-tsukushi- 「え?類いないの?」 花沢の家に帰ると、家政婦の高野さんにそう言われた。 「ええ。急に会社の方に行かなくてはいけなくなってしまったとかで、朝からお出かけになってます。5時ごろまでには戻るとのことで・・・・・・」 「そう・・・・・なんだ・・・・・」 気が抜けてしまった。 帰ったらすぐに類に話さなくちゃ、って、意気込んでいただけに、肩透かしを食らった気分だった・・・・・。 「あの、つくし様には伝言が・・・・・」 「え、あたしに?」 「ええ。今日は、どこにも行かないで待っていてくれと・・・・そう仰っておられました」 類が・・・・・ ―――やっぱり類も、待っていてくれてたんだ・・・・・。
昨日は逃げてしまったけれど。 今日はちゃんと話そう。 あたしは、そう心に決めた。
「あ、メール・・・・・?」 4時半を過ぎたころ、類からメールが届いた。 ―――英徳高校の中庭に来て 「高校の中庭・・・・・?」 首を傾げながらも、あたしは急いで家を出た。
「あれ・・・・・美作さん、西門さんも?」 「よ、牧野」 西門さんがあたしを見つけて手を上げた。 その横にいた美作さんもあたしを見る。 「お前も呼ばれたか」 「うん・・・・2人も類に?」 「ああ。ってか、呼び出しといてまだ来てねえってどんだけだよ」 西門さんが文句を言う。 「・・・・・美作さん、あの・・・・・」 本当は別の日にちゃんと話をしようと思ってたんだけど・・・ここで会ってしまったら仕方がない。 あたしは、美作さんの傍へ行った。 「ん?」 「あの・・・ごめんね。昨日、あたし・・・・・」 「ああ・・・・いいよ。総二郎から大体の話は聞いてる。てか、お前の気持ちくらい、わかってる。あんなこと言っちまったけど・・・・お前を苦しめるつもりはねえんだ。だから、今までどおり友達でいてくれれば良い。ま、俺がお前を好きだって気持ちに変わりはねえし、これからも俺を頼りたいときは遠慮せずに来いよ」 そう言って、いつものように優しく笑ってくれる美作さん。 やっぱり、この人は大人だ。 あたしなんか、全然追いつけないくらい・・・・・・
「ごめん、遅くなった」 周りが暗くなり始めたころ・・・ 漸く類が姿を現した。 「ほんとだぜ。何してんだよ」 西門さんが文句を言うと、類は肩をすくめた。 「悪い。出ようと思ったらそこでつかまっちゃって・・・・30分も話に付き合わされた」 「・・・・・・で?俺たちをここに呼び出したわけは?」 美作さんが落ち着いた声で言う。 「・・・・いろいろ、聞きたいこともあるけど・・・・。先に、静のこと話そうと思って。誤解、してるんじゃないかと思ったから」 「ああ、それ。俺たちも知らなかったぜ、あいつが帰国してたなんて」 西門さんが不機嫌さを露にして言う。 「一昨日、電話があったんだ。急に帰国することになったんだけど、あんまり時間がないから少しだけ、会えないかって。本当はあきらや総二郎にも連絡したかったらしいんだけど、本当に時間なかったらしくてとりあえず俺に・・・・その、牧野との婚約の話を聞いたから、お祝いしたいって」 そう言って類は、あたしを見た。 「じゃ、何で牧野にそれ言わないんだよ?」 と、美作さん。 「・・・・・言えるような雰囲気じゃなかったから。あの日の牧野、ずっと何か考え込んでて、俺と目も合わせようとしなかっただろ。あきらとのレッスンもあったし。帰ってからちゃんと話そうと思ってたんだよ」 そうだったんだ・・・・・・。 あたしは、一昨日の自分を思い出していた。 確かにあの日は、気まずくってなるべく目を合わせないようにしてたかも・・・・・。 「あの後も、すぐに帰っちゃったし。あそこにいたのも1時間くらいだったよ」 「・・・・・だけど、結果的にお前が話さなかったことで牧野は傷ついたんだぜ」 美作さんが類を睨みながら言った。 「あの日、お前たちを偶然見つけて・・・・・マジで、その場でぶっ倒れちまうんじゃないかと思うくらい、牧野は真っ青だった。その後も・・・・あんなふうに牧野が泣いたのは、お前のせいだろ」 「美作さん・・・・・」 「・・・・・・悪かったと思ってるよ、そのことは・・・・。だけど、俺だって納得いかない事があるよ。何であきらと牧野があそこにいたのか」 「牧野がお前のことで悩んでたから。ちょっと元気付けようかと思って連れて行ったんだよ。そのくらい、いいだろう」 「・・・・・・手を、握ってただろ?」 「あれは、牧野が震えてたから」 そう言って、美作さんは類から目を逸らした。 「・・・・・あの後は、どうしてたの?」 「・・・・牧野を追って行ったよ。そう言ったろ?で、公園で話した。そんだけ」 「・・・・・ほんとに?」 類がじっと美作さんを見ている。 美作さんは黙ってたけど・・・・ ど、どうしよう。類、何か気付いてる・・・・? でも、あたしが言うのはまずいよね・・・? 「・・・・・あきら、言っちゃえば」 それまで黙っていた西門さんが、急に口を開いた。 「西門さん!?」 「総二郎・・・・・」 「どうせ、類はあらかた気付いてんだろ?だったら本当のこと言っちまったほうが良い」 その言葉に・・・・美作さんは、頷いた。 「ああ、そうだな。どっち道類は俺や総二郎の気持ちを知ってる。隠しても仕方ねえか」 「美作さん・・・・」 「お前は何も言うな。・・・・そんな心配そうな顔するなよ。大丈夫だから」 美作さんは、そう言ってあたしの頭を優しく撫でた。 「類・・・・俺、牧野に告白したよ」 「・・・・・・・・・・・」 類は、何も言わずに美作さんを睨みつけていた。 「黙ってらんなかった。傷ついて泣きじゃくる牧野を見てたら・・・俺が、牧野を守りたい。そう思った。だから、好きだって言ったよ」 「・・・・牧野は・・・・・なんて・・・・・」 「昨日はそのまま別れたから、何も聞いてない。そんなこと考えられる状態でもなかったしな」 そう言うと、美作さんはちらりと類のことを見て、にやりと笑った。 「・・・・けど。俺は牧野がどう思おうと諦めるつもりはねえよ。少なくとも、類、お前よりは女の気持ちを理解してるつもりだ。お前がそうやって牧野を泣かせるようなら、俺が牧野を奪う」 その言葉に、類の表情は一変した。 「・・・・牧野は、渡さない」 「ちょっと待て。2人で話進めんなよ。俺も入れろ」 そこに、絶妙のタイミングで西門さんが割って入る。 計ったようなタイミング。 てか、計ってたんだろうな、絶対・・・・・ 「・・・・総二郎」 「俺も今日、牧野に告白したんだけど」 にっこりと満面の笑みを浮かべて、そんなこと言うから・・・・類も開いた口が塞がらない・・・・・。 あたしは、頭を抱えるしかない。 「ちなみに俺もあきらと同じく、牧野にどう思われようと諦めるつもりは毛頭ないぜ。俺はあきらほど優しくない。お前ら2人がどんな状態だろうと牧野のことを奪ってみせるぜ」 にやりと、不敵な笑み。 類の表情がますますこわばる。 「総二郎にも、あきらにも、渡さないよ。牧野は絶対!」 「なめんなよ。女の扱いについちゃ俺のほうが上だ。本気で口説きゃ牧野くらいの女、すぐに落とせる」 「!!」 類が、西門さんに掴みかかった。 「類!やめて!!」 「・・・・牧野くらいの女って、なんだよ!」 「類!!」 「そんなに牧野が大切なら、もっとちゃんと捕まえとけよ!!」 西門さんが、類を睨み返しながら叫ぶ。 その声に、類がはっとした表情になり、その手を緩める。 「・・・・・お前が静と一緒にいるのを見て、牧野がどんだけ傷ついたか。牧野を大切に想う気持ちは、俺らだっておんなじなんだよ。牧野が泣いてるのを見て、放っておけるわけねえだろ」 静かに・・・・でも凄みのある声で類に語りかける西門さん。 「西門さん・・・・・」 あたしは、なんと言っていいかわからず・・・・・ただ、気付かないうちに頬を伝っていた涙を拭った。 「牧野の気持ちは、いやって程わかってるよ。ずっと傍で見てきたんだからな。だから、牧野の答えだって聞かなくたってわかってる・・・・。俺らが告ったりしたら、牧野は困るだけだってのもわかってたよ。けど言わずにはいられなかった。こいつの涙見てたら・・・・・。だから、そうさせたのは類、お前なんだぜ」 美作さんが、落ち着いた表情で類を見て言った。 「あきら・・・・・・」 「・・・・・俺らは、もう帰る。後は2人で話し合えよ。牧野、ちゃんと素直になれよ」 そう言って美作さんが優しく微笑みながらあたしの髪をくしゃっと撫でて行った・・・・・。 「美作さん・・・・・」 そして、西門さんもあたしの頭にぽんとその手を乗せた。 「じゃあな。何かあったらいつでも来いよ」 その言葉に、あたしはくすっと笑った。 「西門さんが拾ってくれる?」 「おおよ。任せとけ」 その切れ長のきれいな目でウィンクを決める。 そしてちらりと類に視線を投げると、最後にまた不敵な笑みを浮かべ、そのまま背を向けて行ってしまった。 1度も振り返らず帰って行く彼らの後姿を、暗がりの中見えなくなるまで、見送っていた。
そして・・・・・・ ふわりと、背中に感じるぬくもり。 類が、後ろからあたしを抱きしめていた・・・・・。
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