-rui- 自分の腕の中に、感じるぬくもり。 たった1日のことなのに、随分会っていないような、そんな気がしていた。 漸く、掴まえる事が出来た大切な存在。 一緒に暮らし始めて間もないというのに、離れていることがこんなに辛くなるとは思わなかった。 「類・・・・・」 牧野の声が、何処か遠くに聞こえるようだった。 「あの・・・・ごめんね、昨日は・・・・・・その、静さんのことも、あたし知らなくて・・・・・勝手に誤解、しちゃって・・・・」 「謝るな」 牧野の髪に顔を埋めながら、俺は低い声で囁いた。 「謝るのは、俺のほうだった。牧野がなんで悩んでるのか、全然わからなかった・・・・・」 「それは・・・・・もういいよ・・・・・・」 なんとなく気まずそうに言う牧野。 「よくない」 俺はそう言うと、牧野から体を離し、牧野の腕を掴んで学校の校舎のほうへ歩き出した。 「類?どこに行くの?」 「行けばわかる」 「って・・・・・・こんな時間に、学校の中に入れないよ。今日、土曜日だし・・・・・」 俺はそれには答えず、そのまま牧野の手を引っ張って歩いて行った。
「・・・・非常階段・・・・・?」 「うん」 俺は牧野を振り返り、少し笑って見せると、また前を向いて非常階段を上り始めた。 「ここで・・・・・どうしても言いたかったんだ」 「何を?」 牧野が不思議そうに首を傾げる。 「・・・・牧野」 俺は牧野に向き直り、真正面から牧野を見つめた。 「俺と・・・・・結婚して」 その言葉に、牧野の漆黒の瞳が大きく見開かれる。 「今頃って、思うかもしれないけど・・・・。俺、忘れてた。言葉にしなきゃ伝わらないこともあるってこと。牧野と一緒にいられれば、それで良いって思ってたから。親の決めたことでも何でも、最終的に牧野と一緒にいられるならって思ってたんだ。でも、違うよな・・・・・。気付くのが遅れて、ごめん」 牧野の瞳から、涙がこぼれた。 それは月の光に照らされて、水晶のようにきらきらと輝いて見えた。 「類・・・・・」 「牧野・・・・俺と、結婚してくれる・・・・・?」 もう一度言うと、牧野は涙を拭いながら大きく頷いた。 「うん・・・・・・ありがと・・・・類・・・・・」 「お礼なんか・・・・・・言われることじゃない。今まで待たせて・・・・傷つけて、ごめん」 そっと牧野の体を引き寄せ、抱きしめる。 小刻みに震える牧野の体。 牧野は、両腕を俺の首に巻きつけると、ぎゅっと抱きついてきた。 「あたし・・・・・不安だったの・・・・・婚約することが決まって、嬉しいはずなのに、どんどん不安になって・・・・・決められたレールの上に、乗せられてるみたいな、そんな気がして・・・・・類の意思じゃなくって、家の・・・・・花沢の決めた道を、歩かされているみたいな・・・・類のご両親は、あんなに優しくしてくださったのに・・・・・ごめんね・・・・・」 泣きながら必死に言葉を紡ぐ牧野が、たまらなくいとおしかった。 「牧野、謝らないで・・・・。牧野ならそう考えるだろうって、今ならわかるのに・・・・一緒に暮らせることが嬉しくて、俺、気付かなかった。順番が、逆だよな。ちゃんと最初に、言わなきゃいけなかったんだ・・・・・」
月明かりが照らす非常階段で、俺たちはしばらくそのまま抱き合っていた。 「・・・・・寒くない?」 「・・・・・平気・・・・・」 俺は、牧野の髪を撫でながら・・・・・ やっぱりどうしても気になることを、聞いてみたくなった。 「あきらと総二郎に、告白されたって・・・・・・」 その言葉に、ピクリと反応する牧野。 「・・・・・うん・・・・・類は、知ってたの?2人の気持ち・・・・・」 「当たり前だろ」 「そ、そっか・・・・・あたし、全然知らなくて・・・・・2人には、ずっと悪いことしてた・・・・・」 「そんなこと、気にする必要ない」 そう言って、俺は牧野の体をちょっと離し、その顔を見つめた。 牧野はちょっと恥ずかしそうに、俺を見上げている。 「だって・・・・・」 「あいつら、牧野に振られたって全然諦めるつもりなんかないんだから。聞いただろ?さっきの。これからだって、どんなことしてくるか・・・・」 「そんな・・・・」 ぎこちなく牧野が笑って言うのを、俺はぴしゃりと遮った。 「甘い。今まで抑えてたぶん、開放されちまったらあいつらに怖いものなんてない。教育係にかこつけて、あの手この手で口説いてくるに決まってる」 「て・・・・・類、親友でしょ?」 「牧野に関しちゃ、ただのライバルだよ。とにかく・・・・牧野は隙だらけなんだから、もう少し気をつけて。あの2人相手に油断しちゃダメだよ」 そう俺が真剣に話してるのに・・・・ 牧野が、くすっと笑った。 「・・・・・なんで笑うの」 「だって・・・・・類、本当に心配そうだから」 「心配だよ、すごく」 「・・・・あたしね、美作さんと西門さんのこと、好きだよ」 「!!」 「もちろん友達として、ね。あの2人は、特別だと思ってる。あたしが不安なとき・・・・いつも傍にいてくれた。優しくしてくれたり怒ってくれたり、いろんな形であたしを元気付けてくれた。類を好きな気持ちとは全然違うけど・・・・でも、あの2人が傍にいてくれたから、あたしは今こうしてここにいるんだと思うの。だからこれからも・・・ずっと一緒にいられたら良いなって、思ってる・・・・・」 「牧野・・・・・」 俺は、小さく溜息をついた。 「そんな風に言われたら、怒れない・・・・・。けど、それ以上好きなっちゃダメだよ?牧野は俺のもの・・・・・。絶対に、渡さないからね?」 「・・・・じゃあ、捕まえてて?あたしがどこにも行かないように・・・・しっかり捕まえてて」 まだ少し、不安に揺れている牧野の瞳。 俺はそっと両手を頬に添えて、唇を重ねた。 何度も何度もキスを繰り返す。 何度しても足りない。 腕の中に閉じ込めて・・・・ それでもまだ、足りないって思う。 どれだけ夢中になっていくんだろう。 もし牧野が、俺の腕をすり抜けて、他の男にところへ行ってしまったら・・・・・ 俺はどうなってしまうんだろう? 「・・・・・逃がさないよ、絶対・・・・・。ずっと捕まえとく・・・・・・」 そう言って、牧野を抱きしめながら・・・・・ 俺は、ふと思い出し、ポケットからあるものを取り出すと、牧野の左手を取った。 「?何?」 「まだ見ないで」 体を離そうとした牧野が、俺の言葉にぴたりと動きを止める。 ゆっくりと、牧野の手をなぞる。 「?????」 不思議そうな牧野の様子がおもしろくて、つい笑いが漏れる。 「類?」 俺を見上げる牧野の体をそっと離す。 「手、見てみて」 その言葉に、自分の左手を見る牧野。 その瞳が、大きく見開かれる。
プラチナ台に、カットされたブルートパーズが光る指輪。 「ブルートパーズって、12月の誕生石だって知ってた?」 「え・・・・・あたし、トルコ石だと思ってた・・・・・」 「それもそうだし、ラピスとかジルコニアもそうだって。ジュエリーショップ行って、悩んじゃったよ。でも・・・・この石が一番牧野に似合いそうだと思って」 「・・・・きれいなブルー・・・・」 牧野が左手を目の前にかざすと、月の光を受けた石がキラキラと輝く。 それを見つめていた牧野の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。 「牧野・・・・・」 「ありがと、類・・・・・・あたし、すごく幸せだね。こんなに大切にしてもらって・・・・・。幸せすぎて、罰当たらないかな」 「・・・・大丈夫。どんなことからも、俺が守るから・・・・・」 涙に濡れた瞳が、ゆっくりと俺を捕らえる。 俺は、指でその涙をすくった。 「・・・・・・・きれいだ・・・・・」 どんな宝石よりも。 俺にとっては、牧野の存在そのものが、輝いて見えた。 「大事にする。これからずっと・・・・・・だから、ずっと俺の傍にいて・・・・・」 俺の言葉に、牧野が微笑む。 「はい・・・・・」 蕾がゆっくりとその花を開くように。 月明かりの下、牧野の笑顔が、輝いていた・・・・・
fin
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