***キャラメル・ボックス vol.1***



 -rui-

 久しぶりに降り立った日本の地。
 すっかり雪化粧をしたその風景に、俺の息も白く煙っていた。

 「類様、お乗りください。今日は一段と冷え込んでいるようです」
 運転手に促され、車の後部座席に乗る。
「ご自宅へ真っ直ぐ行かれますか?」
「いや・・・・・新宿の『Risk』っていうクラブに行きたいんだけど」

 少し前にあきらから届いたメール。
 『久しぶりに集まろう』
 そんな旧友の誘いに気持ちも和らぐ。

 辛いことから逃げるように日本を離れてから1年・・・・・。
 彼女は、どうしているだろうか・・・・・。
 自分から逃げ出したくせに、俺が思い出すのは彼女のことばかりで。
 会いたくて、会いたくて・・・・・・
 どれだけ離れていても、俺の心は彼女に囚われたままなんだ・・・・・・
 そう思い知った1年だった・・・・・。

 
 「類、こっち!」
 地下にあるそのクラブの扉を開けると、奥のテーブルに座っていた総二郎が俺に気付いて手を振った。
「・・・・・久しぶり」
「ああ、1年ぶりだな」
 そう言って笑ったのは、総二郎の向い側に座っていたあきらだった。
 2人とも、見た目は1年前と大して変わっていないようだった。
 その事実に、ほっとして微笑む。
 俺が俺でいられる、安心出来る空間だった。

 そのとき、あきらが俺の後ろを見て手を振った。
「牧野、こっち」
 その言葉に、俺は反射的に振り返った。
 扉を開けて入ってきたのは、1年振りに見る愛する人・・・・・・
 牧野が、俺を見てちょっと微笑んだ。
「花沢類・・・・・。久しぶり」
 穏やかなその微笑みは、1年前のようなつらそうな影はなく・・・・・とても落ち着いているように見えた。
「・・・・・久しぶり。元気そうだね」
 テーブルの傍まで来て、俺を見上げる牧野。
 髪が伸びた。
 薄く化粧もしていて、以前よりぐっと女っぽくなったようだ。
 その大きな瞳は相変わらず力強く輝いていて、牧野の意志の強さを表しているようだった・・・・・。

 暫く何も言えず、ただじっと見つめることしか出来なかった俺。
 牧野もただ黙って俺を見つめていた。

 その静寂を破ったのは、あきらだった。
「類、座れよ。牧野も・・・・・こっち」
 そう言ってあきらは牧野の手を引くと、自分の隣に導いた。
「わ、ちょっと急に引っ張らないでよ」
 手を引かれた牧野が、バランスを崩してあきらの隣の椅子に尻餅をつくように腰を落とす。
「ボーっとしてるからだろ。類、お前何にする?牧野はジンライムだろ。もう頼んどいたから」
「あ、うん、ありがと」
 あきらの言葉に牧野が笑って頷き、その牧野をあきらがじっと見つめる。
 それはまるで愛しいものを見るような視線で・・・・・・・
 この2人は、まさか・・・・・・・

 その様子を見ていた総二郎が、椅子から立ち上がり、俺の手を引っ張る。
「あー、俺タバコ買ってくるわ。類、ちょっと付き合えよ」
「総二郎?俺・・・・・」
「ほら、すぐそこだから」
 総二郎は俺の言葉を遮り、強引に店の外へと連れ出したのだった・・・・・。


 「・・・・・どういうこと?総二郎、牧野とあきらは・・・・・・」
「さっきの2人、見てたらわかるだろ?付き合ってんだよ、あいつら・・・・・」
「いつから・・・・・」
「・・・・・お前の婚約、知った日から、だよ」
 その言葉に、俺ははっと顔を上げた。
「お前がいなくなって・・・・・・牧野は、泣かなくなった。いや、泣けなくなったんだろうな。司と別れて、お前と別れて・・・・・・あいつは、自分の弱み見せられる相手がいなくなった。それからずっと、俺とあきらは牧野を見守ってきたよ。あいつが・・・・・・壊れちまわないように・・・・・」
「総二郎・・・・・・」
「お前が婚約したって聞いて・・・・・・他のやつから知らされるくらいならって、俺とあきらから伝えたんだ。見ちゃいらんなかったぜ、あいつの荒れようときたら・・・・・・・めちゃくちゃに酒飲んで、酔ってくだまいて・・・・・泥酔してどうしようもなくなったあいつを、あきらが介抱した。俺はどうしても家の用事で帰らなくちゃならなくて途中で抜けてたから・・・・・その後のことはわからねえ。わからねえけど・・・・・・たぶん、そういう流れだったんだ」
「そういう流れって・・・・・」
「男女の一線てやつ?超えちゃったんだろ」
 軽い調子の言葉と裏腹に、自嘲気味に聞こえる総二郎の声。
「・・・・・・・・」
「牧野、きれいになっただろ?あきらと付き合うようになってから、着る服の趣味なんかも変わった気がするな。いい女になったとは思うけど・・・・・なーんか、らしくねえんだよな」
「らしくないって・・・・・・」
「牧野らしくねえ。あんなの・・・・・無理してるようにしか見えねえっての。あきらのやつはマジで牧野に惚れてる。けど・・・・・牧野は、まだお前のこと、忘れてねえと思うぜ」
「って・・・・・何言ってんだよ。俺は牧野に振られたんだよ?」
「お前こそ何言ってんの。あいつが何でお前振ったと思ってんの。あいつは・・・・・お前のこと、司の身代わりにしたくなかった。あいつは・・・・・マジでお前のこと考えてたから、だから堪えらんなかったんだよ。お前が、司の身代わり買って出たのが・・・・・身代わりなんかじゃない。だけど、それをお前に信じてもらう方法がわからなかった。だから・・・・・別れたんだ」
「そんなの・・・・・知らないよ・・・・・・聞いてない・・・・・俺は・・・・・・」
「お前を、自分に縛り付けていたくなかったんだよ。お前にはお前の生きたいように生きて欲しかったんだ。自分のために、なんて生きて欲しくなかったんだよ」
 そこまで言うと、総二郎がちょっと笑った。
「・・・・これ、あの日泥酔した牧野が、俺とあきらに白状した話。本人覚えてねえと思うけど。だから・・・・・あきらも、牧野の気持ちはわかってる。わかってるけど・・・・惚れちまったんだよな・・・・・引き返せないくらい・・・・・」
「総二郎も・・・・そうなんじゃないの・・・・・?」
 俺の言葉に、総二郎が俺の方を見た。
「総二郎も・・・・・牧野に惚れてる。違う?だから、あきらの気持ちがわかるんだ・・・・・。それに・・・・・もしその日、一緒にいたのが自分だったら・・・・っていう気持ちもあるんじゃないの?」
「は・・・・・何言って・・・・・」
「俺のいない1年の間に、3人に何があったのかなんて、俺にはわからない。わからないけど・・・・・俺だってこの1年、牧野のこと忘れたことなんてなかったよ。忘れたくっても・・・・・忘れなれなくて・・・・・ずっと・・・・好きだった・・・・・・」
「・・・・・・あっそ・・・・・・。でも俺は協力しねえよ。自分で何とかするんだな」
 そう言って総二郎は自販機からタバコをとると、また店のほうへ戻っていった。

 「うん・・・・・・そうするよ・・・・・・」
 そう言って俺は、総二郎の背中に笑いかけたのだった・・・・・。




  

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