-tsukushi-
熱のせいで、頭がボーっとする。 だけど、どうしても休みたくなくて、類に我侭を言ってしまった。
―――そう言えば、西門さんにもお礼言わなきゃ・・・・・
午後の講義が終わり、人ががやがやと動き始めるのにも、あたしは立ち上がることが出来ず座ったまま、額を手で押さえ、溜息をついた。
「牧野、大丈夫か?」 その声にはっと顔を上げると、いつの間にか、隣に座っていたのは西門さんだった。 「西門さん・・・・・」 西門さんの手が、あたしの額に伸びる。 「・・・・・また、熱上がったんじゃねえか?無理すっから・・・・・」 「だって・・・・・。大丈夫だよ、今日はバイト休むし」 あたしの言葉に、西門さんは溜息をついた。 「当たり前だろ、バカ。ったく・・・・・類が迎えに来るんだろ?」 「うん・・・・・。あの、西門さん」 「ん?」 「ありがとう、さっき・・・・医務室まで連れてってくれて」 そう言うと、西門さんはちょっと目を丸くして・・・・・・その頬は微かに染まっているように見えた。
―――あれ?珍しい・・・・・西門さん、照れてる?
なんだか貴重なものを見た気がして、思わずじっと見つめていると、西門さんがふいと目を逸らした。 「・・・・・あんまり見んなよ」 照れたように、そんなことを言うもんだから、なんだかこっちまで照れてしまう。 「ご、ごめん。なんかその・・・・・西門さんのそんな顔、あんまり見たことなかったから」 「お前が、礼なんか言うからだろ?言われ慣れないこと言われると、どう答えていいかわからねんだよ」 「言われ慣れないって・・・・・・あたしだってお礼くらいちゃんと言えるよ」 なんとなくむっとしてそう言うと、西門さんがちょっと苦笑してあたしを見た。 「わかってるよ。そういう意味じゃなくて・・・・・」 「何よ?」 「あー・・・・・参ったな・・・・・お前、さっきからやべえんだよ」 「は?何が?」 落ち着きなく視線を彷徨わせる西門さんに、首を傾げる。 「・・・・・・そういう、熱っぽい目で見られると、くらくらしてくる」 「は?」 口元を手で隠し、困ったように目を逸らす西門さん。 あたしは、意味がわからずその横顔を見つめていた。 「どういう意味?」 熱っぽいってか、熱あるし。 「・・・・・言ってもいいなら言っちまうんだけどな」 「は?だから何?」 ちょっとイライラとして聞くと、突然西門さんがあたしに向き直り、真剣な目であたしを見つめてくるから、なんだか落ち着かなくなる。 「西門さん?な・・・・・」 口を開こうとして、西門さんの手がすっと伸ばされて頬に触れたのに、言葉を止める。
真剣にあたしを見つめる瞳が、いつもの西門さんらしくない。
見惚れるくらいのきれいな顔に、こんな至近距離で見つめられたらさすがに緊張する。
「西門、さん?あの・・・・・・」 「・・・・・今なら・・・・・類に殴られてもいいかなって、思えるよ」 「え・・・・・?」 「このまま、お前を―――」 その瞳に吸い込まれるんじゃないかって馬鹿な錯覚を起こしそうになったとき―――
「総二郎!!」 上のほうから類の声が聞こえ、はっとする。 西門さんの手が離れ、まるで夢から覚めたような感覚になる。 「・・・・・タイムリミット。惜しかったな」 溜息とともに小声で囁かれた言葉。 何か言おうとして――― 「・・・・・牧野、大丈夫?」 ゆっくりとあたしの方へ歩いてきた類に言われ、そちらを向く。 「あ・・・・・うん」 「そう、良かった・・・・・」 類はそう言うと、ちらりと西門さんに目を向けた。 西門さんは、それに気付かないかのように顔を背けている。 「・・・・・帰ろう。立てる?」 そっと手を引かれ、あたしは席を立った。 「ん、大丈夫。・・・・・じゃ、西門さん」 あたしの声に、西門さんはちらりとあたしを見て・・・・・それから、類に視線を移した。 一瞬、2人の視線が絡み合う。 「ああ・・・・・ゆっくり休めよ」 軽く手を振り・・・・・ あたしと類は、その場を後にしたのだった・・・・・。
類の車に乗り込み、背もたれに寄りかかり、息をつく。 「辛い?寝てていいよ。ついたら起こしてあげる」 優しい類の声に、あたしはちょっと笑った。 「寝るほど、時間かからないでしょ?大丈夫だよ。たいしたことないし・・・・・ごめんね、心配かけて」 「・・・・・家には、誰かいる?病院に先に行ったほうがいいかな」 心配そうな類。 「うーん・・・・・保険証、うちに置いてきちゃってるし。進がいるかもしれないけど・・・・・とりあえず帰るよ。寝てれば治りそう」 その言葉に、類が溜息をついた。 「またそういうこと・・・・・。なんか心配。そのまま帰したら、普通に家事とかやりそうだね」 言われて、ぐっと詰まる。 否定できないかも・・・・・なんて思ってたら、急に類は車をUターンさせた。 「どうしたの?」 「やっぱり俺の家に行こう」 「ええ?でも・・・・・」 「薬ならあるし、何もしなくていいからゆっくり寝て。夜になったら、家まで送るよ」 そう言って、こっちを見ずに運転を続ける類。 なんとなく、拒否できない雰囲気。 あたしは仕方なく黙ってることにした。
類は、こうと決めたら絶対曲げないところがあるから・・・・・
それでも、まだ一緒にいられることが嬉しくて・・・・・ そっと類の横顔を盗み見て、1人胸をときめかせていた・・・・・。
|