-tsukushi-
『両親に会ってほしい』
そう類に言われ、あたしは戸惑ってしまった。
真剣に付き合っていれば、当然そんなときが訪れるって、わかっていなかったわけじゃない。
類のことが本当に好きなら・・・・・・ 「当然、考えておくべきだよな」 あたしの横でコーヒーを飲みながら、ちらりとあたしに視線を向けたのは美作さんだ。 「わかってるよ」 「へ―え?じゃ、そんな顔してんのはなんでだ?まるでこれから死刑の宣告を待つ被告人みたいな顔してるぞ」 「変なこと言わないでよ!」 「事実だぜ。類の両親に会うってことは、つまり類と婚約するみたいなもんだろ?本当だったら緊張はしたってそんなに悩むようなことじゃねえはずだろうが」 「それは・・・・・」 そうなんだけど。 たとえば館山で西門さんと話した時だって。 いずれは訪れるだろうこの時のことを考えてなかったわけじゃない。 ただ、類のことが好きだから、類に着いて行くにしろ、日本で類のことを待っているにしろ、類とずっと一緒にいたいと思う気持ちは、変わらないはずだった。 なのに・・・・・ 今は、類の両親に会うことさえも躊躇しているあたし・・・・・。 「・・・・・総二郎のことが、好きなのか?」 美作さんの言葉に、心臓がどきんと高鳴る。 「な、何言ってるの、そんなこと・・・・・」 ありえないって言おうとして、言葉が途切れる。 「ま、俺も正直、あいつがここまでお前に嵌っちまうとは思わなかったけどな・・・・・。けど、あいつが真剣だってことはいやって程伝わってくる。お前が戸惑う気持ちもわかるけどさ、そこまで嵌らせた原因はお前にあるんだし、ちゃんと受け止めてやれよ」 美作さんの言葉に、あたしは思わず目をむく。 「ちょっと、何それ。あたしのせいだって言うの?」 「違うとは言い切れねえだろ?総二郎のやつが気持ちを伝えたとき、お前ははっきり拒絶しなかった」 「だって・・・・・それは・・・・・」 「類を選ぶにしろ、総二郎を選ぶにしろ、必ずどっちかは傷つく。もうそれは避けらんねえんだ。だったら・・・・・お前は、お前の気持ちに正直になって、あいつらの思いを昇華させてやれよ。仲間として・・・・・自分の気持ちに嘘をつくのは、両方を傷つけることになるんだってこと、忘れんな」 美作さんの言葉に、胸が痛む。 必ず、どちらかは傷つく・・・・・。 あたしよりもずっと昔から2人と付き合ってきた美作さんの言葉は重くて・・・・・。 あたしはただ、黙って頷くことしか出来なかった・・・・・。
「あきらが、余計なこと言ったって」 バイトが終わって帰ろうとして。 店を出たあたしの前に現われたのは、西門さんだった。 「・・・・・今日は、車じゃないんだ」 「車だと、警戒されそうだからな。それに歩いた方が、お前と長く一緒にいられる」 そう言って、少年のような笑みをあたしに向ける西門さん。 その笑顔にドキッとして、あたしは俯いた。 「み、美作さんは2人のこと心配してるんだよ。親友だから・・・・・2人のこと傷つけたくないって思ってるんじゃない?」 「・・・・・わかってるよ。あきらには、いろいろ感謝してるんだ、これでも。心配してくれんのはありがたいけど、俺はお前を追い詰めるようなことはしたくない」 西門さんの優しい声に、あたしはその横顔をそっと見つめた。 「つっても、もう遅いけどな・・・・・。類の両親が・・・・・来週帰国するって?」 「う、うん・・・・・」 「・・・・・会うのか?」 「会って欲しいって言われてる。けど・・・・・」 「けど?」 その先の言葉が出てこなくて、あたしは口を噤んだ。 「・・・・・両親に紹介されるってことは、結婚を前提に付き合うってこと。実質上の婚約みたいなもんだからな」 感情のない、平坦な声。 あたしの胸が、きゅっと音を立てて痛んだ。 「花沢家の跡取りが婚約となれば、世間だって放ってはおかない。もう・・・・引き返せなくなる」 「お、脅かさないで・・・・・」 「脅しじゃねえよ。逆を言えば、それほど類は真剣に、お前のことを想ってるってことだ」 西門さんの言葉に、あたしはきゅっと唇を噛み締めた。 ぴたりと、西門さんが足を止める。
つられて足を止めたあたし。 ふいに、西門さんがあたしの手を握った。
どきりとして西門さんの顔を見上げれば、真剣な西門さんの瞳と出会う。 「・・・・・迷ってるのは俺のせいか?」 「何、言って・・・・・」 「もし・・・・・類の両親に会うことを躊躇してるんだったら、止めとけよ」 「・・・・・あたしは・・・・・」 「お前が・・・・・俺を選んでくれるんなら、俺は全力でお前を守る。たとえ親友を敵に回しても・・・・・一生、お前を守って見せる。だから・・・・・」 西門さんの手が、そっとあたしの頬に触れる。 ゆっくりと、近づいてくる瞳。
その瞳に捕らえられてしまったかのように、あたしは動くことが出来なかった。
重ねられた唇は、その思いを表しているかのように熱くて・・・・・
気付けば、あたしは瞳を閉じて、西門さんの腕の中に・・・・・。
啄ばむように、何度も繰り返されるキス。
「愛してる・・・・・・」
キスの合間に、切なく紡がれる言葉が、あたしの胸に刻み込まれていった・・・・・。
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