-tsukushi-
「館山?」 電話の向こうの滋さんに思わず聞き返す。 「そう!館山に2泊3日。いいでしょ?」 「あ、うん、あたしは・・・・・」 てっきりまた海外に行こうとか言われるかと思ってたあたしはほっとするやら気が抜けるやら・・・・・だった。 久しぶりのみんなとの旅行。 経済的に厳しいものはあってもやっぱり行きたいという気持ちがあった。 「つくしは類くんと一緒の部屋にしといたからね」 「え・・・・・」 言われた言葉に頬が熱くなる。 「べ、別にあたし、みんなといっしょでいいのに」 「なーに言ってんの!婚前旅行だと思って楽しんでよ!別荘までの道は類くんに伝えておくから。じゃ、またね!」 元気にそう言って、電話を切ってしまった滋さん。 こっちが何か言う間もなく切られてしまい、あたしは携帯電話を呆然と見つめた。 「相変わらず・・・・・。お金持ちって、人の話聞かないなあ」 そう言いながらも、なぜだか憎めない滋さんの顔を思い浮かべて苦笑した。
「でも、何で館山なんだろ」 翌日、あたしは類のマンションに遊びに来ていた。 今日から大学は春休みで、バイトも休みだった。 「さあな。滋も、肝心なこといわねえよな」 そう言ったのは、なぜか朝からここにきてリビングで勝手に寛いでる美作さん。 そして、向いのソファーには西門さんも。 「どこでもいいんじゃねえの?あいつの別荘があるところなら。みんなで集まって騒ぎたいだけだろ、あいつの場合。館山ならそう遠くねえし」 西門さんの言葉に、美作さんも納得したように頷いた。 「まあな。よお類、コーヒーもう1杯もらっていいか」 美作さんの言葉に、ソファーに寝そべっていた類が軽く頷いた。 「どうぞ。勝手に入れて」 「あ、あたし入れてこようか?あたしも紅茶もう1杯飲みたいから」 そう言ってあたしは立ち上がると美作さんのコーヒーカップを受け取りキッチンへと向かった。
キッチンでコーヒーを落とし、その間にお湯を沸かしていると西門さんが入ってきた。 「紅茶、俺が入れてやろうか」 「ほんと?あ、じゃあこの間いってたおいしい紅茶の入れ方教えてよ」 あたしが言うと、西門さんは笑った。 「教えてやってもいいけど、ここにはティーパックないだろ。ほら、こんなおいしい紅茶が置いてあんだからお前でもおいしく入れられるよ」 「あ、そっか。でもそれなら何で?西門さん、コーヒーでしょ?」 「俺、もうコーヒー2杯飲んでるし。3杯目は紅茶。同じモンばっかりは飽きるし、胸焼け起こす」 西門さんの言葉に、あたしはなるほどと頷いた。 「・・・・・類の機嫌は直ったみたいだな」 西門さんが、小声で言った。 対面型オープンキッチンの造りになっているので、リビングで寛ぐ美作さんと類の姿もここから見える。 無駄に広い部屋なので、ここで小声でしゃべっている声は向こうには聞こえない。 「あ、うん。心配かけてごめんね」 「いや、別に。館山へは、類の車で行くんだろ?」 「うん。西門さんたちは?」 「俺たちはあきらの車で行くよ。桜子も一緒に。優紀ちゃんとその彼氏は滋の家の車で行くってさ」 「そっか。みんなで集まるのって久しぶり。楽しみだね」 あたしの言葉に、西門さんは苦笑した。 「お前は無邪気だな」 「何よそれ」 「いや・・・・・。お前はそのままでいろよ」 ふっと、西門さんが優しい笑みを浮かべる。 最近、たまに見るようになった西門さんのこんな表情。 ドキッとするような、とても優しい笑顔。 その笑顔を見ると、あたしはいつも何も言えなくなってしまう。 どうしてそんな優しい顔、するんだろう・・・・・。 「牧野」 気付くと、すぐ後ろに類が来ていた。 「あ、類、どうかした?」 「いや・・・・・なかなか戻ってこないから。コーヒー、もう落ちてるよ」 その言葉に、あたしはコーヒーメーカーを見た。 「あ、ほんとだ」 「紅茶もちょうど入れ終わったよ。類も飲むか?」 西門さんの言葉に類はちらりと視線を向けたが、すぐに目を逸らし、首を振った。 「いや、俺はいいよ。朝からもう3杯も飲んでる」 その言葉にあたしは笑いつつ、トレイに3人分の飲み物を載せた。 そのトレイを、類が横から持って行く。 「あ、ありがとう」 「いや」 にっこりと微笑む類。 優しい笑みに癒されながらも、その直後、ちらりとあたしの背後へと向けられた鋭い視線に、なんだろうと首をかしげた・・・・・。
「4月からは、牧野も3年か。はええなあ」 美作さんの言葉に、あたしも頷く。 「ほんと。美作さんたちは来年卒業だもんね。今年はさすがに忙しいんじゃない?」 「だよなあ。けど、自由に遊べるのも今年限りだし。満喫しないとな」 にやりと笑う美作さんに苦笑する。 「もう十分満喫してると思うけど・・・・・」 「冗談。卒業したら俺、世界中飛ばされてこき使われるんだぜ?今のうちにもっと羽伸ばしとかないと、やってらんねえよ」 うんざりしたような美作さんの表情に笑いが漏れる。 「そっか。西門さんは、襲名っていつごろするの?」 「俺?さあなー、親父次第だけど・・・・・。当分は修行だろ」 「それも大変そうだね」 西門さんが、ちらりと類に視線を向ける。 類は、いつの間にかあたしの隣に座ってあたしの髪をいじっていた。 「類はどうなんだよ?卒業したらヨーロッパか?」 その言葉に、どきりとする。 類は、表情を変えるでもなく肩を竦めた。 「さあ。まだわからないよ。フランスかイタリアか・・・・・いずれ行くことになるだろうけど・・・・・面倒くさいし」 「面倒くさいってお前なあ・・・・・。そろそろそれじゃあすまねえだろ」 美作さんの呆れた言い方に、類はまた肩を竦め・・・・さっきからじっと見上げていたあたしの方を見た。 「・・・・・俺は、牧野といられるならそれでいいから」 そう言ってにっこりと微笑むと、あたしの肩を引き寄せた。 まさかそんなことを言われると思ってなくて、不意打ちを食らった気分であたしは思わず固まってしまう。 「・・・・・牧野を、連れて行くってことか?」 西門さんが、真剣な表情でそう聞く。 「けど、大丈夫なのかよ?お前の両親、牧野のこと知ってんの?」 美作さんも真面目な顔になって聞く。 あたしの心臓が、嫌な音を立て始める。 思わず握り締めた拳を、類の掌がそっと包む。 「・・・・・大丈夫だよ」 類の目は優しく、とても落ち着いていた。 「たとえ、何があっても・・・・・俺が牧野から離れることは、ありえないから・・・・・」 そう言って、不安の消えないあたしの目をじっと見つめ、唇に軽く触れるだけのキスを落としたのだった・・・・・。
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