「おう、おはよう!」
玄関を開けると、そこには久美子が立っていた。
「・・・・・本当に来たの」
半分呆れ顔の律に、久美子は肩をすくめる。
「当たり前だろう。教え子との約束、あたしが破るわけない」
「ふーん?まあ良いや。岳、山口が来てるぞ」
「ああ、いいよ、あたしが部屋まで行く。お前も車まで送ってくれよ」
そう言ってさっさと家に上がりこむ久美子。
溜息をつきつつ、律もその後を追った。
「どうだ?歩けるか?」
久美子の言葉に、岳はにやりと笑う。
「そんなに軟じゃねえよ。大丈夫、1人で歩ける」
「無理すんなよ?あたしが肩を・・・・・」
久美子がそう言って岳の腕を取ろうとするのを、律が間に入って止める。
「俺がやるよ。あんたは先に行って車の扉を開けてくれ」
「お、おお。サンキュ」
律の言葉に素直に頷き、久美子が先にたって部屋を出る。
久美子の姿が見えなくなると、岳がちらりと律を見た。
「―――どういう風の吹き回しだよ?」
「別に。面白そうだから俺もゲームに参加しようと思っただけだ」
「ゲーム・・・・・?」
「ああ。山口久美子をものにする、っていうゲームにな」
そう言ってにやりと笑った律の瞳は、怪しい光を湛えていた―――。
「明日からは、もう迎えに来なくていいから」
学校に向かう車中、そう言った岳の顔を、久美子は驚いて見た。
「何言ってるんだ。遠慮すんなよ、足が良くなるまでの間だけなんだから」
「いいから、俺の家にはもうくんな。帰りも送ってくれなくていいから」
頑なに拒む岳を、久美子は不思議そうに見つめた。
「どうしたんだよ?急に。何かあったのか?家で」
「―――お前さ、兄貴のこと、どう思う?」
「お前の兄貴を、か?どうって―――頭のいいやつだよな。ちょっと変わってるけど―――兄貴がどうかしたのか?」
「・・・・・兄貴には、気をつけたほうがいい」
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。あいつは・・・・弟の俺でもたまに不気味に思うときがある。何を考えてるのか―――とにかく、気をつけろ」
そう言った岳の横顔は、真剣そのものだった・・・・・。
「え・・・・・上杉のやつ、もう帰ったのか?」
放課後、岳を送って行こうと、帰り支度をしてから教室に戻ると、すでに岳の姿はなかった。
「ああ、足大丈夫なのかって言ったらもう平気だっつってたぜ。その割にはびっこひいてたけどな」
「そりゃそうだろう。ったく、あいつ・・・・・」
そう言って久美子は溜め息をつき、教室を後にしたのだった。
一方、大学での授業を終え帰ろうとしていた慎の前に現れたのは―――
「こんちは。沢田慎、だろ?」
上杉律の弟、上杉岳。
見れば見るほどそっくりだったが、持ってる雰囲気はまるで違う―――正反対のようにも見えた。
「―――何か用か」
「あれ、俺が誰だかきかねえの?」
岳の言葉に、慎は肩をすくめた。
「上杉の弟だろ?見りゃわかる。あいつだったら俺はしらねえぜ」
「だろうな。あんたと兄貴じゃ絶対気が合いそうもねえ」
「―――で、何の用だ」
「・・・・・ちょっと、付き合ってくれねえか。あんたに話したいことがあるんだ」
「俺に?」
「ああ。その辺のサテンでいいや。割り勘だけどな」
そう言いながら岳はさっさと歩き出す。
慎は岳に声をかけようとして―――
岳がびっこをひいていることに気づく。
「何突っ立ってんの?早く来いよ」
振り向いてそう言う岳に、慎は溜め息をつきつつ、着いて行ったのだった・・・・・。
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