗談じゃない。 せっかく類とのことも決着がついて、これからだって時に・・・・・・!
車を飛ばし、空港へ急ぐ。 2時間後のN.Y.行きの便。 天草と牧野は、それに乗ることになっていた。
車を飛ばしながら、それを調べて・・・・・ 本当に牧野がN.Y.に行くつもりだとわかって、俺は青くなった。
行くな。 ハンドルを握る手に力がこもる。 行かせて、たまるか。 俺が初めて本気で惚れた女だ。 そう簡単に、他の男になんか渡してたまるかよ・・・・・。
空港に着き、搭乗口へ向かう人の波の中、牧野の姿を探す。
少し先に、ひときわ目立つ背の高い男の後姿。 あいつだ。
「牧野!!」 驚いて振り向く牧野。 俺は、牧野目指して全力で走り出していた・・・・・・
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