***ブランコ vol.42***



 -akira-
 タクシーに乗った俺はそのまま通りを走らせ、やがてすぐに牧野の姿を見つけることが出来た。
「止めて」
 タクシーを降りて、牧野の前に立ちふさがる。
「待てよ」
 気付かず下を向いたまま通り過ぎようと知る牧野の手を掴むと、牧野は俺を見て驚いたような顔をした。
 その顔は涙で濡れていた。
「美作さん・・・・・・」
「・・・・・なんて顔してんだよ・・・・・」
「・・・・・うっ・・・・・・・」
 俺は、そのまま牧野の肩を引き寄せ、抱きしめた。
 牧野は崩れるように俺の胸に倒れこみ、そのまま声を押し殺して泣いた。
「・・・・・・・・・・やめちまえよ」
 耳元で低く囁くと、牧野の肩がびくりと震え、ゆっくりとその顔を上げた。
「婚約なんて・・・・やめちまえ」
「美作・・・・さん・・・・・?」
 涙で濡れた漆黒の瞳が、戸惑いに揺れながら、俺を映していた・・・・・。


 -tsukushi-
 ショックだった。
 類と静さんが2人でいるところを見て・・・・・。
 ―――どうして?静さんと会うなんて、聞いてないよ。
 あたしが不安に感じていたことが、そのまま現実になってしまったような、そんな気がした。
 

 レストランにいた類と目が合った瞬間、あたしは店を飛び出していた。
 後ろから美作さんが止める声が聞こえたが、あたしはそのまま走り続けた。
 
 しばらくはただ闇雲に走り続け・・・・
「待てよ」
 突然手を掴まれ、驚いて顔を上げると、そこには美作さんがいた。
「・・・・・なんて顔してんだよ・・・・・」
 優しく響く美作さんの声。
 気がつくと、あたしは美作さんの腕に抱きしめられていた。
 涙が止まらなかった。
 どうしてこんな風になっちゃうんだろう・・・・・・


 「落ち着いたか?」
 公園のベンチに座り、漸く涙が止まったころ、美作さんが優しく声をかけてくれた。
「ん・・・・・ごめんね」
「あやまんな。お前が悪い訳じゃねえだろ」
「・・・・・・」
「・・・・・なんか、言いたそうな顔」
 美作さんがあたしの顔を見て、ふっと笑う。
「だ、だって・・・・・」
「・・・・・さっき、俺が言ったこと?」
 ―――婚約なんて・・・やめちまえ
 確かに、美作さんはそう言った。
 どうしてそんなこと言ったのか、あたしにはわからない。
 でも、なんとなくそれは聞いちゃいけないような気がした・・・・・。
「忘れていいから」
「え・・・・・」
 見上げると、美作さんは真っ直ぐ前を見ていた。
 その目はとても真剣で・・・・・
 あたしの胸がどきんと音を立てた。
「これから俺が言うこと、忘れても良い。お前が苦しむところは、見たくねえ。けど、俺もこれ以上自分の気持ちを抑えることは無理みてえだから」
 そう言って、美作さんはゆっくりあたしに視線を戻した。
 どきん。どきん。
 胸が苦しい。
「美作さ・・・・・」
「好きだ」
「!!」
「ずっと、好きだった。お前の気持ちはわかってるし、類から奪うつもりもなかった。お前が幸せならそれで良いと思ってた。だけど・・・・・・俺も、こんなに嵌ると思ってなかった。こんなに・・・・・好きになるなんて。諦めらんねえんだ」
 真剣な、美作さんの目。
 その瞳から、あたしは視線を逸らすことができなかった。
「お前が苦しむところを見たくねえ。すぐにお前の気持ちが変わるとは思ってねえけど・・・・・それでも、このままお前が類のことで苦しむのなら、俺がお前を奪う。類から・・・・奪って見せる」



 ―――忘れても良い。
 そう美作さんは言った。
 だけど、忘れられるはずがない。
 あんな真剣な目をした美作さんを、初めて見た。
 美作さんの想いに気付かず、今まで美作さんを頼り続けていたことを後悔した。
 
 あたしって、ほんと鈍感だったんだ・・・・・。
 自分のバカさ加減に溜息が出た。

 どうしよう・・・・・・・

 その日、あたしは花沢の家には戻らず、優紀の家に行くことにした。
 類には会いたくなかった。
 静さんとの事を聞くのが怖かったのと、美作さんに告白された後で、どんな顔をしていいかわからなかった。

 「優紀は・・・・もしかして知ってた?美作さんが、その・・・・・」
「つくしを好きだってこと?うん、知ってたよ」
 あっさりと肯定され、あたしはがっくりする。
「また、気付いてなかったのはあたしだけかあ・・・・・」
「まあ、いつものことだしね」
 からからと優紀に笑われ、さらに落ち込む。
「・・・・・あたし、どうしたら良いかなあ・・・・・」
「・・・・・つくしは、つくしのままで良いと思うよ?」
 あたしは隣でやさしく微笑む優紀を見た。
「あたしのまま・・・・・?」
「うん。いろいろ大変だと思うけど・・・・・。でも怒ったり泣いたり、落ち込んだり笑ったり、いつでも自分に正直なつくしが、花沢さんも美作さんも、道明寺さんも・・・・・好きになったんだと思うから」
 道明寺の名前を言った後の微妙な間が引っかかったけど、あたしは優紀の言葉を黙って聞いていた。
「そう・・・・なのかな・・・・?」
「うん。なんだったらみんなと付き合っちゃえば?花沢さんは夫、道明寺さんと美作さんは愛人、みたいなさ」
「ゲッ、何言ってんのよ、優紀!んなことできるかっつーの!」
「あはは、そりゃそうだよねー」
「もう、人事だと思って!!」
「ごめん、ごめん。でもさ、あんまり悩みすぎないでね。そうやってつくしが落ち込んでると、きっと美作さんも気にするよ」
 その言葉に、あたしははっとした。
 美作さん・・・・・・
 いつでも優しく、あたしを見守ってくれてた人。
 今も、あたしのことを考えてくれてるのかな・・・・・
「ん・・・・・そうだね。優紀、ありがとう」
「いいって。つくしにはいつも笑顔もらってるからさ。こういうときくらい、つくしの役に立てればいいなって思ってるのよ」
 うふふ、とちょっと照れくさそうに笑う優紀。
 あたしは幸せ者だ。
 こんなに自分のことを考えてくれてる友達がいる。
「それから・・・ちゃんと静さんのこと、花沢さんに聞いてみなよ。きっと、わけがあるんだと思うよ?」
「ん・・・・・。明日は、ちゃんと帰るから・・・・・」
 
 その日はふとんの中でずっと優紀とおしゃべりをして・・・・・そのまま眠ってしまった。

 翌朝起きると、優紀はもう出かけてて。
「おはよう、つくしちゃん。優紀、今日はデートなんですって。つくしちゃんは疲れてるだろうから寝かせてやってって言われたのよ」
 優紀のお母さんが穏やかに言う。
 ―――そっか・・・・今日は土曜日・・・・大学も休みなんだ・・・・・。
「すいません、お邪魔しました」
「またいつでも遊びに来てね」

 優紀の家を出ると、あたしは目の前に立つ人を見て、目を丸くした。
「・・・・・・西門さん・・・・・」






  

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