-rui-
ホテルの最上階のスウィート。 夜景の見える窓の傍で、俺は牧野をソファーに座らせた。 その横に俺も座り、そっとその髪を撫でる。 呆れたように俺を見上げる牧野。 「・・・・・・強引、過ぎるよ」 「うん。わかってる」 そう言って、牧野の髪にキスを落とす。 牧野の頬が微かに染まる。 さっき、あんなに熱い口づけをしたばかりなのに、こんなことでまた赤くなる牧野がかわいかった。 「・・・・・この1年間、俺は牧野のことばかり考えてた」 「・・・・・・・」 「忘れるために、牧野から離れたはずなのに・・・・・・。会いたくて、会いたくて。毎日そればかり・・・・・。それが苦しくて、堪らなくて、親が持ってきた縁談を受けたんだ・・・・・。会ったことなんてなかったし、送られてきた写真もろくに見なかった。見合いの席でもほとんど目も合わせず、ただ聞かれたことに答えて・・・・・多分、印象は最悪だったと思うよ。それでも、勝手に話は進んで、式の日取りまで決まってた」 俺の話に、牧野は辛そうに目を伏せた。 「どうでも良かった。相手が牧野じゃないなら、誰でも一緒だった。だから、その日以来相手とは会うこともなかったし、顔も思い出せないくらいの印象しか残ってない」 そう言って苦笑すると、牧野はちょっと複雑そうに俺を見上げた。 「それ・・・・・ひどいよ」 「でも、そうなんだから仕方ない。結婚前に、日本での仕事を少しやることになったとき・・・・・複雑だった。牧野に、会いたい気持ちと、会いたくない気持ちと、両方あったから・・・・・。だけど、実際牧野に会って・・・・・あきらと付き合ってること知って・・・・・どうしても、自分の気持ちを抑えられなかった」 「花沢類・・・・・」 「悔しかった。俺のいない間に、俺以外のやつが牧野の傍にいたことが。牧野の心に入り込んでたあきらが・・・・・・・羨ましかった・・・・・。牧野の傍にいるのは、俺のはずだったのにって・・・・・・・」 牧野の髪に指を差し入れ、髪をすく様に撫でる。 牧野の瞳が潤む。 「後悔したよ。どんなに辛くても・・・・・・牧野の傍を離れるべきじゃなかったって。ずっと傍にいて、牧野の傷を癒してやりたかった。どんなときでも・・・・・・牧野の隣にいるのは、俺でありたかったのに・・・・・」 「あたし、は・・・・・・・」 「やっぱり、俺には牧野しかいないんだ。牧野以外の女なんて、考えられない・・・・・・周りになんて言われようと・・・・・俺は、牧野の傍にいたい」 牧野の瞳をじっと見つめる。 涙が1粒、牧野の頬を伝った。 その涙を唇で救い、そのまま唇を奪う。 何度も啄ばむようなキスを繰り返し、頬に、耳朶に、キスの雨を降らせる。 「花沢、類・・・・・・あたしは・・・・・・」 何か言葉を紡ごうとする牧野の唇をもう1度塞ぎ、今度は開きかけた唇の隙間から舌を差し入れ、熱い口づけをする。 牧野の震える手が、俺のシャツを握り締めている。 そんな仕草が、堪らなく俺を煽っていた。 「・・・・・・愛してる・・・・・・・・」 「類・・・・・・」 呼ばれた名前に、俺はふと牧野を見つめた。 「・・・・・名前だけで呼ばれるの、久しぶり・・・・・」 こつんと、おでこをあわせると照れたように視線を逸らす牧野。 「だって・・・・・・」 「嬉しい、すごく・・・・・」 「・・・・・・類、あたしは・・・・・・」 「あきらが・・・・・牧野にとってすごく大事な存在だってことはわかってるよ」 その言葉に、牧野が顔を上げた。 「俺にとっても、あきらは親友だよ。それだけは、ずっと変わらない。でも・・・・・親友でも、譲れないものがある。牧野だけは・・・・・どうしても、譲れない」 「類・・・・・」 「牧野・・・・・。俺に、ついてきて」 俺の言葉に、牧野の瞳が見開かれる。 「一度決まった結婚を白紙に戻すってことは、花沢の家に泥を塗るってこと。相手にも恥をかかせてしまう。この結婚は単なる結婚じゃなくってビジネスだから・・・・・それをぶち壊すんだから、ただじゃ済まないことは俺もわかってる。勘当されるかもしれないし、もう日本にはいられなくなるかもしれない。そうなっても、俺は仕方ないと思ってるし・・・・・・覚悟もできてるつもり」 「類・・・・・」 「だけど、俺も花沢の家から出たことがない人間だから・・・・・きっと、一緒にいたら苦労すると思う。それでも・・・・・俺には、牧野が必要なんだ。牧野がいてくれたら、他には何もいらない。牧野が傍にいてくれたら、何でも出来る。だから・・・・・俺についてきて欲しい」 じっと見つめながら。 1つ1つの言葉に、思いを込めて告げる。 1年前に、言えなかったこと全て・・・・・ 「幸せに出来るかって聞かれたら、正直わからない。きっと苦労させてしまうから。だけどそれでも、俺には牧野以外は考えられないから。一緒にいてくれれば、幸せなんだ」 その言葉に牧野は一瞬目を見開き・・・・・そして急にぷっと吹き出した。 目に涙を溜めながらおかしそうに笑う牧野を、今度は俺が驚いて見る。 「何?」 「だって・・・・・普通、プロポーズって、『幸せにする』って言うものじゃない?なのに、『わからない』って・・・・・・・」 くすくすと笑い続ける牧野。 俺は頭をかきながら 「そんなにおかしい?」 と聞いた。 「ん。おかしい。でも・・・・・・」 「でも?」 牧野は小さく息をつくと、俺を見上げた。 きらきらと輝く大きな瞳が、俺を捕らえる。 「正直に言ってくれて、嬉しかった。あたしも・・・・・・ずっと苦しかったから。自分にも、周りにも・・・・・素直になれなかった。美作さんが、あたしの弱みも全部包んでくれて・・・・・・嬉しかったの。この人の傍にいたら、きっと幸せになれるって思った・・・・・」 「牧野・・・・・・」 「だけど・・・・・それはきっと、あたしが望む幸せとはちょっと違う。あたしは・・・・・人に幸せにしてもらうんじゃなくて、自分で幸せを掴みたいんだって・・・・・・今、気付いた」 そう言って微笑んだ牧野の笑顔は、眩しいほどに輝いていた。 「美作さんはきっと、あたしを幸せにしてくれる・・・・・でも、あたしは・・・・・・あたしは、花沢類を、幸せにしたい。それが・・・・・あたしの幸せだよ」 そう言って花の様に笑う牧野。
愛しくて。
その体を、思い切り抱きしめていた。
「愛してる・・・・・・類・・・・・」
その言葉が、まるで今まで苦しんできたものを全て消し去るように、俺の心に染み込んできた・・・・・
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