***キャラメル・ボックス vol.8***



 -soujirou-

 俺は牧野と店を出ると、そのまま牧野を車に乗せてあきらの家へ向かった。

 あきらは家にいて、俺と牧野の姿を見て一瞬意外そうな顔をしたが、そのまま部屋へと通した。

 部屋に入り、飲み物が運ばれて、その後使用人が下がるとあきらは俺たちを交互に見つめた。
「珍しいな。お前らが2人でここに来るなんて」
「お前に話があるんだよ」
「話?」
 不思議そうに首を傾げるあきら。
 俺がちらりと牧野のほうを見ると、牧野は緊張した面持ちで、唾をごくりと飲み込んだ。
「・・・・・美作さん」
「ん?」
「話があるのは・・・・・・あたしなの・・・・・」
 その言葉にあきらは一瞬沈黙し、ゆっくりと俺たちが座っていたソファーの前に腰を下ろした。
「・・・・・なんだ?」
「あの・・・・・あたし・・・・・・」
 牧野は両手で持っていたバッグをぐっと握り締め・・・・・・思い切ったように顔を上げると、あきらの顔を真っ直ぐに見つめ、口を開いた。
「美作さんとは・・・・・・結婚できない」
 はっきりと言い切った牧野は、じっとあきらの答えを待った。
 あきらは驚きもせず、暫くそのまま牧野を見つめていたが・・・・・・。

 「類、か」
 その言葉に、牧野の肩がびくりと震える。
「・・・・・ごめんなさい、あたしやっぱり・・・・・類が、好きなの。ずっと美作さんに支えてもらって、美作さんにはすごく感謝してる・・・・・・ほんとに・・・・・ありがとう・・・・・」
 涙を堪えているかのように、ちょっと震える声で、しかしはっきりと自分の意思をあきらに伝えようとする牧野。
 俺はそんな牧野を黙って見つめていた。
 あきら、大きな溜息をついて、髪をクシャリとかき上げた。
「・・・・・・嫌な予感は、したんだ」
「美作さん・・・・・」
「類が帰ってくるって聞いて・・・・・・一番に頭に浮かんだのはお前のことだった。また、辛い思いをするんじゃないかって心配だった。そしてそれ以上に、お前が俺から離れていっちまうような気がして・・・・・不安だった・・・・・」
 俯いたあきらの表情は、とても辛そうに見えた。
 それを見ていた牧野の表情も辛そうにゆがむ。
「お前たちが、まだ想い合ってるってことは、すぐに分かったよ。あんなふうに見つめあったりしてれば、誰だってわかる。焦った。ほんとに・・・・・今まで知らなかった感情が、俺の中にあった。お前を、類に渡したくなかった。何とかして・・・・・引き止めたかったんだ。考えてみれば、馬鹿だよな。お前の気持ちはわかってたのに・・・・・」
「美作さん・・・・・・あのね、あたし・・・・・今こんなこと言うのは違うかもしれないけど、でも聞いて。あたしがずっと元気で居られたのは、美作さんのおかげだって思ってる。美作さんがずっとあたしの傍に居て、支えてくれて。だからあたしは笑うことが出来たし・・・・・幸せだったよ?ずっと。美作さんと一緒に居られて、良かったと思ってる。プロポーズだって・・・・・びっくりしたけど、嬉しかったの」
 そこまで言ったとき、牧野の瞳から涙が零れ落ちた。
 ずっと堪えていたのだろう。
 一度零れた涙はもう堰き止めることが出来ず、次々に溢れ出した。
「ごめん・・・・・・なさい・・・・・・っ」
 あきらはそっと溜息をつくと、牧野の顔をじっと見つめた。
 その表情は、穏やかな、いつものあきらだった。
「・・・・・本当は、今だってお前を離したくなんかねえよ。だけど・・・・・・お前の顔見てたら、そんなこといえなくなっちまうよな」
 あきらの言葉に、泣き濡れた顔を上げる牧野。
「・・・・・ここに来たときから、わかってたよ。お前、すごく幸せそうな顔してる。・・・・・幸せなんだろう?」
 牧野がゆっくりと頷く。
「お前のそんな顔・・・・・久しぶりに見たよ。いや、初めてかもな。ずっと・・・・・笑っててもどこか寂しそうだったよ、お前は。俺は、それをわかってて、見て見ない振りをしてきたんだ。時間が経てば、お前が類を忘れられるんじゃないかと思ってたから。だけど・・・・・やっぱりかなわねえな。あっという間にお前をそんな顔にしちまうんだから・・・・・完敗だよ」
「あきら・・・・・」
「総二郎、お前は牧野を守るために着いてきたんだろう?俺が逆上して、乱暴でもすると思ったか?」
 あきらが俺を見てにやりと笑う。
「いや・・・・・お前に限って乱暴はしないだろうと思ってたよ。ただ・・・・・お前は、いつもギリギリまで我慢するやつだから。本当は今だって、我慢してるんだろ?」
 俺の言葉に、牧野も俺の顔を見る。
「あのな・・・・・人がせっかくかっこよく終わらせようと思ってんのに、何ぶち壊してんだよ」
 あきらが苦笑する。
「かっこなんかつけんなよ。お前の気持ちは、よくわかってるつもりだぜ。・・・・・大体、何も言わずに行っちまおうなんておれが許すと思ってんのかよ」
 そう言うと、牧野がきょとんとして目を瞬かせ、あきらがしまったというように顔を歪ませた。
「おい、総二郎―――」
「牧野に、類のときと同じ思いをさせるな」
 真剣にあきらの目を見て言ってやると、あきらははっとしたように口をつぐみ、俺から目を逸らした。
「それ・・・・・どういうこと?西門さん・・・・・・」
 牧野が俺を見上げる。
「・・・・・あきら、来月にはイタリアの方へ行くことになってるんだよ、仕事で」
「イタリア・・・・・?」
「もちろんすぐには帰ってこれない。向こうで5年か、それ以上か・・・・・少なくとも一人前になるまでは向こうで勉強しながら仕事して、その後、その成果次第でイタリア支社を任されることになってるんだろ?そのために、お前の親父がお前に見合いをさせようとしたんだ。だから・・・・・お前は、牧野にプロポーズしたんだろ?」
 俺の話に、あきらは頭をかき、息を吐き出した。
「・・・・・ったく・・・・・。ああ、そのとおりだよ。牧野がプロポーズを受けてくれれば一緒に・・・・・振られたらその縁談受けて、向こうに行こうと思ってた」
「美作さん・・・・・・」
「あきら。お前の気持ちは、わかってるつもりだ。けど・・・・・牧野の身にもなれよ。お前が、自分に振られたせいで他の女と気の乗らない結婚して、しかも自分の前から姿を消しちまったら・・・・・類のときみたく、また牧野はずっと自分を責め続けることになる。それでいいのかよ?」
 自然と声が大きくなる。
 わかってるつもりだ、俺だって。
 結局牧野を類に取られて。
 傍に居ることがどんなに辛いか。
 だけど・・・・・・
 辛い気持ちは、きっと牧野も同じ。
 いや、きっとそれ以上に牧野は苦しむんだ。
 牧野は、そういう女なんだ・・・・・。

 俺は、もう牧野が苦しむところをみたくない。
 牧野には・・・・・幸せになって欲しいんだ。
 そしてあの弾けるような笑顔を、また見せて欲しい・・・・・。




  

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