***Fantasista vol.12***



 -tsukushi-

 「久しぶり」
 待ち合わせをしたレストランのテーブルで、花沢類は昔と変わらない笑顔であたしを迎えてくれた。
「花沢類・・・・・」
 何を言ったらいいかわからず、その場に立ち尽くしたあたしに向かい側の席を手で示し、座るように促した。
「あの・・・・・・」
「とりあえず、何か食べよう。今日は忙しくて・・・・・朝から何も食べてないんだ。さすがにお腹がすいた」
 照れくさそうに笑う花沢類。
 その笑顔も、昔と少しも変わらなくて・・・・・
 あたしの胸が、きゅっときしんだ。

 目の前に運ばれてきた料理を、静かに食べ始める花沢類。
 あたしの前にも料理が運ばれてきて・・・・・・
 少し迷いながら、あたしはゆっくりと食事に手をつけ始めた・・・・・。


 「元気そうだね」
「うん・・・・・花沢類も・・・・・」
「ホテルで働いてるんだってね・・・・・・あきらとは、よく会ってるみたいだって聞いてるよ」
 花沢類の言葉に、あたしは驚いた。
「知ってるの?」
「もちろん。情報は、いろいろ入ってくる。最近は・・・・・総二郎とも会ってるって」
「そんなことまで・・・・・」
「・・・・・そろそろ、話が出来るかなって思ったんだ」
 花沢類が、食後のコーヒーを持っていた手を休めてあたしを見つめた。
 真っ直ぐな瞳・・・・・
 あたしは、その瞳から目を逸らすことができなかった・・・・・。
「花沢類・・・・・あたし・・・・・」
「4年間・・・・・俺も、牧野と離れていろいろ考えたよ。もっと他に・・・・牧野を傷つけない方法があったんじゃないかって。あんなふうに傷つけ合う前に・・・・・俺から離れたほうが良かったんじゃないかって」
 花沢類は、ちょっと下を向いて小さく息を吐いた。
「でも・・・・あの時は俺も必死だったから。牧野に振り向いて欲しくて・・・・」
 きゅっと唇を噛み締める。
 泣いちゃダメだ。
 今、辛いのはあたしじゃない。
 花沢類だ・・・・・。

 ふと、花沢類は顔を上げると、あたしの顔を見て少し微笑んだ。
「そんな顔しないで。俺は大丈夫。牧野が・・・・・きっとそんなふうに自分を責めてるだろうって思ってた。だから、早く何とかしなくちゃって思ってたけど・・・・・少し落ち着くまでは、きっと何を話しても無駄だろうって思ったんだ。辛い思いさせて・・・・・ごめん・・・・・」
 その言葉に、あたしは首を振った。
「あやまら・・・・・ないで・・・・・あたし、花沢類に、ひどいこと・・・・・・」
「違うよ」
 花沢類は、ちょっと強い調子でそう言うと、あたしの手を両手で包み込んだ。
「俺は、牧野にひどいことなんかされてない。その逆だよ」
 あたしは、意味がわからず花沢類の顔を見つめた。
「3ヶ月間、俺は牧野に幸せをもらったんだよ」
 穏やかに微笑む花沢類。
「幸せ・・・・・?」
「うん。牧野の気持ちは知ってた。それでも、幸せだったんだよ。牧野といられた時間が。ただの友達でも良かった。だけど、たった3ヶ月でも恋人として牧野の傍にいられたことが・・・・・俺にとっては至福の時間だったんだよ。辛いと思ったことがないって言ったら嘘になる。でも、それ以上に俺は幸せだったんだ。本当だよ」
 あたしの手を握ったまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ花沢類。
 その声は優しくて・・・・・あたしの胸に真っ直ぐに入り込んできた。
「・・・・・どっちが牧野を変えたのかな」
「・・・・・え?」
「ずっと・・・・・話したかった。牧野を早く救いたかった。でも・・・・・ちょっと前までの牧野だったら、今の俺の話を聞いてもやっぱり自分を責めてたと思うんだ。自分がもっと早く自分の気持ちに気付いてたらってね。だから、俺は待ってた。牧野が、ちゃんと俺の話を聞いてくれるのを・・・・・」
「あたしを、変えたって・・・・・何が?」
「あきらか、総二郎」
 そっと手を離し、軽く頬杖をついてあたしを見る。
 その目はなんとなくいたずらっぽい光を湛えていた。
「何で、あの2人が?」
「牧野があの2人とどういう付き合い方をしてるかまでは、わからない。だけど、ここ3年間、1ヶ月に1度は必ず日本に帰ってきてたあきらが、今回は3ヶ月も日本を離れる。これは、何かあったなって思ったんだ」
「なんで?」
 確信を持ってるように話す花沢類だけど、あたしには何のことだか全然わからない。
 確かに、美作さんが3ヶ月も日本を離れるなんて、この3年間で初めてだけど・・・・・
「あきらは、世話好きだからね。牧野と再会して・・・・・俺との間に何かあったって察知して、牧野のことを心配してたと思うよ。ただでさえ、牧野は良く面倒に巻き込まれるし。あきらのおかげで、今のホテルにもいられるんでしょ?」
「う、うん・・・・・美作さんには、すごく感謝してる」
「ん。そのあきらが、牧野を残して3ヶ月も日本を離れる。それにどういう意味があるか・・・・・・自分がいなくても、大丈夫だと思った。自分の代りがいるからだ。それは・・・・・・」
「西門さん?」
「そういうことだね。総二郎と牧野が再会して、総二郎が牧野に惚れて・・・・・任せられると思った。あの総二郎だ。いくら親友だって、そう簡単に大事な女を任せたりしない。それでも任せたのは・・・・・総二郎が本気だってわかったのと、牧野が、変わったからだと思うんだけど」
「あたしが、変わった?」
「うん。総二郎が見合いを断って、結婚を辞めたのを知って、牧野も何か感じたんじゃない?あの総二郎をそこまでさせたのは牧野だけど・・・・・でも、学生のときとは明らかに変わった総二郎を見て、牧野も総二郎に興味を持った。違う?」
 花沢類の言葉に、あたしは呆気にとられていた。
 西門さんのお見合いのことまで知ってるのにもびっくりだし・・・・・・
「あたしが・・・・・西門さんに・・・・・?」
「やっぱり気付いてないんだ。鈍感なのは相変わらずだね」
 くすっと笑う花沢類に、ちょっとむっとする。
「悪かったわね、どうせ・・・・・でもあたし、西門さんと再会してからまだ何日も経ってないよ?興味持つとか、そんなの・・・・・」
「時間は関係ないでしょ。とにかく、牧野が変わったって感じたから、あきらは牧野を総二郎に任せて仕事に集中することにしたんだ」
「・・・・・それじゃ、今まではあたしに気を使って早く帰ってきてたってこと?」
「そういうことだと思うよ。でも、それはあきらがしたくてしてたことだから・・・・・牧野が責任を感じることじゃない。それを気にしてあきらに気を使ったりしたら、それこそあきらの気持ちを無駄にすることになる。わかるよね?」
 あたしは、花沢類の言葉にゆっくりと頷いた。
 
 ―――もう、間違っちゃいけない・・・・・





  

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