「・・・・・ありがと、美作さん・・・・・」
そう言った牧野の泣き笑いのような笑顔に、どきりとした。 いつも強気な女だから、時折見せる泣き顔や、消えてしまいそうな儚い表情にどきりとさせられることがある。 こいつのはじけるような笑顔が好きだ。 その笑顔を、守ってやりたいと思い始めたのはいつからだろう。 司や、類の牧野に対する想いとは、違うと思ってた。 ただ幸せになってほしい。 誰が相手でも、牧野を幸せにしてくれるやつならそれでよかった。 その相手が、自分であったらなんて、思ったことはなかったんだ・・・・
「お前、そういう顔・・・・」 「え?」 「俺に見せたって言ったら類が妬くかもな」 「はあ?なにそれ?そういう顔って、どんな顔よ?」 牧野がさっぱりわかんないという風に首をひねる。 相変わらず鈍いやつだ。 自分の魅力に一番気付いていないのは、こいつ自身だろうな。
―――これ以上こいつに関わったらやばい。
どこかで警告が鳴る。 だけど、離れられない。 もっとこいつの笑顔が見ていたくて。 その大きな瞳に、捕われる。
そんな気持ちは持っていなかったはずなのに。 どこかで、タガが外れてしまったような気がした。 今までに感じたことのない、独占欲という黒い感情が、俺を侵食し始めていた・・・・・。
「・・・この後も、バイトか?」 「うん。ここは4時まで。その後5時から居酒屋で、12時まで」 「へえ。4時から5時まで、何してんだ?もしかして家に戻るのか?」 「うん。買い物して、軽く何か食べてから出るの。美作さんは?この後も仕事?」 「まあね。終わるのは、たぶん7時か8時か・・・」 「そう。がんばってね。わたし、そろそろいかなくちゃ。ね、ここの食事代なんだけど、今持ち合わせなくて・・・明日、必ず返すから貸しといてくれる?」 「ああ、いいよ。ここは俺のおごり。俺が誘ったんだしな」 「でも・・・」 「良いんだって。その代わり、今度お前のバイト先行ったとき酒の1杯もおごってくれよ」 そう言って片目を瞑って見せると牧野は安心したように笑った。 「わかった・・・。ありがと。ごちそう様。じゃ、行くね」 「おお、がんばれよ」 手を振り、足早に出て行く牧野の後姿を見送りながら、俺は溜息をついた。
「馬鹿なこと、考えんなよ・・・」 自分に言い聞かせるように、額に手を当てる。
類を裏切るつもりはない。 今までも大丈夫だったんだ。 きっとこれからだって、大丈夫だ。 類も牧野も、大事な仲間だ。 それ以上でも、それ以下でもない・・・・。
俺はそれ以上くだらない妄想にはまらないようにと、早々に食事を済ませてレストランを出たのだった・・・。
その後も予定通りに仕事を済ませ、時間を確認するとちょうど7時になるところだった。 「―――ちょっと寄りたいところがあるから、途中で下ろして」 「は・・・どちらへ?」 「友達のところだよ」 それ以上は詮索されないように、俺は目を閉じた・・・・・。
車を途中で降りて、俺は総二郎から聞いた話を思い出しながら例の居酒屋を探す。 「美作さん!?」 聞き覚えのある女の声に、俺が振り向くとそこには滋と桜子、それから優紀が立っていた。 「よお」 「何してるんですかあ?こんなところで、1人で」 桜子が不思議そうに聞いてくる。 と、俺が答えるより先に滋が目をきらきらさせながら 「あ、わかった。美作さんもつくしのバイトしてる居酒屋に来たんでしょ!」 と言ったので、思わずぎくりとし、桜子と優紀も驚いて目を見開く。 「え、ほんとに?西門さんは一緒じゃないんですか?」 「ああ、まあ・・・・」 俺の言葉に、桜子と優紀は顔を見合わせる。 なんとなく微妙な空気が流れる中、滋だけがそれに気づかず、 「じゃ、一緒に行こうよ!あたし達もこれから陣中見舞いに行こうと思ってたの!」 と張り切って俺の腕を取り、歩き出す。 妙なことになっちまった・・・・・ そう思いながらも、俺は引きづられるまま店に入っていったのだった・・・・・。
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