「ずいぶんベタな演出だよねえ。校舎裏へ呼び出すなんてさ」
口元に笑みを浮かべ、あきれたように肩をすくめて岳は言った。
岳を取り囲むように立っていた男子生徒たちは岳の余裕の態度とは裏腹に額に青筋を立て、声を荒げた。
「う、うるせえ!大体生意気なんだよ、少しぐれぇ勉強ができるからって偉そうにしやがって!!」
岳よりも数段大柄な親分格らしい男がずいっと前に出る。
「・・・・・今日はあの目障りな取り巻きもいねぇ。たっぷりかわいがってやるぜ!」
ぶんっと、男の腕が勢いよく振り上げられ、岳の頭上に下ろされようとしたが寸でのところで岳はその攻撃をかわした。
「あっぶねえなあ」
「やろお・・・よけんじゃねえ!」
「冗談、よけなかったら痛いじゃん」
相手が次々と打ち込んでくる攻撃を、ひょいひょいとよける岳。
運動神経はいいので、攻撃をよけることは出来るが、腕力にはあまり自信がない。
このままでは埒が明かないが、よけてばかりでもやはり疲れてくる。
前の男の攻撃をよけることに専念していた為、後から足を引っ掛けてきた男の攻撃をよけきることが出来なかった。
「くっ・・・!!」
後ろにいた男に足をかけられ、岳はそのまましりもちをつくように倒れ顔をしかめた。
「へっ・・・・・ここまでだな」
男たちが岳ににじり寄り、間合いをつめてくる。
岳はその男たちを無表情に見つめていたが・・・・・
「お前ら何やってる!!」
突然後から声がして、全員はっとしたようにそちらを振り返る。
「や、やべぇ、山口だ」
もはや、久美子の正体を知らないものはここにはいなかった。
男たちの顔色がさっと変わり、途端に逃げの体制に入る。
「おい!」
「逃げろ!!」
言うが早いか、男子生徒たちは素早く駆け出し、久美子の横をものすごい勢いで通りお過ぎていってしまった。
「上杉!」
久美子は、逃げて行った生徒達のことは追わず、岳のそばに駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「ああ・・・・つっ・・・・!!」
立ち上がろうとして、右足に鋭い痛みを感じ顔をしかめる。
「どうした?・・・・・挫いてるな・・・立てるか?」
久美子が岳の足をそっと触り、心配そうに顔をしかめた。
「たいしたことねえよ・・・。よけられると思ってたんだけどな・・・」
痛そうに顔をゆがめる岳に肩を貸し、その場に立たせるが足を着くことは難しそうだった。
「しようがねえな・・・今日はもう授業もねえし、病院に行こう」 「って・・・・車は?」
「ああ、昨日車検から戻ってきた。車まで、ちょっとがんばってくれよな」
そう言って久美子は少しずつ歩き出したのだった。
「・・・・・ん?」
外で車の止まる音に気付き、律は視線を上げた。
続いて、インターフォンの音が鳴る。
「はいはいっと・・・宅配かなんかか?」
急ぐでもなく、律は玄関まで行くと開ける前に声をかけた。
「どなた?」
「白金高校の山口です。岳君を送ってきました」
「!!」
意外な人物の声に、さすがの律も驚き目を見開く。
玄関を開けると、そこには久美子と、久美子に支えられて立っている岳がいた。
「何事?」
「足を挫いたんだ。悪いけど肩を貸してくれ」
久美子にそういわれ、律は岳に肩を貸し、そのまま2人で岳を支えるようにして玄関を上がり、リビングのソファまで岳を連れて行った。
「悪いな、山口」
珍しく謙虚な姿勢の岳に、律は目を丸くする。
「いいさ、このくらい。それよりも・・・足、大丈夫か?明日、学校まで来るの大変だったら迎えに来てやるぞ」
「は?山口が?」
「おお。なんだよ、不満か?」
「あ、いや・・・。そういう訳じゃ・・・」
心なしか岳の頬が朱に染まって見え、律はますます驚いて目を瞬かせた。
――――へぇ・・・。こいつがこんな顔するなんて・・・・
「じゃあ、邪魔したな。明日の朝、また来るから」
「ああ」
久美子を玄関まで送った律は、玄関の戸を閉めたあとまたリビングへと戻った。
「・・・怪我したにしちゃあ、うれしそうな顔だな」
律の言葉に、岳はチラッと視線を送ったがすぐに目の前のTVに視線を戻し肩をすくめた。
「そう?」
「ああ・・・。けどお前も面倒くさいことするねえ。女なら他にいくらでもいるだろう。わざわざあんな・・・教師で、やくざで、おまけに男つきだ」
「・・・教師しか合ってねえぜ。あいつ自身はやくざじゃねえし、男だって、別に恋人ってわけじゃないだろ」
その言葉に、律はおかしそうに口の端をあげて笑った。
「なんだ、知ってるのか。沢田慎。お前、あいつに勝てると思ってるの」
「さあね。でも、やる前からあきらめちまう兄貴よりは勝てる可能性、あると思うぜ」
律の眉が、ピクリとつりあがった。
「・・・オレが、なんだって?」
「知ってるぜ。兄貴が山口に気があること。・・・・誰に対しても、どんなことに対しても無関心で、高みの見物を決め込んでた兄貴が、初めて興味を持って自分から近づいたのはあいつだけだろう。だから俺も、それがどんな女なのか見てやろうと思ったんだ。だけど、男がいるからって本気になる前に諦めちまうなんて、兄貴も案外情けねえよな。男として・・・沢田慎に勝てる自信がないってことだろ?」
岳がクックッとおかしそうに笑うのを無表情に見つめる律。
「・・・・・オレが・・・・・このオレが、沢田に勝てないって?」
律の抑えた声音に、岳はちらりとその表情を見た。
感情のない瞳。だが、岳にはその瞳の奥に燃え盛る炎が見えたような気がした。
「・・・・・だから、諦めたんだろ?」
「・・・・・お前は、あいつに勝てる自信があるってのか?」
「さあ。わかんねえよ。ただオレは、まだ諦めるつもりがねえってだけだ」
そう言って岳は、床に置いてあった雑誌を拾い、読み始めた。
もうこの話は終わり。
暗にそう言っているのがわかり、律も何も言わず部屋から出て行った。
自分の部屋に戻った律は、イライラとベッドに身を投げ出し、舌打ちした。
――――俺が、沢田に負ける・・・?ばかな・・・!
脳裏に、慎が久美子と岳のことを心配している様子と、岳の久美子に対しているときの表情が浮かんでは消えた。
――――あいつに・・・・あの女に、そこまでの価値があるってのか・・・?
少しすると、律も冷静さを取り戻した。
そして、しばらく考えにふけっていたが・・・・・
やがて、その端正な顔立ちに、静かな笑みを浮かべた。
――――いいだろう。このオレが、あの沢田よりも下かどうか・・・じっくりとわからせてやるさ・・・・・。男として、な・・・・・
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