***キャラメル・ボックス vol.2***



 -rui-

 その後、何を話したのかはよく覚えていない。

 ただ、俺と視線を合わせようとしない牧野が。
 そんな牧野のことを気遣って牧野に優しい視線を送るあきらが。
 俺の胸を締め付けていた。

 それでも表面上はまるで何もなかったかのように時間が過ぎていく。

 お互いの近況報告をして、他愛のないお喋りをして・・・・・
 気がつけば時間はもう2時を過ぎていた。
 誰ともなく店の時計をちらりと見上げ、自然に皆が席を立ち、店を出た。

 「牧野、乗れよ。送ってく」
 あきらが自分を迎えに来たリモに乗り込みながら言う。
「え、いいよ。タクシー拾うから」
 慌てて手を振る牧野。
「馬鹿言うな。いいから乗れ」
 呆れながらそう言って牧野の腕を強引に引っ張る。
 仕方なく車に乗り込みながら、牧野がチラリと俺の方に視線を向けたのに、俺はもちろん気がついていた。

 「じゃ、俺もいくわ」
 あきらの家の車と入れ違いに、総二郎の家の車が目の前に止まる。
「ああ、また」
 車に乗り込み、扉を閉めようとして、ふと、総二郎が俺を見る。
「・・・・・類」
「ん?」
「牧野のこと・・・・・何かするなら早くした方がいいぜ」
「どういうこと?」
「あきらに縁談の話があるらしい。本人からは何も聞いてないけど・・・・・」
「縁談・・・・・」
「きっとあきらは断る。そして牧野とのことを何とかしようとするはずだ。牧野を止めるなら・・・・・今しかない」
 総二郎が行ってしまってからも、俺は暫くその場につっ立っていた。

 ―――牧野を止めるなら今しかない・・・・・

 その言葉を頭の中で繰り返し・・・・・
 俺はある決意を胸に、その場を後にしたのだった・・・・・


 翌日、俺は都内のホテルのバーに牧野を呼び出した。

 現れた牧野は暖かそうなベージュのコートに身を包み、俺を見つけるとちょっとぎこちなく微笑んだ。
 コートの下には大人っぽい黒のワンピース。
 俺は総二郎の言葉を思い出していた。

 『牧野らしくねえ』
 『無理してるようにしか見えない』

 「花沢類?どうかした?」
 牧野が不思議そうに俺を見る。
「いや・・・・・そういう格好あんまり見たことなかったから」
 その言葉に、牧野がギクリとする。
「そ、そう?・・・・・変、かな」
「いや、似合うけど・・・・・急に服の趣味が変わったのは、あきらのせい?」
 俺の言葉に、一瞬詰まり俯く牧野。
「そんなんじゃ・・・・・ないよ」
「付き合ってるんでしょ?あきらと」
 その問いにも無言で頷く牧野。
 そして一瞬の沈黙の後、急にパッと顔を上げると笑顔で俺を見た。
「花沢類のほうこそ、婚約したんでしょう?式はいつ?」
「来年の予定だけど・・・・・」
「そっか・・・・・おめでとう。昨日、言いそびれちゃったから・・・・・」
 そう言って牧野は笑ったけれど、その笑顔は寂しげに見えた。
「牧野」
「え?」
 顔を上げ、俺を見る牧野。
 俺は牧野の顔をじっと見つめた。
「花沢類?」
「俺、結婚はしないよ」
「え?」
 牧野が目を瞬かせる。
「どうして?だって、婚約したんでしょう?」
「うん。でも、しない」
 そう言って俺は、カウンターに置かれた牧野の手に自分の手を重ねた。
 牧野の体がピクリと震えた。

 「俺は、牧野が好きだから」

 「だから、結婚はしない」
 牧野の目が驚きに見開かれ、その頬は紅潮していた。
「なに、言ってるの。あたしは・・・・・」
「あきらと付き合ってるのはわかってるよ。だけど・・・・・牧野は本当にあきらが好きなの?」
 その言葉にはっとする牧野。
「俺の気持ちは、1年前から変わってない。ずっと牧野のことが好きだった」
「だって!」
「婚約したのは、それでも諦めようと思ってたから・・・・・愛のない結婚でも、構わないと思った。だけどやっぱり、俺には牧野しかいない。牧野じゃないと・・・・・駄目なんだ」
 牧野の瞳が揺れていた。

 どのくらいそうしていたのか。

 牧野が、絞り出すように口を開いた。

 「駄目、だよ」
「牧野・・・・・どうして?」
 俺の問いに牧野は眉を寄せ、瞳を伏せた。
「昨日・・・・・・美作さんに、プロポーズされたの・・・・・・・」
「あきらが・・・・・・」
「あたし・・・・・・Yesって言っちゃった・・・・・・から・・・・・」




  

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