-tsukushi- プロポーズをして欲しいって思ってるわけじゃない。 ただ、不安になってしまった。 類はいつもあたしに愛情をくれるのに、何が不安なんだと聞かれるとはっきりとわからない。 ただ、あたしたちを取り巻く状況だけが先走ってしまっているような気がして、本当にこれでいいのだろうかと思ってしまうのだ。 友達としての付き合いは長いけれど、きちんと恋人として付き合ってからはまだ日が浅い。 なのに、婚約なんてことまで決まってしまって。 類は、本当に後悔しないのかな? 本当に、あたしが類の相手でいいのかな? そんな想いだけが、あたしの心の中で大きくなっていた・・・・・。
-akira- 「そりゃ、マリッジブルーってやつだろ?」 昨日の話を総二郎から聞いていた俺は、今日のレッスンを早めに終えると牧野の話を聞いた。 「・・・・って、まだ結婚するわけじゃないし・・・」 「似たようなもんだろが。じゃなかったら単なる惚気だろ。で、類と喧嘩したのか?」 「喧嘩って訳じゃ・・・・・ただ、なんとなく気まずくなっちゃって、昨日はあれからほとんど話してないし、今日も・・・・・」 俯いて溜息をつく牧野。 溜息をつきたいのは俺のほうだ。 結局のところ、どんだけ牧野が類を想っているかってのを見せ付けられているのだから。 「・・・・・じゃ、婚約解消するか?」 俺の言葉に、牧野は一瞬間をおいて首を横に振った。 「・・・・・迷いがあるなら、やめとけ。そんな顔されて横にいられたんじゃ類だって気の毒だぜ」 ちょっときつい言い方をしてやると、牧野は恨めしそうに俺を上目遣いで睨む。 「美作さんて、そんなに意地悪だったっけ?」 「お前が、くだらねえことぐだぐだと言ってるからだろうが」 「・・・・・・・・」 俺の言葉に、牧野はまたうつむいてしまう。 「・・・・・ちょっと、外行くか」 「え?」 「新しく出来たカフェがあるんだ。お前の好きそうな庶民的なやつ。ケーキがうまそうだったから連れてってやるよ」 そう言って俺が立ち上がると、牧野もきょとんとしながらもつられて立ち上がる。 「そんな辛気臭い顔されたんじゃこっちまで気分が滅入ってくる。うまいケーキでも食って気分変えようぜ」 そう言ってにやりと笑うと、牧野はちょっと泣きそうな顔をして・・・・ 「・・・・・前言撤回。やっぱり美作さん優しい・・・・・」 そう言って俺のシャツの裾をきゅっとつまむ。 「・・・・・行くぞ」 そのまま部屋を出ながら・・・・・ ―――そういう無防備な顔見せるから・・・・・俺の心臓がまた、落ち着かなくなるんだ・・・・・
近所に出来たちょっと女の子向けのカフェ。 きれいなケーキのディスプレイが並んで、牧野が好きそうだなと思っていた。 「わ、おいしそう」 案の定、牧野が目を輝かす。 「好きなの頼めよ、今日は俺の奢り」 「え、でも・・・・・」 「いいの。今日のお前は俺の生徒だから。生徒に金出させるわけには行きません」 俺の言い方に、牧野がくすりと笑う。 「・・・・・やっと笑ったな」 「え」 「今日はお前ずっと、暗い顔してた。調子狂うんだよ、そういうの。お前はそうやって笑ってる方が良い」 「・・・・・ありがと」 牧野はケーキを2つと紅茶を頼み、俺はコーヒーをオーダーした。 漸くいつもの調子を取り戻してきた牧野。 俺はちょっとほっとしていた。 牧野の、あんな沈んだ顔は見ていたくない。 「心配しなくても、類はいつでもお前のこと一番に考えてるよ」 「・・・・・うん」 「順番なんて、どうだっていいんだよ、お前といられれば。きっとそのうち思い出したようにされるよ、プロポーズなんて。そんときゃきっと、もう聞き飽きたっていう位しつこく言われるぜ」 俺の言葉に、牧野はぷっと吹き出した。 「だから、うじうじすんな。お前らしくねえ」 「ん。そうだね、ほんと・・・・馬鹿みたい・・・・・」 そう言って微笑み、運ばれたケーキを口に運ぶ。 「あ、おいしい。甘さもちょうどいい感じ。ね、美作さん食べないの?」 「俺はいい。家で嫌って程母親の作ったケーキ食わされてるから」 「あはは。あたしも先週頂いたよね。あのケーキも、すごくおいしかった」 「そうか?それ聞いたらあの人も喜ぶよ。俺はあんまりそういう風に言ってやったことないし。牧野のこと気に入ってるみたいだしな」 ケーキを頬張りながら、いろんなおしゃべりを始める牧野。 ケーキ1つで機嫌の直る牧野は、単純というかかわいいというか・・・・ やっぱり見てて飽きないな。 そんな風に考えながら、ふと店の窓の外へ目をやる。 店の窓からは、とおりを隔てて向こう側に、割と高級感のあるレストランがあった。 味も割とよくて、何度か足を運んだことがある。 ああいうところに牧野を誘っても、きっと遠慮したがるんだろうな・・・・ なんて思いながらそちらを見ていると、俺の目に飛び込んできた光景。 それは・・・・・
「類・・・・・?」 思わず声に出して呟き、その声に牧野が「え?」と顔を上げる。 そして俺の視線を追い、窓の外へ目を向ける。 牧野が、驚きに目を見開く。 「・・・・・・どうして・・・・・・」
レストランの窓際の席。 そこにいたのは、類と静だった・・・・・。 どうして2人がそこにいるのかわからない。 でも、2人が見つめあいながら親密そうに話しているその様子は、傍目には恋人同士に見えてもおかしくないくらい、絵になっていて・・・・・ 「・・・・・どうして・・・・?」 牧野が、もう一度呟いた。 フォークを握る、牧野の手が小さく震えていた。 「牧野、落ち着け」 俺は、とっさに牧野のその手を握った。 真っ青になった牧野は、今にもぶっ倒れそうに見えた。 「・・・・聞いてないのか?類から、何か・・・・」 俺の問いに、牧野は首を横に振った。 「・・・・静が帰国してたって話は俺も聞いてねえけど・・・・心配するようなことじゃねえよ。わかってるだろう?あいつの気持ちは・・・。もう静とは終わってるんだ。静はもう結婚してるんだし・・・だから・・・・・」 俺の言葉も、牧野には聞こえていないようだった。 俺は、徐々に血の気のなくなっていくその小さな手を両手で包み込み、何とか落ち着かせようとしたが・・・・・
ガタン
突然牧野は席から立ち上がった。 「牧野?」 「・・・・・ごめん、美作さん・・・・・・あたし、帰る・・・・・」 牧野は消え入りそうな声でそう言うと、俺が止めるよりも先に、バッグを引っつかむと逃げ出すように店を駆け出して行ってしまった。 「牧野!!待てよ!!」 俺は慌ててレジに伝票と金を置くと、牧野を追って店を飛び出した。 猛スピードで走り去っていく牧野の後姿。 「牧野!!」 「お、お客様!お釣り!!」 後ろからかけられた声に、 「いらねえよ!」 と乱暴に言って牧野を追いかけようとするが・・・・・ 「あきら!!」 その声に振り向くと、いつの間に来たのか・・・・・というか、いつ気付いたのか、そこには、険しい顔をした類が立っていた。 「・・・・類」 「何で・・・・今日は、レッスンの日だろ?何でこんなとこにいるの?牧野と・・・・・」 「・・・・・それはこっちのセリフだ。何でお前がここにいる?静と2人で・・・・牧野は知ってんのかよ?」 俺の言葉に、類が珍しく躊躇する。 「それは・・・・・・」 「・・・・・・こんなことしてる暇はねえ。俺は牧野を追いかける。お前は、静のところにもどれよ」 そう言って俺は類に背を向けると、牧野が走っていった方へと駆け出した。 「あきら!!」 後ろから類の声が追ってきたが、俺は振り向かなかった。 ―――牧野!!
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