***ブランコ vol.46***



 -rui-
 自分の腕の中に、感じるぬくもり。
 たった1日のことなのに、随分会っていないような、そんな気がしていた。
 漸く、掴まえる事が出来た大切な存在。
 一緒に暮らし始めて間もないというのに、離れていることがこんなに辛くなるとは思わなかった。
「類・・・・・」
 牧野の声が、何処か遠くに聞こえるようだった。
「あの・・・・ごめんね、昨日は・・・・・・その、静さんのことも、あたし知らなくて・・・・・勝手に誤解、しちゃって・・・・」
「謝るな」
 牧野の髪に顔を埋めながら、俺は低い声で囁いた。
「謝るのは、俺のほうだった。牧野がなんで悩んでるのか、全然わからなかった・・・・・」
「それは・・・・・もういいよ・・・・・・」
 なんとなく気まずそうに言う牧野。
「よくない」
 俺はそう言うと、牧野から体を離し、牧野の腕を掴んで学校の校舎のほうへ歩き出した。
「類?どこに行くの?」
「行けばわかる」
「って・・・・・・こんな時間に、学校の中に入れないよ。今日、土曜日だし・・・・・」
 俺はそれには答えず、そのまま牧野の手を引っ張って歩いて行った。


 「・・・・非常階段・・・・・?」
「うん」
 俺は牧野を振り返り、少し笑って見せると、また前を向いて非常階段を上り始めた。
「ここで・・・・・どうしても言いたかったんだ」
「何を?」
 牧野が不思議そうに首を傾げる。
「・・・・牧野」
 俺は牧野に向き直り、真正面から牧野を見つめた。
「俺と・・・・・結婚して」
 その言葉に、牧野の漆黒の瞳が大きく見開かれる。
「今頃って、思うかもしれないけど・・・・。俺、忘れてた。言葉にしなきゃ伝わらないこともあるってこと。牧野と一緒にいられれば、それで良いって思ってたから。親の決めたことでも何でも、最終的に牧野と一緒にいられるならって思ってたんだ。でも、違うよな・・・・・。気付くのが遅れて、ごめん」
 牧野の瞳から、涙がこぼれた。
 それは月の光に照らされて、水晶のようにきらきらと輝いて見えた。
「類・・・・・」
「牧野・・・・俺と、結婚してくれる・・・・・?」
 もう一度言うと、牧野は涙を拭いながら大きく頷いた。
「うん・・・・・・ありがと・・・・類・・・・・」
「お礼なんか・・・・・・言われることじゃない。今まで待たせて・・・・傷つけて、ごめん」
 そっと牧野の体を引き寄せ、抱きしめる。
 小刻みに震える牧野の体。
 牧野は、両腕を俺の首に巻きつけると、ぎゅっと抱きついてきた。
「あたし・・・・・不安だったの・・・・・婚約することが決まって、嬉しいはずなのに、どんどん不安になって・・・・・決められたレールの上に、乗せられてるみたいな、そんな気がして・・・・・類の意思じゃなくって、家の・・・・・花沢の決めた道を、歩かされているみたいな・・・・類のご両親は、あんなに優しくしてくださったのに・・・・・ごめんね・・・・・」
 泣きながら必死に言葉を紡ぐ牧野が、たまらなくいとおしかった。
「牧野、謝らないで・・・・。牧野ならそう考えるだろうって、今ならわかるのに・・・・一緒に暮らせることが嬉しくて、俺、気付かなかった。順番が、逆だよな。ちゃんと最初に、言わなきゃいけなかったんだ・・・・・」

 月明かりが照らす非常階段で、俺たちはしばらくそのまま抱き合っていた。
「・・・・・寒くない?」
「・・・・・平気・・・・・」
 俺は、牧野の髪を撫でながら・・・・・
 やっぱりどうしても気になることを、聞いてみたくなった。
「あきらと総二郎に、告白されたって・・・・・・」
 その言葉に、ピクリと反応する牧野。
「・・・・・うん・・・・・類は、知ってたの?2人の気持ち・・・・・」
「当たり前だろ」
「そ、そっか・・・・・あたし、全然知らなくて・・・・・2人には、ずっと悪いことしてた・・・・・」
「そんなこと、気にする必要ない」
 そう言って、俺は牧野の体をちょっと離し、その顔を見つめた。
 牧野はちょっと恥ずかしそうに、俺を見上げている。
「だって・・・・・」
「あいつら、牧野に振られたって全然諦めるつもりなんかないんだから。聞いただろ?さっきの。これからだって、どんなことしてくるか・・・・」
「そんな・・・・」
 ぎこちなく牧野が笑って言うのを、俺はぴしゃりと遮った。
「甘い。今まで抑えてたぶん、開放されちまったらあいつらに怖いものなんてない。教育係にかこつけて、あの手この手で口説いてくるに決まってる」
「て・・・・・類、親友でしょ?」
「牧野に関しちゃ、ただのライバルだよ。とにかく・・・・牧野は隙だらけなんだから、もう少し気をつけて。あの2人相手に油断しちゃダメだよ」
 そう俺が真剣に話してるのに・・・・
 牧野が、くすっと笑った。
「・・・・・なんで笑うの」
「だって・・・・・類、本当に心配そうだから」
「心配だよ、すごく」
「・・・・あたしね、美作さんと西門さんのこと、好きだよ」
「!!」
「もちろん友達として、ね。あの2人は、特別だと思ってる。あたしが不安なとき・・・・いつも傍にいてくれた。優しくしてくれたり怒ってくれたり、いろんな形であたしを元気付けてくれた。類を好きな気持ちとは全然違うけど・・・・でも、あの2人が傍にいてくれたから、あたしは今こうしてここにいるんだと思うの。だからこれからも・・・ずっと一緒にいられたら良いなって、思ってる・・・・・」
「牧野・・・・・」
 俺は、小さく溜息をついた。
「そんな風に言われたら、怒れない・・・・・。けど、それ以上好きなっちゃダメだよ?牧野は俺のもの・・・・・。絶対に、渡さないからね?」
「・・・・じゃあ、捕まえてて?あたしがどこにも行かないように・・・・しっかり捕まえてて」
 まだ少し、不安に揺れている牧野の瞳。
 俺はそっと両手を頬に添えて、唇を重ねた。
 何度も何度もキスを繰り返す。
 何度しても足りない。
 腕の中に閉じ込めて・・・・
 それでもまだ、足りないって思う。
 どれだけ夢中になっていくんだろう。
 もし牧野が、俺の腕をすり抜けて、他の男にところへ行ってしまったら・・・・・
 俺はどうなってしまうんだろう?
「・・・・・逃がさないよ、絶対・・・・・。ずっと捕まえとく・・・・・・」
 そう言って、牧野を抱きしめながら・・・・・
 俺は、ふと思い出し、ポケットからあるものを取り出すと、牧野の左手を取った。
「?何?」
「まだ見ないで」
 体を離そうとした牧野が、俺の言葉にぴたりと動きを止める。
 ゆっくりと、牧野の手をなぞる。
「?????」
 不思議そうな牧野の様子がおもしろくて、つい笑いが漏れる。
「類?」
 俺を見上げる牧野の体をそっと離す。
「手、見てみて」
 その言葉に、自分の左手を見る牧野。
 その瞳が、大きく見開かれる。

 プラチナ台に、カットされたブルートパーズが光る指輪。
「ブルートパーズって、12月の誕生石だって知ってた?」
「え・・・・・あたし、トルコ石だと思ってた・・・・・」
「それもそうだし、ラピスとかジルコニアもそうだって。ジュエリーショップ行って、悩んじゃったよ。でも・・・・この石が一番牧野に似合いそうだと思って」
「・・・・きれいなブルー・・・・」
 牧野が左手を目の前にかざすと、月の光を受けた石がキラキラと輝く。
 それを見つめていた牧野の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。
「牧野・・・・・」
「ありがと、類・・・・・・あたし、すごく幸せだね。こんなに大切にしてもらって・・・・・。幸せすぎて、罰当たらないかな」
「・・・・大丈夫。どんなことからも、俺が守るから・・・・・」
 涙に濡れた瞳が、ゆっくりと俺を捕らえる。
 俺は、指でその涙をすくった。
「・・・・・・・きれいだ・・・・・」
 どんな宝石よりも。
 俺にとっては、牧野の存在そのものが、輝いて見えた。
「大事にする。これからずっと・・・・・・だから、ずっと俺の傍にいて・・・・・」
 俺の言葉に、牧野が微笑む。
「はい・・・・・」
 蕾がゆっくりとその花を開くように。
 月明かりの下、牧野の笑顔が、輝いていた・・・・・


                                fin







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