***Fantasista vol.13***



 -soujirou-

 ホテルの地下にあるバー。
 そこで俺は、ちらちらと時計を見ながら時折携帯を確認しつつ溜息をついていた。

 「さっきから落ち着きないのね。誰かと待ち合わせ?」
 いつの間にか隣に座っていた、見知らぬ若い女。
 誘うような目で俺を見てるけど、今はそんなことに構ってる余裕はなかった。
「ああ、そう。悪いけど、俺の隣に座らないでくれるか」
「彼女?もう来ないんじゃないの?1時間もあなたを待たせるなんて、よっぽどいい女なのかしら」
「・・・・・少なくとも、あんたの100倍はいい女だよ。同じことを何度も言いたくない。そこに座るな」
 じろりと冷たい視線を投げつけると、女はびくりと体を震わせ、真っ青になってそこから離れた。

 また、溜息が漏れる。
 八つ当たりなんて、らしくねえ・・・・・・。

 「女の人に冷たい西門さんて、貴重かも」
 突然後ろで声がして、俺ははじかれたように振り返った。
「牧野!いつからそこに?」
 牧野が俺の顔を見て、にっこりと微笑む。
「今来たばっかり」
「何で・・・・・電話しろって言っただろ」
「ごめん、来た方が早いかなって」
「いいけど・・・・・類は?」
 そう聞くと、牧野が少し俯いて言った。
「・・・・・帰ったよ。また・・・・・来週にはフランスに帰るって。すごく忙しそう」
「そっか・・・・・。それで、話は・・・・・」
「その前に、何か飲んでもいい?」
 首を傾げてそう聞く牧野に、俺ははっとした。
「ああ、座れよ」
 そう言って隣の席を示すと、牧野はちょっと笑った。
「いいの?隣、座っても」
「当たり前。お前を待ってたんだぜ」
「でも、あたしはさっきの人より100倍もきれいじゃないよ。どっちかって言うと向こうの方がきれいっぽい」
 そういたずらっぽく言うのに顔を顰め、俺は牧野の腕を引っ張った。
「いいから座れって。お前、いつからそんな屁理屈言うようになったんだよ」
 俺の言葉に、おかしそうに笑う牧野。
 少しほっとしていた。
 辛そうな顔はしていない。
「で・・・・・どうだった?」
 飲み物を頼み、牧野の前に置かれると俺はそう聞いた。
「ん・・・・・類の気持ちが、わかった。ずっと、あたしの気持ちが落ち着くのを待ってたって・・・・・。あたしを、ずっと救いたかったって言ってた。でも・・・・・時期が来るまで待ってたって・・・・・」
「時期・・・・・・」
「あたしが、素直に類の言葉を聞ける時期。ちゃんと、類の話を信じられる時期・・・・・」
「それが・・・・・今?」
「うん。美作さんが、3ヶ月日本を離れるのを知って、その時期だと思ったみたい」
「なんだよそれ?あきらが3ヶ月いなくなるからって、それとこれとどう関係してくるわけ?」
 わけが分からなくてそう聞いてみると、牧野はちょっと首を傾げ、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「美作さんは、あたしと再会してから3年間・・・・必ず1ヶ月に1回は日本に帰ってきてたの。どんなに忙しくても・・・・・。それは、あたしのためだったって。あたしのことが心配で、必ず様子を見に帰ってきてたって。その美作さんが、3ヶ月も日本を離れるってことは・・・・・」
「・・・・・お前の心配をする必要がなくなった?」
「そういうことだって思ったんだって。だから・・・・・話が出来る時期だって思ったって」
「・・・・・」
 それはつまり、俺の気持ちにも、類が気付いてるってことだろうか。
 確かに、あきらが牧野の傍を長期間はなれるのには俺の存在が関係してる。
 あきらが、俺に任せると言ったから・・・・・。
 なんとなくそれが気に入らない気もしたが・・・・・。
「で・・・・お前は、納得できたの?」
「うん・・・・・・。その時の類の気持ちを聞かせてもらって・・・・・類が、辛かっただけじゃないって聞いて、ほっとした・・・・・。あの時のこと思い出すと、まだ胸が痛いけど・・・・・でも、幸せだったって・・・・・3ヶ月間、幸せだったんだって言うのを、今なら信じられる気がするの。あたしも・・・・類といられた時間は、幸せだったから・・・・・」
 穏やかに話す牧野。
 それを聞いて、俺はほっとすると同時に、やっぱり牧野と類の、他の人間にはわからないような強い絆を感じていた。

 「お前が、それでけじめがついたんなら良いけど・・・・・。で、類とは・・・・・」
「こっちにいる間は、忙しいみたい。帰る時には、見送りに行くって言ったの。類は必要ないって言ってたけど・・・・・西門さん、一緒に行ってくれる?」
「え?」
 まさかそんなこと言われると思わずにいたから、驚いてしまった。
「あ、行けなかったらいいの。あたし1人でも・・・・・。ただ、西門さんがついててくれると思うと、心強いから・・・・・今日も、ありがとう」
 そう言って微笑む牧野。
 いつになく素直な牧野に、俺は落ち着かない気分になる。
「別に、これくらい・・・・・良いよ、一緒に行く。妙な遠慮するなよ」
「うん、ありがと」
 俺の言葉に、嬉しそうに微笑む牧野。
 その笑顔がまぶしくて。
 胸が苦しくなるほど高鳴る。
 なぜか目を合わせることが出来なくて、飲み物を飲む振りをして、目をそらせる。
 そのくせ、同じようにグラスを手に、口元へ運ぶ牧野の顔をちらりと盗み見る。
 学生のころとも、いつもの表情とも違う、少し大人っぽい牧野の様子にどんな反応をしていいかわからない。

 いつもこいつには驚かされる。
 きっとずっとこうして振り回される気がする・・・・・・。
 それが悔しい気もするし、嬉しい気もする。
 妙な気持ちだった。
 ただ言えることは、こいつの傍を離れたくはないってこと。
 振り回されてもいい。
 どんな我侭にだって付き合っていける。
 
 ただずっと、傍に。
 牧野の隣にいたいんだ・・・・・。





  

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