***キャラメル・ボックス vol.4***



 -tsukushi-

 美作さんのプロポーズを受けた翌日・・・・
 花沢類から、メールが来ていた。

 ―――大事な話がある―――

 あたしは一瞬迷ったけれど・・・・・
 大事な話、と言われたら断るわけにはいかないような気がして。

 結局美作さんにはこのことを伝えずに、夜になって指定されたホテルのバーへと向かった。

 先にバーのカウンターにいた花沢類は、スマートなデザイナーズスーツを着込み、洗練された仕草でカクテルを傾けていた。
 その様子はさすがに絵になって・・・・・
 隣に行くのが憚れるほど周りの注目を集めていたが、本人は全く気付いていないようだった。

 「・・・・・急に服の趣味が変わったのは、あきらのせい?」

 突然美作さんの名前が出てきて、どきりとする。

 「付き合ってるんでしょ?あきらと」

 声を出すことも出来ず、無言で頷く。

 どうしてこんなに胸が苦しいの?
 もう終わったのに。
 あたしが突き放して、花沢類がいなくなって・・・・・それで終わったんだ。
 今あたしの傍に美作さんがいるように・・・・・花沢類にだって・・・・・

 あたしは気を取り直すと、顔を上げ、花沢類を見た。
「花沢類のほうこそ、婚約したんでしょう?式はいつ?」
「来年の予定だけど・・・・・」
「そっか・・・・・おめでとう。昨日、言いそびれちゃったから・・・・・」
 ふと、また目を逸らす。
 胸が苦しい。
 当たり前のことなのに。
 友達なんだから・・・・・・
 そう思うのに、あたしの胸はずきずきと痛みを伝えていた。

 「俺、結婚はしないよ」
 花沢類の言葉に、息を呑む。

 「俺は、牧野が好きだから」

 「だから、結婚はしない」

 どうして?
 何でそんなこと言うの?

 あたしは・・・・・・
 あたしは、もう・・・・・・・

 「・・・・・愛のない結婚でも、構わないと思った。だけどやっぱり、俺には牧野しかいない。牧野じゃないと・・・・・駄目なんだ」

 あたしを見つめる、花沢類の真剣な瞳。
 握られた手の力は緩むことなく・・・・・
 まるで、もう二度と離さないと言われているかのように、あたしの手を捕らえていた・・・・・。

 どくどくと、心臓が大きな音を立てていた。
 震えだす体。
 花沢類の視線が熱くて・・・・・・声を発することが出来ない。

 でも、言わなくちゃ・・・・・・
 言わなくちゃ、いけないんだ・・・・・・。

 「駄目、だよ」

 「昨日・・・・・・美作さんに、プロポーズされたの・・・・・・・」

 「あたし・・・・・・Yesって言っちゃった・・・・・・から・・・・・」

 絞り出すように・・・・・・
 それでも花沢類に伝えなくてはいけないことを、あたしは言葉にした。
 
 美作さんの顔が、脳裏に浮かぶ。
 傷つけたくない、大事な存在。
 美作さんが傍にいてくれなかったら、きっとあたしはこうして花沢類に会いに来ることもできなかった気がする・・・・・・。
 だから・・・・・・
 だから、あたしは、花沢類を選んじゃいけない・・・・・・・・。

 何も言わず、じっとあたしを見つめる花沢類。
 その視線に耐え切れず、あたしは視線を逸らすと、席を立った。
「ごめん、あたし・・・・・・帰るね」
 そう言って、持ってきていたバッグを掴み、バーを飛び出す。

 ホテルの最上階にあるバー。
 あたしはエレベーターのボタンを押し、溜息をついた。
 両手を合わせ、胸の前でぎゅっと握る。

 苦しい。
 こんなに苦しいのは・・・・・まだあたしが花沢類を好きだから?
 でも・・・・・・
 もう、決めたんだ・・・・・・・

 エレベーターの扉が開き、それに乗り込もうとしたとき―――

 突然腕を掴まれ、後ろに引き寄せられた。
「きゃっ!?」
 足元がよろけ、そのまま後ろに倒れこむ。
 そのあたしの体を支え、後ろから抱きしめるように腕を腰に回される。
「行くな」
 花沢類の低い声が、耳元に響く。
 どきんと、大きく胸が高鳴る。
「花沢、類・・・・・」
 エレベーターの扉が再び閉まり、下へと降りていく・・・・・。

 「行かせない・・・・・どこにも・・・・・あきらのとこにも・・・・・」
 花沢類の、切羽詰ったような切なげな声があたしの胸を打つ。

 ―――そんな風に、言わないで・・・・・

 「離して・・・・・・」
「いやだ。俺はもう、牧野を諦めないって決めたから・・・・・・・絶対に離さない」
 まるで駄々っ子のように言い張る花沢類。
 その腕の力は強くて、あたしは身動きすら出来なかった。
「やめて・・・・・・言ったでしょ?あたしは・・・・・美作さんと・・・・・」
 声が震える。
 心臓の音が、腕から花沢類に伝わりそうなほど、高鳴っているのがわかる。

 ―――これ以上この人の傍にいたら、ダメだ・・・・・・

 そう思うのに、振りほどくことも出来ない。
「だったらどうして・・・・・・泣いてるの?」
 花沢類の声にはっとする。
 自分でも気付かないうちに、あたしの頬には涙が零れていた。
「これは・・・・・!」
「本当にあきらが好きなら・・・・・・・ちゃんと言ってみて。俺の目を見て・・・・・・あきらが好きだって・・・・・あきらを、愛してるって・・・・・・」
 花沢類の腕が一瞬緩み、あたしの体を真正面に向ける。
 熱い視線が、あたしを捕らえる。

 「あたしは・・・・・・あたしは、美作さんが・・・・・・!」
 だけど、その言葉を紡ぐ前に・・・・・・

 あたしの唇は、花沢類のそれに塞がれていた・・・・・。




  

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