-rui- 「あれ・・・・総二郎?」 そのレストランへ入ると、案内された個室には総二郎が座っていた。 「よお、類」 「何で総二郎がここに?」 「何でって・・・・お前の親に呼ばれたんだぜ?久しぶりに、一緒に食事しましょうって。しらねえの?」 「全然聞いてないよ。俺も、急に呼び出されたんだ」 総二郎の隣に座りながら言う。 ―――一体なんだっていうんだ? わが親のことながら、久しぶりに会うなりこんなところへ呼び出され、その意図が計りかねていた。 「よォ」 後ろから聞こえた声に振り返ると、あきらが入ってくるところだった。 「あきらも?」 「おお、おまえんとこの親に呼び出されたぜ。なんなんだ?」 「知らないよ。こっちが聞きたい」 と肩をすくめると、総二郎とあきらが顔を見合わせた。 「・・・・・・なあ、。席が1つ多くねえ?」 席に着いたあきらが、周りを見回してから一言、言った。 「そういえば・・・・後類の両親が来るとして、1つ多いな。まさか司か?」 と、総二郎。 「まさか。司は今確かドバイにいるだろ?朝のニュースでチラッと見たよ」 と俺が言うと、2人とも「じゃあ誰が・・・・」と首をひねった。 そこへ、また扉が開く音。 「やあ、お待たせしたね」 「お久しぶりね」 振り向かなくてもわかる。 俺の父親と母親が入ってきて、俺たちの向側の席に座る。 「ご無沙汰してます」 と、総二郎とあきらが立ち上がって交互に挨拶する。 「まあ、2人とも立派になって・・・・どう?そろそろお仕事も忙しくなってきたんじゃなくて?」 母親の言葉に、2人とも「はあ、まあ」なんて答えながら微笑んでいる。 「・・・・・もう1つ、席があるけど、誰か来るの?」 「ああ、そろそろ来るころだろう。どこだかに寄ってから来るから少し遅れるっていう話だったな?」 父が母に向かって話しかける。 「ええ。でもたぶんそろそろ・・・・・」 そう母が言いかけたとき・・・ 再び後ろの扉が勢いよく開いた。 俺たちが一斉に振り返ると、そこには・・・・・ 「「「牧野!?」」」 3人が一斉に声を上げる。「あら、気が合うこと」なんていう母ののんびりした声がした。 「お、遅れてすいません、バイト先でちょっと手間取っちゃって・・・・」 牧野は入ってくるなり息を切らしながら頭を下げた。 「いいのよ、気にしないで。さ、牧野さんはここにお座りになって」 と、母が自分の隣の席を示し、牧野は「は、はい」と緊張しながらもその席に座った。 それはちょうど俺の真向かいの席で・・・ 牧野が座り、前を向いて俺と目があった瞬間、漸く俺は我に返り、口を開いた。 「これは、どういうこと?何で牧野まで・・・・俺、何も聞いてないよ」 じろりと両親を睨む。 それでも2人は慌てることなく。 「あら、暫く会わない間にずいぶんおしゃべりになったのね、類」 「本当だな」 「茶化さないで。一体どういうつもり?」 イライラする俺に、穏やかに微笑む2人。 「まあ落ち着きなさい。ほら、料理が運ばれてきた。まずは食事をしようじゃないか」 ちょうどいいタイミングで食事が運ばれてきて、俺は口をつぐむことになった。
「で・・・・そろそろどうしてここに呼ばれたのか、聞きたいんだけど・・・・・」 食事を終え、食後のデザートとコーヒーが運ばれてくると、俺は再び口を開いた。 「・・・・そうね。じゃあ私からお話しするわ」 と母がにっこりと笑いながら言った。 「類には怒られるかもしれないけれど・・・実は一昨日、牧野さんのお宅へお邪魔したのよ」 「な・・・・・」 思わず、牧野の顔を見る。 牧野はちょっと気まずそうに俺を見ていた。 「そこで私たちの考えを聞いていただいて・・・・昨日、牧野さんから良いお返事を頂けたので、こうして皆さんにここへ集まっていただいたのよ」 「・・・・どういうこと?一体何の話を・・・・・」 思わず眉をひそめる。 「心配しないで。決して悪い話ではないはずよ。勝手なことと怒られるかもしれないけれど・・・・牧野さんには承諾していただいてるわ」 「だから、何を?」 「あなた達の婚約の話よ」 「こ・・・・んやく・・・!?」 あまりに突拍子のない話に、俺はそれ以外言葉が出てこなかった。 隣にいたあきらと総二郎も目を丸くしている。 目の前の牧野は、頬を赤らめ、俯いているが・・・・・ 「どういうこと!?」 「あら、喜んでくれるかと思ったのに・・・・嫌なの?」 「そういうことじゃなくって!何で・・・いつの間にそういうことになってるの?俺に何も言わずに・・・・」 「・・・・つくしさんの気持ちを知りたかったんだよ」 それまで黙っていた父が口を開いた。 『つくしさん』だって? 父が牧野の方を見る。 その眼差しはとても穏やかで優しく、息子の俺でさえ見たことがないような表情で・・・・・まるで、本当の娘を見つめるような眼差しだった。 俺は驚きのあまり、声も出せないでいた。 「お前達のことは、全て私たちの耳に届いているよ」 父がゆっくりと話し出した。 「つくしさんのこと、それから司君のこと・・・・彼女の今の状況も全て知っている。お前が真剣に彼女を愛しているということも、理解しているつもりだ」 「・・・・・・・・」 「私たちは、お前達の交際に反対する気はないんだ。お前が好きになった女性だ。素晴らしい女性だということは昨日彼女と話して再確認させてもらったし」 そう言って再び牧野の方を笑顔で見ると、牧野は頬を赤らめた。 「ただ・・・・わかっているとは思うが、お前が真剣に付き合っているということは、今後の花沢にも深く関わってくるということだ。そうなった場合、今のままの彼女では外野が黙っていないだろう」 「そんなこと・・・・!関係ない!俺には、牧野しか考えられない!」 思わず大きな声を出した俺を、父は落ち着き払って手で制した。 「だから、お前達の交際に反対する気はないと言っているだろう。問題はそんなことじゃないよ。それに、もう解決している話だ。今日お前達を呼んだのは私たちが決めた話を報告するためと、今後の計画に協力してもらうためだ」 「計画・・・・・?」 「私たちは、つくしさんとお前に一緒になってもらいたいと思っている」 「!!」 「だから、周りにもお前たちのことを認めさせたい。今のままのつくしさんをお前が愛していることは知っている。だが、いつの日か結婚したときに、このままではきっとつくしさんは辛い思いをすることになる。わかるか?花沢の家に嫁に来るということは、普通の結婚とは違う。当人同志が良ければ良いという理屈は通らない。だから・・・つくしさんに、お願いしたんだ」 「・・・・何を?」 「もう一度、大学に通ってもらうことをだ」 「!!」 その言葉に俺はもちろん、あきらも総二郎も驚いた。 「そして、しっかり勉強してもらう。大学の勉強だけではなく・・・花沢の人間になるために必要となること全て、卒業するまでに習得してもらいたいと思っている」 「牧野さんは、承諾してくれたのよ」 母の言葉に、俺は牧野の顔を見た。 「あの、黙っててごめんね」 牧野が慌てて口を開く。 「私たちが黙っているように言ったんだ。今日、みんなが揃っている席で報告したかったからね。これから卒業するまでの間、お前とつくしさんには充分に勉強をしてもらいたい。そして・・・・そのために、あきら君と総二郎君の力を借りたいと思っている」 そう言って父はあきらと総二郎を見た。 2人はちらりと顔を見合わせる。 「それは、どういうことですか?」 あきらが冷静に聞く。 「俺たちは何をすれば?」 と、総二郎。 「君たちには、君たちが教えられること全てを彼女に教えてやって欲しいんだ」 「あなた達は2人とも、いつ社交界に出ても恥ずかしくないと、私達も思っているわ」 「それはどうも・・・・・」 「総二郎さんには茶道と礼儀作法、あきらさんには社交ダンスや食事マナーなど、2人の得意分野を牧野さんに教育してあげて欲しいの。もちろん類にも役目があるわ。あなたの得意な音楽や絵画、語学などの知識をきちんと教育してあげて欲しいの。彼女が卒業するまでに、どこへ出しても恥ずかしくないように・・・・。そして、一番大切な役目。あなたはいつも牧野さんの傍にいて、彼女を支えてあげるのよ」 「もちろんあきら君や総二郎君にはそのためのお礼はさせてもらうよ。貴重な時間を割いてもらうわけだから・・・・。それから、君たちの仕事の邪魔もしないから安心してくれ」 悠然と笑う父を、俺たちは言葉もなく呆然と見ていた。
まさか、そんなことを言われるなんて・・・・ いずれ両親に紹介しなくちゃいけないとは思っていた。 だけど、いつ帰国するかもわからなかったし、しょっちゅう移動していてどこにいるかもわからない。だから、今度帰国したときに話をしようって。 ずっとそう思っていたのに、まさかこんなかたちで・・・・・。
喜んでいいのか、怒った方がいいのかも良くわからない。 目の前の牧野も、恥ずかしそうな、それでいて気まずそうな微妙な表情をしている。
「どうした?類。何か不満でもあるか?」 「いや・・・・不満はないけど、びっくりしてる。俺の知らない間にこんなことになってたなんて」 「・・・・・お前には・・・・悪いことをしたと思ってる」 「やめてよ」 「・・・・・いい男になったな。社会人としてはまだまだ足りないところばかりだが、それはこれからどうにでもなる。何事も経験だ。その経験を積むためにも・・・お前にはつくしさんが必要だろう」 「それでね、昨日牧野さんにも相談したんだけど・・・・牧野さんはなかなか首を縦に振ってくれなくて。類から説得してもらえないかしら?」 「?何を?」 不思議に思って聞くと・・・母の隣に座っていた牧野がなぜか慌てた素振りを見せる。 「牧野さんに、うちへ来てもらったらどうかと思って」 そう言って、俺の母親・・・花沢優子はにっこりと微笑んだのだった・・・・・。
|