-soujirou- 「これから飲みにいかねえか」 そうあきらから電話があって、出かけたのは夜の9時過ぎ。 馴染みのクラブではなく、初めて行くバーだった。 中は暗くて、あきらの顔色はよくわからなかったが、もう結構酔っているみたいに見えた。 「なんだよ、珍しいな。1人で飲んでたのか?」 「ん・・・飲みたい気分だったんだ。俺の話を聞いたら、お前もそう思うぜ」 「・・・・・どういう意味だ?牧野のことか?」 「・・・・・・牧野に、告白した」 「な・・・・・!!」 俺は驚いてあきらの顔をまじまじと見た。 どう見ても冗談を言っている様子じゃなかった。 「・・・・・話せよ。何があったのか」 俺の言葉にあきらは力なく笑うと、溜息をついてから話し始めた・・・・・。
「言うつもりはなかったんだ。こんなタイミングで・・・・・けど、あいつの涙見てたら・・・・止まらなかった。これ以上、類の傍に置いておきたくなかった。自分の傍において、ずっと守ってやりたい。そう思っちまったら・・・・知らないうちに言葉にしてた」 「ふん・・・・。しかし、静が帰国してたとはな・・・。類のやつ、何で牧野に黙ってたんだ?」 「知るかよ。あいつの話はしたくねえ。どんな理由があろうが類が牧野を泣かしたことは事実だ」 「・・・・・・それほど類のことを想ってるってことだろ。あきら、飲みすぎだぜ」 「お前はずいぶん冷静だな」 「・・・・・・・・」 ―――冷静?俺が?冗談じゃねえ。 「俺は今、類よりもお前を殴ってやりたい気分だよ」 そう言うと、あきらは今日初めて俺のほうを見た。 「・・・・・・抜け駆けしたから?」 「それもある。あきら、お前言ったよな。牧野を守りたいって。けどお前がやってることはなんだよ。類のことで傷ついてる牧野に告白なんかして、あいつがどう思うか・・・・今までお前の想いに気付かなかったことで自分を責めるのは目に見えてんじゃねえか」 あきらはまた、俺から視線を逸らせた。 「それに、あいつが今弱ってることもわかってるだろ。その弱ってるとこにつけ込むつもりかよ?」 「んなつもりはねえよ・・・・。結果的に告っちまったけど、そんなつもりはなかったんだ。あいつの性格は俺だってわかってる。今頃きっと悩んでるかと思うと・・・飲まなきゃやってらんねえ」 「・・・・・牧野は、どこに?まさかあのうちには戻ってないんだろ?」 「・・・・たぶん、優紀ちゃんのところだよ」 「ああ、そうか・・・・・」 「・・・・・悪かったな、抜け駆けして」 酒は回ってる筈なのに、ちっとも酔えない。 そんな顔して落ち込むあきらを見て、俺は溜息をついた。 「・・・・らしくねえこと言うなよ。たぶん、俺が同じ立場でも同じようなことしてたと思うしよ。それよりも類だ。あいつは何で牧野を追ってこなかった?まさか、静と寄りを戻したってこともないだろう」 俺の言葉に、あきらは肩を竦めた。 「さあな」 その一言だけ言うと、目の前の酒を飲む。 それ以上この話をするつもりはないってことか・・・・・。
あきらの気持ちはわからないでもなかった。 さっきあきらに言ったとおり、俺がその場にいたらやっぱり同じことをしていたかもしれないと思った。 だけど・・・・・ 実際には俺は蚊帳の外だったわけだから、おもしろくはない。 牧野の傍にいて。 傷ついた牧野を慰めて。 牧野を抱きしめていたのは、全部あきらだ。 こんなことなら、俺も昨日のうちに告っときゃよかった・・・・ なんて、そんなことしたら牧野を余計に悩ませるだけか。
ついそんなことを考えて、溜息をつく。 すると、あきらが俺を見てにやりと笑った。 「・・・・こんなことなら、俺も告っときゃよかった・・・とか思ってんだろ?」 「・・・・人の心勝手に読むな」 「・・・・良いぜ、告っても」 「ああ?何言ってんだよ、あきら。そんなことしたら牧野が・・・・・」 「悩むなら、いっぺんに悩んだ方が後で楽じゃねえ?」 酔ってるせいか、あきらが変な理屈を語り始める。 「あいつは・・・・・ちゃんとわかってるよ」 「え?」 「それとも総二郎は、あいつがそん時の情に流されて簡単に類と別れたり、俺と付き合ったりするような女だと思うか?」 「・・・・・・・いや。おもわねえな」 高校生のころ、牧野が司と付き合う以前のことを思い出す。 あんだけいろんなことがあって。 司の想いも全てわかってたくせに、なかなか司と付き合う決心がつかなかった牧野。 そうだ。 あいつは、そんときだけの中途半端な気持ちで、簡単に物事を決めるやつじゃない。 慎重すぎるくらい慎重で・・・・なのに、そいつへの気持ちが100パーセントになった途端、一気に突き進む。 そんなやつなんだ・・・・・
「そっか・・・・そうだよな・・・・・。類への気持ちが100パーセントだって言うなら、俺らがどんなにあいつに好きだっつったって、揺れ動いたりしない・・・・そういうやつだよな」 「そういうことだ」 俺は、あきらと顔を見合わせると、同時に笑った。 「余計な心配しちまった。そんだったらさっさと口説いときゃよかったぜ」 「アホ。あいつを悩ますことに変わりはねえだろうが」 「そうやって真剣に悩んで、もし牧野が類以外のやつを選んだとしたって、それも本気ってことだろ?なら何の問題もないじゃん」 「・・・・・・・・・そういうことか」 「そういうこと」 俺たちはまた笑い、酒を飲み交わした。
翌日、俺は朝早く家をでると、優紀ちゃんの家へ向かった。 家の前についたとき、優紀ちゃんが彼氏と歩いていくのが見えた。 それを見送って・・・・・・俺は、牧野が出てくるのを待った。 いつ出てくるかなんてわからない。 だけど、いつかは出て来るはず。 そこに牧野がいる。 そう思うだけで、待つことも苦にならなかった・・・・・。
昼近くになって、漸く出てきた牧野は、俺を見つけて目を見開いた。 「・・・・・西門さん・・・・・」 「ずいぶんごゆっくりだな。優紀ちゃんはとっくに出かけたみてえだけど?」 にやりと笑って言うと、牧野の頬がほんのりと染まる。 「・・・・う、うるさいな。西門さんは、何でここに?」 「・・・・あきらに、たぶんここにいるって聞いて」 『あきら』の名前に、反応する牧野。 「・・・・・ちょっと、歩かねえ?一緒に昼飯食おうぜ。あ、お前の場合は朝飯か」 「む・・・・・やなやつ」 口を尖らせてふてくされる牧野。 俺はそんな牧野の頭にぽんと手を乗せ、 「ま、そんな顔すんなって、奢ってやっから。とりあえず歩くぞ」 と言って歩き出した。 牧野は黙って俺の後を着いてくる。
俺も牧野が好きだと言ったら・・・・こいつがどんな顔をするか。 少しの不安と期待。 女に対してこんな気持ちを持ったのは初めてだ。 それでも。 もう俺に、迷いはなかった・・・・・。
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