-soujirou-
夕食の時間になって、俺たちは別荘内にある広い食堂へと集まった。
細長いテーブルに、適当に座り始める。
少し俺たちよりも遅れて来た類と牧野は、手をしっかりと繋いだまま隣り合った席に着いた。
ちょうど俺の向い側に座った牧野に、ちらりと視線を向ける。 「遅かったな。何してたんだよ、2人で」 その言葉に、牧野の顔が見る間に赤くなる。
―――まったく・・・・・。少しはごまかすってことを覚えて欲しいもんだぜ。
正直すぎる牧野の反応に、俺は聞かなければ良かったと後悔した。 恥ずかしそうに俯いてしまった牧野を、いとおしそうに見つめる類。 2人を包む甘い雰囲気に、俺の胸が音を立てて軋む。 「・・・・・まだまだ夜はこれからだってのに、気の早い奴らだな」 口の端を上げ、にやりと笑って言う。 かなり無理してのことだけど。 牧野相手なら騙せるだろう。類は無理だけど・・・・・。 困ったように視線を彷徨わせる牧野。 俺と視線を合わせないようにしているので、俺が真剣に牧野をじっと見つめていることにも気付いていない。
そのとき、食堂の扉が開いて漸く滋が現われた。 華やかなドレスに着替えた滋が腕を組んで現われたのは、エキゾチックな雰囲気を漂わせた背の高いアラブの男で・・・・・聞いていたよりもずっと若く、真面目そうな人物だった。
「お待たせ。紹介します。彼は、あたしの婚約者でシン。アラブで会社をやってるの。シン、彼らがあたしの大事な友達よ」 そう言って滋は俺たちを1人1人シンに紹介した。 日本語も意外なほど堪能なシンは、俺たちに丁寧に頭を下げ、挨拶をしてまわった。
「―――シン、彼女はつくし。あたしの大事な親友よ。話したこと、あるでしょ?」 滋の言葉に頷き、シンがつくしににっこりと微笑みかける。 「はじめまして。あなたのことは滋から聞かされているよ。明るくて、勇敢で、そしてとても優しい女性で・・・・・滋の、憧れの女性だと」 シンの言葉に牧野が照れたように赤くなる。 「あ、憧れだなんて・・・・・滋さんは、あたしにとっても大事な友達です。いつも元気をもらってます」 「うん、僕もだよ」 にっこりと微笑み、愛しそうに滋を見つめるシン。 見詰め合う2人を、牧野も嬉しそうに見ていた・・・・・。
「素敵な人だね、シンさん」 シンと滋が行ってしまうと、牧野が小声で類に言った。 「ん。お似合いかもね」 類も笑顔で頷く。 「司に、紹介されたって」 俺の隣にいたあきらが言葉を挟む。 「道明寺に?」 牧野がちょっと目を見開く。 「ああ。シンの方が前から滋のことを知っていて・・・・・司が知り合いだと聞いて、紹介して欲しいと頼まれたらしい」 「へえ」 「滋は最初乗り気じゃなかったらしいけど・・・・・。相手が積極的で、何度か会ってるうちに滋の方もシンに惹かれていったって感じらしいぜ」 「さすが、美作さん詳しいね」 牧野が感心したように言うのを、あきらは苦笑して見た。 「まあな。知りたくなくてもそういう情報ってのは耳に入ってくるんだよ。今回の場合は・・・・・特に司が気にしててさ。いろいろあったから、友達として滋には何かしてやりたいって思ってたみたいだな」 「義理堅いとこあるよな、あいつも」 俺の言葉に、類と牧野も頷く。
夕食が進み、やがて振舞われたアルコールも手伝って談笑の声も大きくなり、それぞれ席を移動したり立ったりするものが出てきていた。 テーブルの食事はいつの間にか片付けられ、代わりにフルーツやチョコレートといったものが並べられ、皆思い思いに手を伸ばしていた。
ふと見ると、類と牧野がワイングラスを手に、窓際で寄り添って話をしていた。
なんとも甘ったるい雰囲気の2人に胸が痛み、それでも目が離せずにじっと見つめていると、隣にいたあきらがちらりと俺を見た。 「・・・・・そろそろ、はっきりさせといた方がいいんじゃねえの?あいつに気持ちを伝えるか、それともすっぱりと諦めるか」 「・・・・・どっちにしろ、あいつが振り向くことはねえだろ」 「・・・・・そうとも限らねえんじゃねえの」 あきらの言葉に、俺は驚いてその顔を見た。 「可能性の話」 とあきらは続ける。 「牧野は無防備だからな。今、お互い相手しか見えてないくらいラブラブな状況だけど、そういうときこそ安心しきってて油断するってこともあるだろ」 「なんか・・・・・お前が悪魔に見えてきた」 俺の言葉に、あきらは顔を顰めた。 「お前な・・・・・。このまま、すっぱり諦めるっていうんならそれでもいいと思うぜ。確かに、今の2人見てればお前が玉砕する可能性のほうが高いしな。けど、それも100%じゃない。このまま散るのがいやなら、だめもとでやってみればってこと。らしくねえお前を見てると、こっちもイライラしてくる」 親友だからこそのストレートな言葉に、俺は何も言えず、再び牧野と類のほうに視線を戻した・・・・・。
暫くすると、類が牧野から離れ、部屋を出て行った。 携帯電話を耳に当てていたから、何か大事な電話でもかかってきたのだろう。
俺は席を立つと、窓際にいた牧野の傍へ行った。 「類は電話?」 俺の声に、牧野が振り向く。 「あ、うん。田村さんて、秘書の方」 「ああ、田村さんか」 頷いてから、俺は牧野の横に並び、窓の外へ目を向ける。 窓は大きく、そのまま外へ出られるようになっている。 「・・・・・そこの階段、上のバルコニーに続いてるんだな」 外を見て言う俺の言葉に、牧野も同じ方向へ目をやる。 「あ、ほんとだ」 「・・・・・行ってみねえ?」 「え?」 「ここじゃ木が邪魔で見えねえけど、バルコニーからなら夜景とか星とか、見えるんじゃねえの?」 その言葉に牧野もちょっと興味を持ったようだったが・・・・・ 「でも、類が・・・・・・」 ちらりと後ろを振り向く牧野。 「まだ戻ってこねえだろ?別に別荘からでるわけじゃねえし、大丈夫だって。ほら、行ってみようぜ」 そう言って俺は牧野の手を引き、静かに窓の外へと出たのだった・・・・・。
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