***キャラメル・ボックス vol.13***



 -tsukushi-

 厳格そうだけど、穏やかで類に似た雰囲気の類のお父さんと、儚げな雰囲気だけれど、美しく、類と同じ意志の強そうな薄茶の瞳の類のお母さん。

 2人はとてもにこやかに、あたしの前に座っていた。

 どんなことを言われるだろうと緊張していたあたしに、2人はまずその穏やかな微笑を浮かべながらあたしに声をかけてくれた。
「はじめまして、牧野さん。類から話は聞いているよ。今日はお会いできるのを楽しみにしていました」
「思ったとおり、素敵なお嬢さんで嬉しいわ。あまり緊張しないで頂戴。私たちは、あなたが類を選んでくれたことをとても喜んでいるのよ」
 その言葉に、あたしは戸惑った。
 まさか、そんなふうに言ってもらえるとは思っていなかったから。
 隣では、類が穏やかな笑みを浮かべてあたしを見ていた。
「あ、あの・・・・・」
「1年前、類が君と交際していたことも、わたしたちは知っている」
 類のお父さんが、ゆっくりと口を開いた。
「類は・・・・・幼いころからとても繊細な子で・・・・・・私は1人っ子の甘えだとそれを決め付けて、とても厳しく接していた。だが、そのせいで、類は私たちの前で感情を表さない子になってしまった。唯一心を許していたのが、司君たちF4と呼ばれる幼馴染たちと、君も知っている静さんだった。その静さんとの恋に決別し、類がきみという女性に恋をしていると知ったのは、君たちが高校生のころだ」
「!」
 驚いた・・・・・
 そんな前から、知っていたなんて・・・・・
「陰ながら見守ってきて。類が君のために、男らしく、人らしく変わっていくのをとても嬉しく思っていた。だが、君は司君の婚約者で・・・・・おそらく類は君との恋にも決別することになると思っていたよ。だがきっとそれは、類にとって人間的に成長する、大きなきっかけだと・・・・・そう思って、私たちはただ見守ることにした。だが君は司君と別れ、類を選んでくれた。そのまま、2人が幸せになってくれたらと、願っていたよ」
「まさか・・・・・あなたたちが別れるなんて思わなくて・・・・・知ったときはとてもショックだったわ」
 類のお母さんが目を伏せる。
「あの・・・・・・ごめんなさい、わたし・・・・・・」
「わかっている。君にもきっと辛い選択だったんだろうと言うことは。だが、私たちとしてはやはり類の辛そうな姿は見るにしのびなかった。何度か妻とも話し合い、君にも直接話をしに来ようと思ったこともあったんだ。だがきっと、それは類も望まないことだろう。もう子供じゃない。親が口出しすべきことではないということは、わかっていたからね。それで考えた結果・・・・・類に、見合いを勧めたんだ」
 あたしは、膝に置いていた手をきゅっと握った。
「類はすんなりそれを承諾し、縁談はとんとん拍子に運んだ。本来なら、親として喜ぶべきことだろう。だが、私たちにとっては・・・・・複雑だった。あの時の類は、魂が抜けてしまったように覇気がなく、ただ言われるままに仕事をこなすだけだった。このままで、幸せなはずがない・・・・・そう思っていたんだよ」
 類の両親は顔を見合わせ、静かに微笑み合った。
「きっと、ご心配なさったでしょう。今回の縁談を破談にすることで、類に良くない結果になるのでは・・・・そう思われたんじゃなくて?」
「は、はい。あの・・・・・」
「大丈夫よ。何も心配いらないわ」
 婦人の、穏やかな優しい笑みにあたしは戸惑っていた。
「それは・・・・・どういうことですか・・・・・?」
「騙されたんだよ、俺は」
 そう言い出したのは、類だった。
「え?騙された・・・・・・?」
 わけが分からず、類を見るあたし。
 類は、穏やかに微笑んでいる。
 ますます混乱するあたし。
「人聞きが悪いな・・・・・。まあ、事実だから仕方がないが。つくしさん、このことは、つい昨日まで類も知らなかったことなんだよ」
「え・・・・・・」
「今回の縁談は、最初から偽りだったんだ」
 お父さんの代わりに口を開いたのは、類だった。
「偽りって・・・・・」
「つまり、俺の両親が仕組んだ芝居だったんだ」
「芝居!?」
「縁談の相手は、昔から花沢と取り引きのある大手商社の娘。俺は会ったことがなかったけど、向こうの両親とうちの両親とは学生時代からの付き合いで・・・・・いわゆる幼馴染だったらしい。で、今回のことを持ちかけたところ、快く承諾してくれたってことらしい。娘の方ももちろん知っていて・・・・・実は既に結婚の約束をした恋人がいるらしい」
「ええ!?」
「正式に婚約するのはまだ先で、世間にも知られていないから都合が良かったらしい・・・・・けど、無茶するよ。あそこまでとんとん拍子に話が進んでて、本当に結婚てことになったらどうするつもりだったの」
 呆れ顔の類に、ご両親は顔を見合わせて笑った。
「あなたはわたしたちの子供よ?きっとこうなるだろうっていうことは、わかっていたわ。たとえつくしさんとやり直せなかったとしても・・・・・きっとこの結婚は間違いだと、気付くと思っていたのよ。あなたには、つくしさんしかいない・・・・・そうじゃない?」
 お母さんの諭すような問いかけに、類は照れくさそうに顔を背けた。
「つくしさん。辛い思いをさせてしまって・・・・すまなかったね。どうしても、類には目を覚まして欲しかった。自分が本当は誰を必要としているか。誰に必要とされているか・・・・・そして、自分の幸せは何か・・・・・。類の幸せは、つくしさん、あなたの幸せなのだよ。あなたを幸せにすることが・・・・類の幸せだ。類の傍に、いてやって欲しい。どんなことがあっても・・・・類は、君のためなら努力を惜しまないだろう」
「つくしさん・・・・・初対面だけれど、私たちはあなたを・・・・・本当の娘のように思っています。類の成長は、あなたなしでは考えられなかったでしょう。類がこんなふうに私たちと向き合ってくれるようになったのは、あなたのおかげです。どうか・・・・・これからも類の傍にいて・・・・・そして、わたしたちの家族に、なってはくれないかしら」
「あたし・・・・・・」

 言葉が、出てこなかった。

 涙が溢れてきて、止め処なく流れ出す。

 こんなにも類を愛している人たちが、あたしを、家族に迎えようとしてくれている。

 類に、こんなにも必要とされていた。

 この気持ちを、どう伝えたら良いんだろう。

 「幸せ、です。私。こんな幸せを感じたこと、今までありません。ずっと・・・・・あたしも、類さんだけです。彼の傍にいられるなら・・・・・どんなことでも耐えられます。一緒に・・・・・いさせてください」
「牧野・・・・・」
 類が、ふわりとあたしを抱きしめてくれた。
 暖かいぬくもりに包まれて、あたしは余計に涙が止まらなくなってしまう。

 幸せすぎて・・・・・・
 眩暈がする・・・・・・






  

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