-rui- レストランに入り、中を見回すと静がこちらに手を振っている姿が目に入った。
「久しぶり。いつ帰国したの」 「昨日よ。忙しくってなかなか連絡できなくて・・・。ごめんなさいね、急に呼び出したりして」 「いや、良いけど」 「それにしても驚いたわ。あなたが牧野さんと婚約したらしいっていう話を聞いたときには」 「司に聞いたの?」 「ええ、先週はN.Y.に行ってたのよ。でもとてもうれしかったわ。お似合いだと思うわよ、とっても」 静が本当にうれしそうににっこりと微笑んだ。 なんとなく気恥ずかしい感じもするが、静がそう言ってくれることは素直にうれしかった。 「で?今回の帰国は何で?」 「それが、従兄妹の結婚式でね。もう私は藤堂の人間じゃないから、と言ったんだけれど、姉妹のように育ったものだから・・・それなら友人として出席して欲しいと言われてね」 「へえ」 「あなたたちは?結婚は卒業してから?」 「・・・・・牧野に結婚する気があるならね」 「あら、それどういうこと?」 俺の言葉に、静は首を傾げる。 「牧野さんは、結婚する気がないの?そんなことないでしょう?婚約までしたのに」 「どうかな・・・・なんか最近悩んでるみたいだし」 そう。最近、牧野は何か考えていることが多い。 昨日もあれから目を合わせようとしない牧野に、静のことも言いそびれてしまっていた。 「なあに?うまくいってないわけじゃないんでしょう?」 「・・・・・俺はそう思ってるけど。ときどき、牧野が何を考えているのかわからないときがある。好きだから一緒にいる。好きだから結婚する。それじゃダメなのか?」 俺がついイライラとした調子でそう言うと、静はちょっと目を丸くし、それから楽しそうに笑った。 「・・・何?」 「ふふ、ごめんなさい。あなたがそんな風に感情を表に出すのは珍しいなって。本当に牧野さんが好きなのね」 からかうような眼差しに、照れくさくなって目を逸らす。 そのとき、通りの向い側にあるカフェの窓際に、こっちを見る人物がいるのに気付いた。 その姿に、俺は思わずガタンと音を立てて席を立つ。
―――牧野?
そこには、驚いたような表情で俺を見つめる牧野と、牧野の手を握るあきらの姿・・・・・
「類?どうしたの?」 「ごめん!」 俺はそれだけ言うと、すぐに店を飛び出した。
店を出ると、カフェから飛び出してきたあきらが目に入った。 「牧野!!」 叫ぶあきら。 視線の先には牧野が見えた。 追いかけようとするあきらに声をかける店員。 俺は通りを渡り、あきらを呼んだ。 「あきら!」 俺に気付いたあきらが、立ち止まり、俺を睨む。 「・・・・類」 「何で・・・・今日は、レッスンの日だろ?何でこんなとこにいるの?牧野と・・・・・」 「・・・・・それはこっちのセリフだ。何でお前がここにいる?静と2人で・・・・牧野は知ってんのかよ?」 「それは・・・・・・」 「・・・・・・こんなことしてる暇はねえ。俺は牧野を追いかける。お前は、静のところにもどれよ」 そう言ってあきらは俺に背を向けると、牧野が走っていった方へと駆け出した。 「あきら!!」 俺の声には振り返らず、あきらは、ちょうど通りかかったタクシーを止めると、さっさとそれに乗り込んでいってしまった。 俺は呆然とそれを見送り・・・・
レストランに静を残してきたことを思い出し、とりあえず店に戻った。
「今の、あきらと牧野さんよね?」 「・・・・・・ああ」 「・・・・・・もしかして、あきらも牧野さんのことが好きなの?」 静の言葉に、俺は頷いた。 「・・・あきらだけじゃない。総二郎もだよ」 「あら、すごいのね」 「感心してる場合じゃないよ」 「ふふ、そうね。類は大変ね。だけど、牧野さんは類が好きなんでしょう?」 「・・・・・そう思ってるけど・・・・・」 そう言って溜息をつくと、静はちょっと目を瞬かせ・・・・ 「なんだか煮え切らないのね。心配になってきたわ。一体何があったの?」 「何も・・・・なんでこうなっちゃうのか、俺にもわからない」 「ね、これまでのこと、話してくれない?全部」 「全部?」 「ええ。それとも、牧野さんを追いかける?あきらと一緒に」 「・・・・・・いや、話すよ」
「・・・・・原因はあなたよ」 全て話し終えると、静が難しい顔で言った。 「は?なんでさ」 「あなたがそういうことわからないのは仕方ないかもしれないけど・・・・女の子にとっては重要なことだわ」 「なんだよ、それ?」 俺にはわからない、と言われちょっとむっとする。 こんなに牧野のことばかり考えてるっていうのに・・・・ 「今の話聞いてると・・・・おば様とおじ様が帰国してから、婚約の話が決まったのよね?」 「ああ」 「それまで、牧野さんと結婚について話したことは?」 「・・・・・・ない、と思うけど・・・・・」 「じゃ、当然プロポーズもしてないわよね」 思いがけない言葉に、俺は一瞬固まった。 「・・・・・・・」 「どう?」 「・・・・・してない」 「やっぱりね。牧野さんとしても、きっとあなたのご両親に認めてもらったことで、うれしさでそんなこと気にしてなかったんじゃないかしら。でもいざ一緒に暮らし始めて、ご両親もいなくなって・・・・・ふと、気がついたんじゃない?順番が違うことに。牧野さんてまじめな子だから、これで良いんだろうかって思ったんじゃないかしら。あなたにプロポーズもされていないのに婚約まで決まってしまって・・・・・あなたはそれで良いんだろうかってね」 「・・・・・・・・・・・・・」 俺は何も言葉に出来なかった。 考えたこともなかった。そんなこと・・・・・ 牧野が婚約することを承諾してくれて、一緒に暮らせることになって・・・・・あきらと総二郎のことはあるけど、でも2人一緒にいられるならって。 俺は牧野といられればそれでよかったから。 婚約とか結婚とか・・・・・そんな形なんかどうでも良かった。 「類。女の子はね、誰でもロマンチックを夢見るものよ。牧野さんだってあなたといられることが嬉しくないわけじゃないでしょう?でも、やっぱり確かなものが欲しい時もあるのよ。あなたは昔からそういうのに疎いところがあるから・・・・。その点はあきらや総二郎のほうが気が付きそうよね」 「・・・・・あの2人を見習えって?」 「見習うべき点もあるってことよ。わかるでしょ?あの2人がライバルじゃ、あなたも婚約したからって安心できないわね」 「・・・・・父さんみたいなこと言うなよ」 「あら、失礼」 楽しそうにくすくすと笑う静を、俺は恨めしい顔で見て、ぷいと横を向いた。 「・・・・大丈夫よ。あなたのこと、牧野さんだって良くわかってると思うもの。ただ、今はちょっと一緒にいられることが幸せすぎて不安になってしまうのよ」 「幸せすぎて不安?」 「そういうものよ」 そう言って穏やかに微笑む静。 俺よりも牧野のことをわかっているようなその表情が。 なんとなくおもしろくなくって、俺はまた窓の外に視線を向けた・・・・・。
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