***ブランコ vol.35***



 -akira-
 「・・・・・おもしれーな・・・・あんな余裕のない類、初めて見たかも」
 2人が行ってしまって。
 俺は先ほどまでの類の表情を思い出して1人笑っていた。
 そして牧野の笑顔・・・・・。
 恥ずかしそうに真っ赤になってはにかむ顔も、すねたような表情も、はじけるような笑顔も、どれも眩しくて・・・・
「やべえな・・・・・」
 あいつのいろんな表情が目に焼きついて、離れない。
 類にどんなに恨まれても、もう後戻りなんて出来ない・・・・・そう思った。
「そういや、総二郎のやつ・・・・」
 俺は類に聞いた話を思い出し、総二郎に電話をかけた。

 『・・・・・・なんだよ』
 電話口の向こうから聞こえてきたのは、総二郎の不機嫌そうな声。
 ってか、声枯れてねえ?
「なんだよ、風邪か?」
『おお。熱もあってさ、マジ参ったわ。今日は大学も休んだ。お前は、大学行った?』
「・・・・いや・・・・・」
 そう答えながら・・・・・・
 牧野と総二郎が、同時に風邪・・・・?
 俺の中に、ある疑惑が首をもたげる。
「・・・・・お前、牧野のバイト先に通ってたろ」
『・・・・ああ、まあな。何、類にでも聞いた?それとも牧野?』
「類。お前が、黙って牧野を連れ出したって怒ってたぜ」
『はは・・・・やっぱばれたか。牧野には言うなって言っておいたんだけど・・・・あいつ、嘘のつけねえ性格だからな』
「で、一緒に風邪ひいたわけだ」
『え、あいつも?やっぱり・・・・あそこ結構寒かったからな・・・薄着してたからジャケット貸してやったんだけど、やっぱ風邪ひいちまったか・・・』
「・・・・・・ふーん。2人で仲良く風邪ひいちまうほど寒いところへ行ったわけか」
『・・・・ちょっと待てよ。あきら、お前俺たちがどこ行ったか、聞いてねえの・・・・・?』
「いーや?俺は類から、『2人で食事した』ってことを聞いただけだぜ?」
 しばし沈黙。
 そのうち、電話口の向こうから盛大な溜息を聞こえてきた。
『・・・・・やられた・・・・・。てっきり牧野が全部しゃべったと思ったから・・・・・きたねえぞ、あきら』
「ふん、どっちが。で?どこいったんだよ?薄着してて風邪ひいたってことは外にずっといたんだろ?ってことは海かなんかか?」
『・・・・・あたり。俺が良く行くとこ・・・・夜の海に連れてった』
「なるほどね・・・で?その後車であいつんちまで送って・・・・眠りこけてるあいつにキスでもしたか?」
 抜け駆けされた事にイラついて・・・つい口から出た言葉。
 でも、電話口の向こうでは気まずい沈黙。
 まさか・・・・・
「・・・・ほんとにしたのか、キス」
『・・・・・あきらが俺の立場でも、してたんじゃねえ?』
「・・・・・・・・」
『・・・・・・・・』
「ま・・・・そうかもな。あいつ、今日バイト先で熱出してぶっ倒れたんだよ」
『ぶっ倒れた!?』
「ああ。ちょうど俺もそこにいたから、あいつを運んでやった」
『運んだって・・・どこに?』
「まずは病院に連れて行った。で、あいつんち電話したんだけど誰も出ねえから、俺のうちに連れてきた」
『・・・・・・で?』
「それだけだよ。類が心配して電話してきて、ここにいるって言ったら慌てて迎えに来た」
『は・・・なるほど。で?何した?』
「・・・・類と同じこと聞くな」
『・・・・・俺にああ言うってことは・・・あきらもあいつにキス、した?』
 俺はその問いには答えなかった。
 2人の間に、なんとも言えない沈黙。
「・・・・類には、言わないでおいてやるよ」
『ああ、俺も。ってか、病人に何してんだよ』
「お前に言われたかねえよ。大体、お前が俺の立場だったらキスだけじゃすまなかったんじゃねえの」
『バカ言うなよ。おれだってそこまで野獣じゃねえ』
 ふてくされたような物言いに、思わず噴出す。
 総二郎がどんな表情をしているのか、手に取るようにわかった。
 普段ポーカーフェイスをなかなか崩さないやつが・・・・
 全く牧野はたいした女だと思う。
『笑うな。・・・・ったく・・・・・具合が悪くなきゃ、そこまで行って殴ってるとこだぜ』
「物騒なこと言うなよ。ま、具合が悪いならおとなしく寝てな。昨日まで忙しくって何も出来なかった分、俺がその間に取り返しといてやるよ」
 俺のセリフに、総二郎が少し笑う気配がした。
『冗談。言っとくけど俺がマジになったら、あきらにはぜってえ負けねえぜ』
「それはこっちのセリフ」
 電話越しに、挑発しあう。
 お互い、絶対に弱みは見せられない相手だ。
 本気を出さなきゃ、負ける。
『・・・じゃ、大学でな』
「ああ、お大事に」
 そう言って電話を切った。
 携帯を握っていた手には、いつの間にか汗をかいていた。
 それに気づいて苦笑いする。
 こんな会話を、総二郎や類とすることになるとは思っていなかった。
 だけど・・・・・・
「・・・・・おもしろい・・・・・」
 本気だからこそ。
 今まで感じたことのない闘志が、胸のうちに漲っていた・・・・・。


 -rui-
 牧野を車に乗せ、家まで送るために走らせる。
 その間、俺はどうにも納まらないイライラを黙っていることで抑えていた。
「類・・・・もしかして、怒ってる・・・?」
 牧野が俺の顔を見ながら、恐る恐る聞いてくる。
「別に、怒ってない」
「嘘。あたしが倒れたこと怒ってるの?」
「怒ってないよ。何でそんなことで怒るの。具合悪かったのは仕方ないし、無理するのもいつものことだろ?」
「じゃ、何で・・・・・?」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・類ってば!」
 牧野が堪えきれずに俺の名を呼ぶ。
 俺は、溜息を着いて車を路肩に寄せた。
「・・・・興奮すると、また熱が上がるよ」
「ごまかさないでよ・・・・何怒ってるか教えて。あたしには知る権利があるでしょ?」
 牧野の言葉に、俺はふっと笑った。
「相変わらず強気な女」
「これがあたし。牧野つくしだもん。それとも、あたしのこと嫌になった?」
 急に、声音が弱くなる。
 顔を見ると、いつもの強気な表情に、泣き出しそうな色が見え隠れしていた。
「牧野・・・・・」
 俺はそのまま牧野を引き寄せ、何か言おうとする唇を塞いだ。
 舌を絡ませ、俺を押し戻そうとする手を掴んだ。
「・・・・ふ・・・・・・っ・・・・・・」
 すぐに息が上がってしまった牧野の唇を開放する。
「・・・・・風邪、移っちゃうよ・・・・・」
「移せば、良くなるよ」
「・・・・・類に迷惑かけたくない」
「迷惑だなんて思ってない」
 そう言って笑うと、牧野も少し安心したように微笑んだ。
「・・・・・俺が牧野を嫌になるなんて、ありえないよ」
「だって・・・・・」
「牧野が悪いんじゃない。ただ・・・・・・俺が、やきもち妬いただけ」
「・・・・・ひょっとして、美作さん・・・・・?」
「あれ、今日は鋭いね?熱のせい?」
 俺が笑うと、牧野はすねたように唇を尖らせた。
「茶化さないで。だって、それしか思い当たらないもん。今日は他に男の人と話したりとかしてないし」
「・・・・・あきらのこと・・・どう思ってる?」
「どうって・・・・友達でしょ?」
 牧野が戸惑ったように答える。
「じゃ、総二郎のことは?」
「西門さん?西門さんだって友達でしょ?何で急にそんなこと?」
「俺以外に、今身近にいるのはその2人でしょ。友達でも男は男。特にあの2人じゃ心配だよ」
 俺の言葉に、牧野はぷっと吹き出した。
「大丈夫だよー、だってあの2人が好きなタイプって、あたしとは全然違うでしょ?あの2人にとってあたしって『女』じゃないもん。類ってば、心配しすぎだよ」
 思わず溜息が出る。
「・・・・・牧野がそう思ってるなら・・・いいけど」
 鈍感な牧野。このまま気付かないならそのほうが良い。
 気付いてしまったらきっと牧野のこと、あの2人を傷つけないようにと悩むはずだから。
「変な類。心配しなくても、あたしそんなにもてないよ。それに・・・あたし、そんなに浮気性な女じゃないよ」
 まじめな顔でそう言う牧野に、つい笑みが漏れる。
「どうかな。俺が放って置いたらどうなるかわかんないじゃん」
「もう!・・・・・じゃ、放っておかないで?」
「え・・・・・」
「類が、あたしのことずっと捕まえててくれたら・・・・あたし、どこにも行かないよ」
 恥ずかしそうに、顔を赤らめてそんなことを言うから。
 また、離したくなくなる。
 このままどこかに閉じ込めてしまいたい。
 ずっと一緒にいたい・・・・・
「・・・・・・そんなこと言われたら、本当に離せなくなるよ・・・・・」
 そう言いながら・・・・・
 俺はまた、牧野を抱きしめた。
 今度は額にそっとキスを落として・・・・
「まだ熱い・・・・。明日はちゃんと休めよ」
「ん。そうする・・・・。ごめんね、心配かけて」
「ごめんねは聞き飽きたってば。とにかく、牧野が元気になってくれれば、俺はそれで良い」
 そう言って笑うと、牧野も笑って頷いた。

 こんな風に穏やかなときがずっと続けば良いのに・・・・・・
 そう思っていたのに。
 牧野はきっと、波乱を呼ぶ女なんだ。
 もうすぐそこに嵐がやってきていることに、俺も牧野もまだ気付いていなかった・・・・・。





  

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