-soujirou-
「お前、サラって覚えてる?」 牧野に聞いてみると、牧野はちょっと考えるように視線を外し、それから『ああ』と頷いた。 「あの、かわいい人だよね。優紀の先輩」 「そ。俺の幼馴染で・・・・・・初恋の相手ってやつ」 「じゃ、失恋て・・・・・」 「ん。まあ、振られたっていうのとは違うけど・・・・・去年・・・・・ちょうど今から1年前くらいかな。あいつ、結婚したんだよ」 「え、そうなの?」 「ああ。別に、俺たちは付き合ったこととかなかったし、今更あいつをどうこうしようとも思ってなかった。だけど、やっぱり俺にとってサラって女は特別だったから・・・・・聞いたときには妙な感じがしたよ」 俺の言葉に、牧野は頷いた。 「結婚式を見に行って・・・・・正直、あんなに感動するとは思わなかったな。あいつ、すごくきれいだった。いつか、静の花嫁姿を見たときもきれいだって思ったけど・・・・・俺には、その時のサラが最高にきれいに見えたんだ。幸せそうで・・・・・。こんなにきれいな花嫁、もう見ることはないだろうなって。世界で一番きれいだって、本気でそう思った。幸せそうなあいつ見てたら、俺まで幸せな気分になって。なんだか妙に満たされた。もうこれで、思い残すことはないって。そこで漸く、俺の初恋に終止符が打てたような、そんな気がしたんだ」 「それが・・・・・失恋?」 「そういうこと。生まれて初めてマジで好きになった女が結婚して・・・・・なんだかそれで全部終わった気がした。もう、本気で女に惚れることはないんじゃないかって、思った」 本気の恋愛なんか、考えられなかった。 サラ以上に好きになれる女が現われるなんて、思えなかった。 だから、あいつが結婚して・・・・・漸く俺の初恋が終わって、気が抜けた気がした。 もともと結婚に夢なんかなかったけど、その後は、結婚相手に期待することもなく、ただ、襲名に向けてひたすら仕事して・・・・・後は親の決めた相手と結婚して、跡継ぎでも作ればいいって、そんな風に思ってた。
それを変えたのは、牧野のあの一言だったんだ・・・・・・。
既に決められた未来を、全てぶち壊したのはおれ自身だ。 だけど、だからこそこの先何があっても後悔はしないって思える。
あのときから、俺の気持ちは固まってたんだ。 俺にとっての牧野。 それはきっと・・・・・・
「ファンタジスタ」 俺が呟くと、牧野が目を瞬かせた。 「え?」 「お前が、言っただろ?優紀ちゃんが、俺のことをファンタジスタだって言ってたって」 「ああ、うん。優紀が・・・・・あんなにつらそうだったのに、すごくすっきりした顔で、言ってたの。西門さんは、あたしに夢を見させてくれたんだって。そのときの優紀の顔、今でも忘れられない。本当に、すごくきれいだった」 「その優紀ちゃんも、いまや人妻だもんな」 まだ高校生だったころの話だ。 でも・・・・・もしかしたら、俺はあのころから、牧野のことを好きだったのかもしれない。 いつも、きっかけになっていたのは牧野だった気がする。 牧野がいなかったら優紀ちゃんという子とも会わなかった。 牧野がいなかったら、俺は変われなかった・・・・・。
「いろんな意味で、俺はお前に感謝してるよ」 「な、何突然」 俺の言葉に、牧野の頬が染まる。 「いつも、きっかけをくれたからな。お前は気付いてないだろうけどさ・・・・・。俺にとってのお前は、優紀ちゃんの言うところのファンタジスタなんだよ」 その言葉に、牧野はその大きな瞳をさらに見開き・・・・・ 「あたしは、何もしてないよ。きっかけを作ったのかどうかもわからないし・・・・・それに、結局のところそのきっかけを利用して行動したのは西門さんでしょ?あたしが何もしなくたって、きっと西門さんなら同じことをしてるよ」 そう言って、恥ずかしそうにはにかむ。
きっと本人は自覚してない。 でも、そんな風にさりげなく言ってくれることで俺は自分に自信が持てるようになった気がする・・・・・。
-tsukushi- 西門さんが、優しく微笑んであたしを見つめる。 いつもからかわれてばかりだったのに、そんな風に褒められたりすると落ち着かない。 西門さんが、あたしを1人の女の子として見ることがあるなんて、考えたこともなかった・・・・・。
『ファンタジスタ』
それは優紀が西門さんに向けて言った言葉。 ―――夢を見させてくれる人
聞いたときは、わかったような、わからないような・・・・・ あたしはそれほど良く西門さんのことを知らなかったから。 でも、それから西門さんを見る目が変わったような気もする。
ただのちゃらんぽらんな男じゃないのかな。 だけど、なかなか本心を見せようとしなかった西門さんの中身を全部知るには時間が足らなさ過ぎた。
そして5年ぶりの再会。 見た目が大人っぽくなっただけじゃなくって、その雰囲気もだいぶ変わった気がした。 相変わらずポーターフェイスは上手だけど・・・・・
『俺・・・・・牧野が、好きだよ』
あんなこと、言われるなんて思わなかった。 ていうか、まだ信じられない。 だって、あの西門さんだよ? 「おい、牧野?」 ボーっと考えことをしていると、いつの間にか西門さんの顔を至近距離に。 「わあ!」 思わず大きな声を出してしまう。 超間近に迫ったきれいな顔に、あたしの心臓は飛び出しそうになる。 「あのな・・・・・」 「ごごごごめん、ちょっとボーっとしてて・・・・・」 「・・・・・何、俺に見惚れてた?」 にやりと微笑む西門さん。 そういうところは全く変わってないわ・・・・・。 「ばっかじゃないの」
相変わらずの西門さんに呆れて・・・・・でもちょっと図星を指された気分で、あたしは視線をそらせたのだった・・・・・。
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