***キャラメル・ボックス vol.12***



 -tsukushi-

 「ねえ、本当にこんな格好でいいの?」
 何度もしつこくそう聞くあたしを見て、類がくすりと笑う。
「十分だよ。いつもどおりの牧野でいいんだ」
 優しく微笑んで言ってくれるけど・・・・・。

 あたしは自分の格好を見下ろした。
 淡いブルーのワンピースに、ベージュのシンプルなコート。
 好きな人の両親に会いに行くというのに、こんな普通の格好で良いんだろうか。
 
 「両親に会ってほしい」
 そう言われて・・・・・

 予測していたことではあるけれど、それでもあたしの心臓はずっと落ち着きなく早鐘のように鳴り響いていて・・・・
 胸を押さえるような仕草に、類がふっと微笑む。
「そんなに緊張しないで。別に、尋問されるわけじゃないんだから。取って食われやしないよ」
「そ、そりゃそうだろうけど・・・・・でも緊張するよ」
 そう言うと、類が優しくあたしの手を握ってくれた。
「俺がついてる。絶対、牧野に辛い思いはさせないから」
 そう言ってあたしを見つめる瞳は優しくて、それでいて力強くて・・・・・
 急に頼もしく見えてきた類に、あたしはどきどきしていた。


 「お帰りなさいませ。先ほどから、お2人がお待ちでございます」
 類の家に着くなり、年配の家政婦の女性に頭を下げられ、慌ててあたしも頭を下げる。
「今、行くから。紅茶、入れてくれる?」
「かしこまりました」
 穏やかに微笑み、すっと下がる。
 一部の隙もない立ち居振る舞いに、つい溜息が漏れる。
「牧野、こっち」
「あ、うん」
 促され、慌てて類の後に着いて行く。
 いよいよ緊張が体中を駆け巡っていく。

 もう自分の体が自分のものじゃないみたいで、体中が心臓になったみたいに震えていた。
 動かしているのが、手だか足だかもわからない状態。
 もう、帰りたい・・・・・
 でも。
 ここで、逃げ出すわけには行かないんだ・・・・・・。

 あたしは目の前を歩く類の広い背中を見て、ごくりと唾を飲み込んだ。

 ―――大丈夫。類が隣にいてくれるもの・・・・・

 ぴたりと、類が立ち止まる。
 目の前には重厚な扉。
 この中に・・・・・類の両親がいるんだ・・・・・・。

 類が、静かに目の前の扉をノックした。
「入りなさい」
 低い、男性の声。
 類が、扉に手をかけた・・・・・・。


 -akira-
 「今頃、類の両親に会ってるころか」
 総二郎の言葉に、俺も頷いた。
「ああ。うまくやってるかな、あいつ・・・・・」
 心配なのは、やっぱり牧野のこと。
 司の時のこともある。
 無事にまとまれば良いけど・・・・・。
「心配するなよ。類がついてるんだ。類だったら・・・・・牧野を悲しませるようなことはもうしないだろ」
 そう言って穏やかに笑う総二郎に、ちょっと笑う。
「なんか、お前丸くなったな」
「なんだそりゃ」
「っつーか・・・・・そうか、ここんとこずっと機嫌悪いと思ってたのは、俺と牧野が付き合ってたからだもんな」
 そう言ってやると、ちょうどコーヒーを飲んでいた総二郎がむせ返る。
「―――なんだよ、急に」
「いや・・・・・。お前の気持ちに気付いてたのに、気付かない振りしてた俺も相当意地が悪かったなと思ってさ。良く黙ってたよな、お前も」
「・・・・・悔しかったよ。けど、俺がお前の立場でも多分同じことしてた。あいつには・・・・・誰か傍にいて、支えてやるやつが必要だったんだ。それが俺でもお前でも、同じことだったんだろうけど・・・・・今は、相手がお前だったことを良かったと思ってるよ」
「へえ?なんで?」
「俺だったら・・・・・きっとあいつを手放せなかった。力づくでも類と引き離してた・・・・・気がする」
 ふと、遠い目をする総二郎。
 俺はそんな総二郎を見て、暫く黙っていたけれど・・・・・
「・・・・・いや、多分お前も、牧野と別れるよ」
 と言った。
 総二郎が、ちらりと俺を見る。
「お前、結構お人好しだからな。格好つけてるけど・・・・・惚れた女には弱いだろ」
「・・・・・俺のこと、全部わかってるようなこと言うな」
 拗ねたようにむっと顔をしかめる総二郎に、また笑いが漏れる。
「事実だろ。最近は女遊びもしてねえじゃん」
「・・・・・馬鹿らしくなって。多分、当分そんな気になれねえよ。どんな女抱いても、目の前にあいつの顔がちらつく」
「・・・・・結婚は遠そうだな」
「お互い様だろ」
 総二郎と2人、笑いあう。
 恋の終わり。
 願うのは、愛しい女の幸せ。
 その隣にいるのが自分じゃなくても・・・・・・
 いつも、笑っていて欲しいと願わずにいられない。

 「もし、また類とこじれたら・・・・・・」
 総二郎が言い出す。
「おい、不吉なこと言うなよ」
「そん時は、今度こそ俺がもらうわ」
「おい・・・・・」
「・・・・・って言ったら、類のやつは絶対牧野から離れないだろうな」
「ああ・・・・・。1年前のときも、そうしてやればよかったかな」
「あん時はまだ俺たちもそこまで嵌ってなかったろ。全く厄介な女だぜ」
 くすくすとおかしそうに笑う総二郎に、俺は漸く安堵した。

 もしまた牧野と類がこじれても・・・・・
 今度は俺と総二郎で、お前を守ってやるから。
 だから、全力でぶつかって来い・・・・・・。





  

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