***キャラメル・ボックス vol.14***



 -rui-

 両親に牧野を紹介し、牧野と両親の親睦が深まった・・・・・ところまでは良かったんだけど。

 「ねえ、やっぱり式は6月が良いんじゃない?ジューンブライドだもの」
 と母親が言えば、
「いや、もっと早い方が良いだろう。すぐに婚約発表して、3月に式を挙げるのはどうだい?つくしさん」
 と父親が、威圧感のある笑顔で牧野に迫る。
「あ、あの・・・・・」
「ちょっと、牧野が困ってるから」
「そうね、ごめんなさい。でもやっぱり女の子はジューンブライドに憧れるわよねえ?」
「ええ、まあ・・・・・」
「ほら、あなた、やっぱり6月が良いわ」
 母親が得意気に父親を見る。
 と、父親の方は苦い顔。
 牧野はそれを見ておろおろしていた。

 ―――全く・・・・・

 「待ってよ、まだ牧野の両親にも挨拶にいってないし、いきなり結婚式の話したって、牧野だって困るだけだよ」
「そうは言うがな・・・・・お前にはまた、フランスへ戻ってもらわないといけないし、できるだけ早く決めてしまわないと・・・・・」
 フランス行きの言葉を聞いて、牧野が不安そうに俺を見る。
「すぐに・・・・・行くの・・・・・?」
「ん・・・・・来月には一度、戻らないといけない。それからまた日本に戻ってくる予定だけど、それがいつになるかは、まだ決まってないんだ」
「そう・・・・・なんだ・・・・・」
 寂しげに俯く牧野。
「そんな顔しないで。俺だって出来ればずっとこっちにいたいけど・・・・・」
「うん、わかってる。ごめんね、困らせて・・・・・あたしは、大丈夫。ちゃんと、待ってるから・・・・・」
 そう言って笑顔を見せる牧野を、思わず抱きしめたくなる。
 と、そのとき、母親がパンっと手を叩いた。
「そうよ、そうだわ」
「なんだね?」
 そんな母親を父親が訝しげに見る。
「ねえ、牧野さんも一緒にフランスへ行ったら良いんじゃなくて?」
「え?」
 牧野が驚いて目を見開く。
「そして、フランスで式を挙げたらどう?もちろん牧野さんの親族もご招待して」
「ああ、それは良い案だね。なあ類、それなら2人が離れ離れにならずに済む」
 両親がまるで子供のように目を輝かせ、微笑みながら俺に同意を求める。
 俺は、牧野を見た。
「俺は、いいよ。少しでも牧野と離れるのは嫌だし。結婚式はいつでもいいけど・・・・・牧野さえ良ければ、一緒に行って欲しい」
 牧野が俺を見上げる。
 少し困ったように眉を寄せ、首を傾げる。
「でも・・・・・」
「親族の方たちの旅費なんかは私たちが用立てますので、心配なさらないで。ご遠慮なさらないでね?これは、あなたのためでもあり、花沢の家のためでもあるの。盛大な結婚式をする必要はないけれど、やはり表向き、形式的なことも必要になってきてしまうのよ」
「はい、それは・・・・・・でも、あの・・・・・・」
「何か、他にご心配なことが?まだ・・・・・結婚する決心はつかないかしら・・・・・?」
 心配そうに聞く母親の問いに、牧野が慌てて首を振る。
「いえ、そんな!そうじゃないんです。ただ・・・・・・何もかも、甘えてしまって良いんだろうかって思ってしまって・・・・・・」
「まあ、そんなこと」
「・・・・・牧野さん」
 横で牧野の言葉を聞いていた父親が、静かに口を開く。
 牧野が、父親の方を見た。
「心配は、わかっているつもりだよ。ただ・・・・・ここは、甘えて欲しい。今後、花沢類の妻として、社交界にも出る機会があるし、そのための教育を君には受けてもらわなくてはいけない。おそらく、想像以上に忙しく、厳しい現実が待っているはずだ。もちろん私たちも協力はするし、類にはきみのそばにいてもらうようにするが、類にも大事な仕事があり、いつも一緒というわけにはいかないだろう。新婚気分を味わう余裕は、ないはずだ。だから、というわけではないが・・・・・・今、まだこの時期なら存分に甘えてもらって構わない。結婚する前に新婚気分というのもおかしいが・・・・・今しかできないことをやってほしい。幸せを、噛み締めて欲しいんだよ」
 まるで、本当の娘に語りかけるように穏やかに、やさしい表情を見せる父親。
 俺も、こんな父親の表情は見たことがないほど、やさしく・・・・・そして本当に牧野のことを思いやっているようだった。
 その思いは、牧野にも通じたようで・・・・・
「・・・・・ありがとうございます。本当に、なんて言っていいか・・・・・」
 そう言葉を詰まらせる。
 目には、涙が溢れていた。
「君が、類と幸せになってくれること。それが、私たちの望みなんだよ。それを、決して忘れないで欲しい」
「はい・・・・・」


 「本当に、びっくりした・・・・・。まさか、あんなことだったなんて・・・・・」
 両親が仕事のため出かけてしまい、残った俺たちは俺の部屋へと移動して休んでいた。
「心配させて、ごめん。どうしても自分たちの口から説明したいって言うもんだから、先に言えなかったんだ」
「うん、いいの。本当に・・・・・類のご両親とちゃんと話せて良かった。びっくりしたけど・・・・・なんか、安心した」
 気が抜けたようにベッドに座り込み、息をつく牧野。
 俺はその隣に座り、牧野の肩を抱いた。
「俺も、安心した。フランス行きの話も・・・・ほんと言うともう牧野と離れる生活は嫌だったから。今回だけは、いろいろ両親に感謝してるよ」
 そう言って笑うと、牧野も俺を見上げ、にっこりと微笑んだ。
「明日・・・・・牧野の両親に挨拶に行くよ」
「うん・・・・・」
「・・・・・許してもらえるかな・・・・・」
 そのことについては、少し不安があった。
 牧野の両親とは交流もあったし、楽しい思いでもたくさんあるけれど・・・・・やはり、娘の結婚となるとまた別だろう。
「大丈夫。あたしの親なら・・・・・類のこと、すごく気に入ってるし。きっとわかってくれるよ」
 ふわりと微笑む牧野に、ほっとする。

 そっと顔を近づけ、触れるだけのキスをすると、微かに染まる頬。
「・・・・・ずっと、一緒にいよう」
 俺の言葉に、嬉しそうに微笑む。
「うん・・・・・」
 そっと寄り添うように顔を俺の胸に埋める。
 その体を抱きしめて・・・・・
 艶やかな髪に、慈しむように、キスを落とした・・・・・・。







  

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