-soujirou-
類がフランスへ経つ日。 俺と牧野は、類を見送りに空港へ来ていた。 「牧野、元気で。会えて良かったよ」 「うん、あたしも・・・・・。ありがとう、類。あたし・・・・・」 牧野の瞳に、涙が光っていた。 その涙を指先で拾い、愛しそうに牧野を見つめる類。 2人の間の、2人にしかわからない空気が流れているようだった。
思わず目を逸らす。 わかってはいても、笑って見ていられるほど俺も大人になりきれていないようだった。
「・・・・・総二郎」 類が、俺のほうを見る。 「牧野を、頼むよ」 「・・・・・わかってる」 牧野は、黙って俺たちを見ていた。 「また、帰って来るよ。今度はいつになるかわからないけど・・・・・できれば今度はあきらとも会いたいな。あきらに、よろしく」 「ああ、言っとくよ。けど、できればお前からも連絡してやれよ。あいつ、心配してたから」 「ん。そうする。じゃ・・・・・俺、もう行くよ」 そう言って類は足元に置いていた荷物を持った。 「類、あの・・・・・気をつけてね」 牧野が心配そうに言う。 「ありがとう。牧野・・・・・」 「え?」 「・・・・・幸せにね」 その言葉に、牧野の瞳からまた、涙が流れた。 「俺は、ずっと牧野の味方。それを、忘れないで。何かあったら・・・・いつでも力になるから」 「ん・・・・・」 「・・・・・辛いことがあったら電話して。総二郎と喧嘩したときとか・・・・・愚痴ならいくらでも聞くから」 そう言ってにやりと笑い、俺を見る。 「おい、類・・・・・」 「ん。そうする」 「牧野、お前なあ」 俺の顔が引き攣るのを見て、類がおかしそうにくすくす笑う。 「・・・・・じゃ、本当にもう行くよ。バイバイ」 そう言って手を振ると、類は俺たちに背を向けて歩き出した。
牧野を見ると、目に涙を溜めながらも、すっきりとした表情で類の後姿を見送っていた。 「・・・・・牧野。大丈夫か?」 俺の言葉に、涙を袖で拭うとにっこりと微笑んだ。 「大丈夫!もう・・・・辛くないよ」 牧野の笑顔にほっとして、俺も微笑んだ。 「なら、良かった。なんてってもあきらの留守に間、お前のこと頼まれてるしな。俺がお前を泣かせたなんてことになったらあきらに殴られそうだし」 そう言って笑うと、牧野はちょっと首を傾げ、じっと俺の顔を見た。 「な、なんだよ?」 あんまりじっと見るから、落ち着かなくなる。 「・・・・・ううん、別に・・・・・」 そう言って目を逸らす牧野。
―――なんだ?急に・・・・・。
「おい、何だよ。俺がなんかしたか?」 「だから、なんでもないってば、別に―――」
「つくし?」
突然聞こえてきた声に、俺と牧野は驚いてそっちを見た。 「やっぱりつくし!久しぶりだなあ」 そう言って人懐っこい笑顔を見せた背の高いその男は、どこかで見たことがあるようで・・・・・ 「金さん!!」 牧野が目を見開く。
―――金さん? その妙な呼び方に、なんとなく思い出す。
―――確かあれは、まだ高校生のころ・・・・・
まだ牧野が司とも付き合っていないころのことだ。 マスコミが大騒ぎした、大スキャンダル。その中心にいたのが、牧野と・・・・・・ 天草清之介 代議士の息子だ・・・・・・。
「わ、本当に金さんだ。すっごい久しぶり!」 牧野が天草の方へ駆け寄る。 その嬉しそうな表情に、思わずむっと顔を顰める。 「元気だった?ってか、なんでここに?誰かの見送り?」 「いや、N.Y.から帰ってきたとこなんだ。実は向こうに店出すことになってさ」 「ええ!すごい!」 「来週オープンなんだけど、ちょっと用事があって少しだけ帰国した」 「へえ〜、忙しそうだね」 「まあな。つくしも向こうへ行くことあったら、店に遊びに来てくれよ」 天草の言葉に、牧野が嬉しそうに目を輝かせる。 「もちろん!絶対行く!」 「サンキュー。じゃあな。また連絡する」 そう言って天草は駐車場の方へと歩き出す。 牧野に手を振りながら、ちらりと俺を見て軽く会釈をしていくあたりの気遣いは、さすがに代議士の息子というところか。
天草に向かってぶんぶんと大きく手を振る牧野。 俺は「行くぞ」と一言、先に立って歩き出した。 それに気付いた牧野が、慌てて後をついてくる。 「あ、待ってよ!」 「・・・・・飯、食ってくって言ったろ?早く行かないと混み出す時間だぜ」 「わかってるってば。そんなに早く歩かれたら、ついて行けない!」 小走りになっていた牧野に気付き、俺は歩を緩めた。
―――らしくねえ・・・・・・。
小さく溜息をつく。 このくらいの気遣い、いつも意識しなくともできることなのに・・・・・。
頭にちらつく、天草に向ける牧野の笑顔が、胸を締め付けていた・・・・・。
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