「よォ、牧野」 「西門さん!?」 翌日のバイト中、なぜか西門さんが数人の女の子とともに店に入ってきた。 「何事?」 「聞いてねえ?優紀ちゃんに頼まれて、彼女の大学のサークルの講師やってんだよ、不定期だけど」 「あ、そういえばそんなこと言ってたような・・・じゃ、サークルの人たち・・・?」 「そういうこと。飲み会誘われてさ、どこでも良いっつったらここに連れてこられた。お前、こんなとこでバイトしてんだな」 いつものように西門さんがニヤニヤ笑いながら言う。 「うん。西門さんたちみたいな人は絶対こんなとこ来ないだろうと思ってたのに」 「英徳のやつらはこねえだろうなあ。俺も誘われなきゃこねえよ。そういやお前、類となんかあった?」 西門さんの言葉に、思わずどきりと胸が鳴る。 「な、なんかって?べ、別に何も・・・」 普通に答えようと思ったのに、思わずどもってしまったわたしを見て、西門さんは吹き出す。 「ぶっ・・・・お前、わかりやすすぎ・・・。そっか、とうとうな・・・・・」 そう言って西門さんは1人納得し、少し目を細めてわたしを見つめた。 その目が、どことなく寂しそうに見えて、どきりとする。 「な、何1人で納得してるのよ。わたしは別に・・・・」 「ごまかすなって。どうせ俺やあきらにはわかることだろ?今日、類のやつが妙にそわそわしてたからさ。こりゃあお前がらみでなんかあったなと思ったんだよ」 「なんで・・・」 「何でってそりゃあ、あの類だぜ。めったなことで動揺したりなんかしねえやつが、ことお前に関しちゃ感情的になるとこあるからな」 そ、そういえば類も言ってたっけ・・・
―――牧野といると、感情が揺れる・・・。
そう言ってくれた類は、いつでもあたしの味方だった。 あたしの一部だった類。 そんな類を失いたくないと思った・・・。
「おい?つーくしちゃん!」 「へ?―――うわあ!」 つい物思いにふけってしまい、ふと気付くと西門さんのきれいな顔が目の前にあり、びっくりしてしまった。 「あのな・・・なに赤くなってんだよ?そんなに俺っていい男?」 「ば、馬鹿!びっくりしただけだってば!ほら、女の子たちに睨まれてるから早く行ってよ!」
先に席についていた女の子たちがものすごい目であたしを睨んでいた。 こんなとこでまで苛められたかないっつーのっ。 「ヘイヘイ。じゃーな、がんばれよ」 「ん、ありがと」 最後は爽やかに笑顔を振りまき、女の子達の元へ行く西門さん。 「ねえ、知り合いなの?超カッコいーじゃん!」 バイト仲間の女の子たちが目をハートにして騒ぎ出す。 あ、そうか。最後の笑顔はあたしじゃなくってこの子達に向けたものなわけね・・・。 相変わらず抜け目のないやつ・・・。
その後は店も込み始め、西門さんたちを気にする余裕もなくなり、気づくと彼らはもう帰っていて、あたしのバイトも終わる時間になっていた。
「お疲れ〜、あ、牧野帰ろうぜ」 更衣室を出ると、河野さんと出くわしそう言われたが・・・ 「あ・・・ごめんなさい。今日はちょっと・・・」 「え?何、なんか用事?これから?」 「用事ってわけじゃ・・・ええと、か、彼が、待ってるから・・・」 真っ赤になってしどろもどろになってしまうわたしを、驚いたように見つめる河野さん。 「彼!?牧野、彼氏いたの!?」 「う、うん、まあ・・・」 「そっかあ・・・それじゃ悪かったな。俺知らなかったから・・・」 頭をかきながら申し訳なさそうに言う河野さんに、なんとなくこっちが悪いような気分になってしまう。 「いえ、あの・・・あたしも言ってなかったし・・・・・」 てか、まだ付き合い始めたばっかりだし。 あたしはそのまま河野さんと一緒に店を出て、周りを見渡した。 「いないじゃん。まだ来てないんじゃない?」 河野さんも一緒にきょろきょろしながら言う。 「みたい・・・・」 とあたしも頷いたが・・・
突然向かいの通りに止まっていた車から、類が降りてきた。 「え・・・・類!?車だったの?」 なんとなく、勝手に歩いてきてる気がしてたのでちょっと驚いてしまった。 「え?あれ?昨日一緒にいた人だよな・・・うあ、レベル高。俺絶対無理だわ」 「え?」 最後の方が良く聞き取れなくて、河野さんの方を振り返ると河野さんは手を振って 「ああ、いいんだこっちのこと。んじゃあ俺はここで。またな」 「あ、ハイ。お疲れ様でした」 そう言って頭を下げているところへ類がやってきた。 河野さんは類に軽く会釈すると、そのまま足早に行ってしまった。 「びっくりした。車だったんだね」 「うん。乗って」 そう言って類はあたしの手を引いて、車まで連れて行った。 助手席に載せられ、シートベルトを締める。 「バイト、お疲れさん」 車を発進させながら類が言った。 「ありがと。あ、そういえば・・・今日、西門さんが来たんだよ」 「え?総二郎が?」 類がびっくりしたように目を見開いてちらりとあたしを見る。 「うん、びっくりしちゃった。優紀の大学のサークルの講師頼まれたって・・・茶道のサークルなんてあるのね。優紀はいなかったけど、女の子5人くらい引き連れてきてた」 「へえ・・・。何か話した?」 「あ、ええと・・・」 聞かれて、あたしはちょっと赤くなる。 「あの・・・類のこと、聞かれたの。それで・・・」 「ああ、分かった。そういえば今日大学で、何か言いたそうにニヤニヤしてたし。あいつ、勘いいから・・・。けど何で牧野に・・・俺に聞けばいいのに」 最後の方はなにやらぶつぶつと呟くように言う。 「じゃ、今頃はあきらにも伝わってるな」 「そうだね・・・。類、冷やかされたりしない?」 「どうかな。別に冷やかされても大丈夫だけど。牧野はいや?」 「そ、そんなことないけど・・・。あたしは大学に行くわけじゃないし。類が困るかな、と思っただけ」 「別に、困らないよ。付き合ってるのは事実だろ?そんなのいくら冷やかされたって平気だよ」 そう言って類は、やさしく微笑んでくれた。 その笑顔に、胸が高鳴る。 ―――あたしはやっぱり、この人が好き・・・。 そんな想いが溢れ、思わず何も言えなくなってしまった。 あたしが何も言わず類の横顔を見つめていると、類が軽く咳払いし、照れたように言った。 「あのさ・・・そんな風に見つめられると、俺でも緊張するんだけど・・・」 「あ、ご、ごめ・・・え?緊張?類が?」 意外な言葉に、あたしは目を丸くする。 「そりゃ・・・・俺だって人間だから。牧野、俺のことどういう風に見てるの」 じろりと軽く睨まれたけど、頬は少しだけ赤く染まっていて、それが照れているんだということがわかると、なんだかうれしくなってしまって頬が緩む。 「・・・笑うなよ・・・」 「あは、ごめ・・・でもなんか、うれしい。類がそういう顔見せてくれるって、心を許してくれてるって感じがする」 「・・・俺は、いつでも心許してるよ。牧野にはね」 低く、甘い声に思わずどきりとする。 「・・・・・着いた」 そう言って類は車を止めた。 気付くと、もう家の前についていた。 「あ・・・・ありがとう」 あっという間についてしまって、なんとなく寂しくなる。 もっと一緒にいたい・・・。 そんな想いが溢れ、顔に出てしまうんじゃないかと思ってなんとなく目を逸らしてしまう。 「牧野」 「え?」 振り向いた途端、唇につめたい感触。 類の唇が優しくあたしを捕らえる。
「もっと一緒にいたいけど・・・明日も、早いんだろ?明日は何のバイト?」 「・・・・清掃会社の・・・あと、夜はまた居酒屋で・・・」 「そっか。あんまり無理するなよ。また、迎えに行くから」 「ん・・・。ありがと」 あたしはにっこりと笑って見せた。 会いたいと思う気持ちは一緒。 そう思えるだけで、なんだか幸せな気分になる。
あたしは車から降りるとアパートの階段の方へ向かったが、ふと足を止め、もう一度車に戻る。 気付いた類が、窓を開ける。 「牧野?どうした?」 不思議そうな顔をする類にあたしはにっこりと笑い、 「類、大好き」 と言った。 類が驚いたような顔をする。 「じゃ、おやすみ!」 そして今度こそ本当に、あたしは階段を駆け上がって家に帰ったのだった・・・・。
残された類が、 「だから、反則だって・・・・」 と呟きながら、真っ赤になっていたことなど、知るよしもなかった・・・・・。
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