-tsukushi- 結局、パパはすんなり類の会社への就職が決まり、あたしは類の家で暮らすことになった。 なんだか順調に行き過ぎて怖いくらいだった。
そして、今日は西門さんの家へお茶を習いに行く日だが・・・・ 「類、行って来るね」 「・・・・・・・・・・」 西門さんの家と美作さんの家へ行く日が週に1回ずつ。 その日は決まって類の機嫌が悪くなる。 最初のころは「俺も行く」と言ってきかなくて、一緒に行っていたんだけど・・・・・ 美作さんの家に行ってダンスのレッスンを受けてるときはレッスン中ずーーーっと睨み続けるもんだから、レッスンに集中できなくて次からは何とか説得してあたし1人で行かせてもらうことに。 西門さんのときも同じく、横でじーーーっと睨みを利かせながら抹茶ミルクなんか勝手に作って飲んでるもんだから、西門さんが激怒・・・・・「次に一緒に来ても絶対門前払いするぞ」と言われ、あたし1人で行くことになったわけだ。 どうせなら、類と一緒に習い事も楽しみたかったけど、こうなっては仕方ない。 それでも、類と一緒に暮らす日々は楽しい。 家政婦の人たちに家のことをいろいろ教えてもらいながら、毎日本当にいろんなことを勉強させてもらっていると思ってる。 類のご両親はあの後またすぐに渡仏してしまったが、近いうちにきちんと婚約発表をしようと言ってくれていた。 でも、あたしには気になることが1つあって・・・・・
-soujirou- 「で?何が気になるって?」 稽古を終え、俺の部屋で2人くつろぎながら、会話している。 稽古の後、こうして俺の部屋でくつろぎながら他愛のない話をするのが常になっていた。 「うーん・・・・気になるっていうかなんていうか・・・・・」 「なんだよ?お前にしちゃ珍しいな、歯切れが悪いの」 「・・・・・・まだ、なんだよね・・・・・」 「何が?」 「うーん・・・・・・」 なかなかはっきりと言わない牧野に、俺はあることを思いつき、青くなる。 「・・・・おい、まさか、出来たのか?」 「へ?」 何のこと?と牧野が俺を見て首を傾げる。 「出来た?何が?」 「・・・・・子供」 「―――は!?な、何言ってんのよ!違うわよ!」 真っ赤になって大きな声を出す牧野。 俺はひとまずほっと胸をなでおろした。 「―――じゃ、なんだよ?はっきり言えよ」 「・・・・プロポーズ・・・・・」 「は?」 「だ、だから、類のご両親が来て、婚約とかってなんかトントン決まっちゃてるけど、あたしまだ類にプロポーズされてないんだよ」 牧野はそう一気にしゃべってから、恥ずかしくなったのか頬を染めてぷいっと横を向いてしまった。 ―――こいつ、かわいいな・・・・・ と、つい思ってしまってから、はっとして ―――いや、そうじゃなくって 「え、マジで?まだプロポーズされてないのかよ?」 「うん・・・・」 意外だった。 類のことだから、さっさとプロポーズの1回や2回してるもんだと思っていた。 「だ、だからね?正式に婚約発表とかいわれたけど、いいのかなって・・・・・」 「・・・・・・・お前はどうなんだよ?」 「え?どうって?」 「類と、結婚する気があるのかないのかって事」 「なかったら、婚約なんて最初から断ってるよ。ただ、まだ結婚て言われても実感湧かないけど・・・。でも、類のことは好きだしいずれ誰かと、って言ったらやっぱり類しかいないと思う」 「・・・・・・・・・・」 俺は黙って聞いていたが・・・・・心の中は穏やかじゃなかった。 やっぱりっていう気持ちと、悔しい気持ちがぐちゃぐちゃに入組んでるみたいだった。 「でもさ、ものには順序ってものがあるじゃない?プロポーズもされてないのに婚約だなんて・・・・ひょっとしたら、類だってまだ結婚なんて考えてないかもしれないのに・・・・・」 ―――まあ確かに、類は結婚なんて形にはこだわらないかもな。でも、それこそいやだったらあいつはそう言うだろう。 「んじゃ、やめれば?婚約」 どうしても言い方がそっけなくなってしまうのは仕方がないだろう。 「や、やめたいわけじゃないよ。ただ、なんとなく引っかかっちゃって・・・・。西門さんにしてみればくだらないって思うかもしれないけど!」 「わかってるなら聞くなよ」 そう言って俺は牧野から視線を逸らせた。 とてもじゃないが、真剣になんか聞いちゃいられなかった。 何で俺が、そんなこと相談されなくちゃいけないんだ。 「・・・・ごめん。西門さんに言ったって仕方ないのに・・・・」 それでも、急にしおらしくなられれば放って置けなくなる。 「いや・・・・別にいいけどよ。俺は聞くくらいしかできねえけど、それでも良ければいつでも聞いてやるから」 そう言ってやると、牧野はほっとしたように微笑んだ。 全く・・・・そういう無防備な笑顔をさらすから、諦めきれなくなるんだ。 「まあ、心配いらねえと思うぜ?それこそ、あいつはそんな形だけのプロポーズなんか気にしちゃいねえだろ。あいつはお前と一緒にいられさえすれば満足なんだからな」 「・・・・・そうかな・・・・・」 「・・・・・ま、あいつと一緒にいるのが嫌になったらいつでも来いよ。俺が拾ってやっから」 そう言ってにやりと笑って見せると、牧野がむっとしたように眉間に皺を寄せて口を尖らせた。 「嫌になったりしないわよ。変なこと言わないで」 そう言われることを予想していながら・・・・・ ちょっとだけへこんでいる自分がいた・・・・・
-rui- 牧野と暮らせるようになって、毎日が楽しくなった。 でも、心配事が多いのは相変わらずだ。 今日はお茶を習いに総二郎の家へ行っている。 総二郎は親友だ。 いくら牧野のことを思っていても、無理強いするようなことはないと思うけど・・・・・ それでも、今こうしている間にも2人きりでいるのかと思うと、気は休まらなかった。
「ただいま、類」 「お帰り」 漸く帰ってきた牧野を玄関で出迎え、靴を脱いで上がった瞬間にその体を抱きしめる。 「―――何もされなかった?」 「もう、またそういうこと・・・・・。もうちょっと信用してあげないと西門さんがかわいそう」 そう言って俺を見上げた牧野の顎に片手を添えて、キスを落とした。 すぐに深くなるキスに、牧野はきゅっと俺のシャツを掴んで自分を支える。 俺は片手を牧野の腰に回し、逃げられないよう拘束した。 毎日のように繰り返されるこの儀式に、最初は一緒に玄関で出迎えていた家政婦も、今は気を利かせて出てこなかった。
「明日は、あきらのとこだっけ・・・・やっぱり俺、行っちゃダメなの?」 「うん・・・・ごめんね。でも、類だっていろいろやらなくちゃいけないことがあるんじゃないの?そんなに暇じゃないでしょう?」 「そうでもない。この間まで忙しかったけど・・・・。今は、大学の勉強と牧野の教育に専念しろってさ。もちろん、急に借り出されることもあるかもしれないけど・・・・今は大丈夫」 「そうなんだ・・・・・。あ、あのさ、類・・・・・」 急に、何か言いづらそうに視線を泳がす牧野。 「何?」 「えっと・・・・・」 「いいづらいこと?」 「そうじゃないんだけど・・・・・あのさ、類は・・・・いいの?」 「何が?」 牧野の質問の意味がわからなくて、俺は聞き返す。 「だから・・・・・その、あたしと婚約って・・・・・」 牧野の言葉に、俺は目を丸くする。 「・・・・・そんなの、決まってるじゃん。何で急にそんなこと?」 「だって、急にこんなことになって・・・・あたしたちまだ大学生なのに・・・・」 「・・・・・結婚はまだだよ。婚約だけ」 「でもほら、あたしたちまだそんな話してなかったのに、ご両親に全部決めてもらっちゃって・・・・・」 「牧野」 すこし強い調子で呼んだ声に、牧野がびくりとする。 俺は牧野を抱き寄せると、耳元で話しかけた。 「・・・・なんで急にそんなこと言い出したの?・・・・総二郎に、何か言われた?」 俺の問いに、牧野は首を振った。 「西門さんは、何も・・・・」 「じゃ、なんで?」 「・・・・・・・」 なかなか話そうとしない牧野に、俺はちょっとイラついていた。 「牧野は・・・・・俺と一緒にいるの、嫌なの?」 無意識に低くなる声。 牧野の肩がびくっと震える。 「そ、そんなんじゃないよ!」 「・・・・・俺は、たとえ親が決めたことでも、牧野と一緒にいられるならそれで良いと思ってる。牧野はそうじゃないの?」 「あ、あたしは・・・・・」 牧野は顔を上げて俺を見た。 だけど、その口はなかなか開かなくて・・・・・・ 「・・・・・・もういい、わかった。そんなに嫌なら帰れば?」 「い、嫌だなんて言ってないよ!そうじゃなくって・・・・・」 「・・・・・・何?」 牧野の瞳をじっと見つめる。 何か言いたそうに揺れる瞳。 それでも何も言わない牧野・・・・・ 「ごめん、もういい」 ついにはそう言って俯いてしまった。 「牧野・・・・?」 「なんでもないの。ごめん、気にしないで」 そう言って、俺に弱々しい笑顔を向ける牧野。 なんでもないわけない。 だけど、一度そうやって口をつぐんでしまったら、もうちょっとやそっとじゃ口を開かないだろう。 そんな頑固な牧野に小さく溜息をつく。
「あの・・・あたし、お風呂いただくね。汗かいちゃって」 「ん。わかった」 牧野が部屋を出て行くとすぐに、部屋の電話が鳴った。 「―――はい。―――え?ほんと?―――つないで」 内線で聞こえてくる家政婦が言った名前に驚いた。 そして、すぐに聞こえてくる懐かしい声。 その声を聞くと、自然に笑顔が浮かんだ・・・・・。
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