***Fantasista vol.14***



 -soujirou-

 類から電話があったのは、あのホテルで牧野と類が会ってから2日後のことだった。

 呼び出されたのは、そのとき俺が牧野を待っていたあのバーだった。

 「ひさしぶりだね」
「ああ、4年ぶりだよ。お前、ちっとも連絡よこさねえから」
 文句を言う俺に、類は苦笑した。
「忙しかったんだ、これでも。総二郎も忙しそうだよね。来年は襲名だって?」
「ああ・・・・・たぶんな」
「あれ、なんか自信なさげだね」
「いろいろあるんだよ・・・・・ってか、知ってんだろ?どうせ」
 俺が言うと、類は楽しそうに笑った。
「まあね。驚いたよ。めちゃくちゃ遊んでて、ちゃらんぽらんな割には一番現実派で冷めてるやつだと思ってたのに、見合いぶち壊すなんて。思い切ったことしたね」
「・・・・・俺も、自分で驚いてるよ。もう身を固める決心だってついてたんだ。何でああいうことになったんだか・・・・・」
「・・・・・いいタイミングで、牧野に会ったね」
「良かったんだか、悪かったんだか・・・・・」
「後悔はしてないでしょ?」
「・・・・・まあな」
 素直に頷くと、類は満足そうに微笑んだ。
「・・・・・ずっと、牧野を遠くから見守ってた。牧野が俺を傷つけたって思い込んでるうちは、何を話しても無駄だと思って・・・・・話が出来る時期を待ってたんだ」
「ああ、聞いたよ」
「でも・・・・・その時期っていうのはきっと、牧野にとって何かが変わるとき。それは・・・・・新しい恋に出会ったときなんじゃないかって思ってた」
 類の言葉に、俺は驚いた。
「何度か・・・・・もう一度、牧野に会ってやり直したいって思ったよ。俺にとって、牧野以上の女なんかいない。この先、親の決めた相手と結婚することになったとしても、俺にとって牧野はいつだって一番大事な女だ。他のやつになんか、渡したくない。だけど・・・・・・」
 類が、俺の目を見た。
 強い想いを含んだ瞳。
「俺以上に牧野を思って・・・・・牧野を幸せにしてくれるやつがいるなら、牧野の幸せのためなら、俺はそれを見守りたい・・・・・そう思った」
「類・・・・・」
「最初は、あきらがそうなのかと思った。だけど・・・・・いつまでたっても2人の関係は変わらなかった。あきらが牧野のことを大切にしていることは、必ず月に一度は日本に帰ってることからもわかってた。だけど、そこに恋愛関係は生まれてないってわかって・・・・・また、迷ったんだ。このままじゃ、牧野の傷は癒えない。だったら、やっぱり俺がもう一度牧野に会いに行こうか・・・・・そう思ってたんだ」
 穏やかに微笑んで、グラスを傾ける類。
 ちらりと俺を見た瞳には、いたずらっぽい光が含まれていた。
「それで、日本行きを調整してるとき・・・・・総二郎のことを知ったんだ。驚いたよ。5年もの間、牧野と交流のなかった総二郎が、あんな行動をとるなんて、ってね。もしかしたらって思ったこともあったけど・・・・・牧野のこと、本当は昔から好きだったんじゃない?」
 その問いに、俺はちょっと照れくさくなって視線を逸らした。
「さあな。だとしても、自覚なんてなかったよ。確かに・・・・・俺の知らない間にあきらが牧野と会ってたって知って、おもしろくはなかったけど」
 俺の言葉に、くすくすと笑う類。
「そういう、ヤキモチ妬く総二郎を見れるなんて思わなかった。俺と会ってる間も心配だったんじゃない?」
「・・・・・心配じゃなかったとはいわねえよ。ただ、別の意味でも心配だったから・・・・・あいつが、また傷つくんじゃないかと思って」
「・・・・・傷つけたいわけじゃ、なかった。ただ・・・・・自分の気持ちはごまかせないから。俺も、牧野に会ってけじめをつけなくちゃいけないって思ってたんだ」
「けじめ・・・・・ついたのか?」
「ん・・・・・。総二郎と・・・・・あきらには、感謝してるよ。特にあきらには・・・・3年間、牧野を支えてくれたのはあきらだ。あきらがいなかったら、きっと、もっと時間がかかってた。今、牧野にとってもあきらは大切な存在なんだろうね」
「ああ。家族みたいな存在だって、言ってたよ。あの2人には、俺も入り込めないような絆が生まれてる。悔しいけど・・・・・あきらには、正直敵わないとこがあると思ってる。あいつの優しさとか、穏やかなとことか・・・・・俺には真似できないところがあって、そういうのできっと牧野も安心してあきらを頼れるんだろうなって思うよ」
「うん。でもきっと、総二郎が現われなかったらあきらの気持ちもまた違ってきてたんじゃないかな・・・・・。いろんな意味で、総二郎が現われたのは大きかったと思うよ」
「・・・・・お前は、どうなんだ?日本に来るのを決めたのは、まだ俺と牧野が再会する前だって言ったよな?本当は・・・・・やり直したいって思ってたんじゃないのか」
 俺が聞くと、類は暫く考え・・・・・そして、ゆっくりと微笑んだ。
「うん。そうだよ。もう一度牧野と向き合う努力してみて・・・・・できることならやり直したいって、そう思ってた。正直に言うと、こっちで牧野に会うまで・・・・・そういう気持ちもあったんだ」
「・・・・・・」
「でも、牧野に会って・・・・やっぱり俺じゃダメなんだってわかった。俺たちが付き合ってたとき・・・・・牧野は、いろんな意味でいつも変わらなかった。いつも明るくて、元気で、前向きで・・・・・それから、俺を男としてじゃなく、友達としてしか見てなかった。俺の前で飾るとか、女の子らしく振舞うとか、そういう感じじゃなかったんだ。それは3ヶ月間ずっと変わらなくて・・・・・。だけど4年ぶりに会った牧野は明らかに変わってた。それはきっと・・・・・」
 類が意味深な目で俺を見る。
「そりゃあ・・・・・4年も経ってるんだから牧野だって少しは女っぽくもなるだろ」
「それだけじゃないよ。でも・・・・・もしこれから先、また牧野が悲しむようなことがあれば、俺はいつでも駆けつけるけど」
「お前な・・・・・」
「今までは変わらなくても、これから先のことまではわからないからね。俺やあきらじゃなくても・・・・・きれいになった牧野に言い寄る男は、いくらでも出てくると思うよ」
「脅しかよ」
 穏やかな表情のまま淡々と話す類に、顔が引きつる。
「一応、警告。牧野は一筋縄じゃ行かないよ」
「わかってる。今苦労してるとこだよ」
 俺の言葉にくすくす笑う。
「だろうね。なんなら俺が引き取ろうか?」
「冗談。今更譲ってたまるか。今更・・・・・後には引けない。俺はもう、あいつなしじゃ生きていけない。こんなに本気で惚れられる女、きっと一生出逢えない・・・・・」
 
 その俺の言葉に、類は満足そうに・・・・・・・
 だけどほんの少し寂しそうに
 ただ黙って、微笑んだ・・・・・・





  

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