-akira- 「・・・・・おもしれーな・・・・あんな余裕のない類、初めて見たかも」 2人が行ってしまって。 俺は先ほどまでの類の表情を思い出して1人笑っていた。 そして牧野の笑顔・・・・・。 恥ずかしそうに真っ赤になってはにかむ顔も、すねたような表情も、はじけるような笑顔も、どれも眩しくて・・・・ 「やべえな・・・・・」 あいつのいろんな表情が目に焼きついて、離れない。 類にどんなに恨まれても、もう後戻りなんて出来ない・・・・・そう思った。 「そういや、総二郎のやつ・・・・」 俺は類に聞いた話を思い出し、総二郎に電話をかけた。
『・・・・・・なんだよ』 電話口の向こうから聞こえてきたのは、総二郎の不機嫌そうな声。 ってか、声枯れてねえ? 「なんだよ、風邪か?」 『おお。熱もあってさ、マジ参ったわ。今日は大学も休んだ。お前は、大学行った?』 「・・・・いや・・・・・」 そう答えながら・・・・・・ 牧野と総二郎が、同時に風邪・・・・? 俺の中に、ある疑惑が首をもたげる。 「・・・・・お前、牧野のバイト先に通ってたろ」 『・・・・ああ、まあな。何、類にでも聞いた?それとも牧野?』 「類。お前が、黙って牧野を連れ出したって怒ってたぜ」 『はは・・・・やっぱばれたか。牧野には言うなって言っておいたんだけど・・・・あいつ、嘘のつけねえ性格だからな』 「で、一緒に風邪ひいたわけだ」 『え、あいつも?やっぱり・・・・あそこ結構寒かったからな・・・薄着してたからジャケット貸してやったんだけど、やっぱ風邪ひいちまったか・・・』 「・・・・・・ふーん。2人で仲良く風邪ひいちまうほど寒いところへ行ったわけか」 『・・・・ちょっと待てよ。あきら、お前俺たちがどこ行ったか、聞いてねえの・・・・・?』 「いーや?俺は類から、『2人で食事した』ってことを聞いただけだぜ?」 しばし沈黙。 そのうち、電話口の向こうから盛大な溜息を聞こえてきた。 『・・・・・やられた・・・・・。てっきり牧野が全部しゃべったと思ったから・・・・・きたねえぞ、あきら』 「ふん、どっちが。で?どこいったんだよ?薄着してて風邪ひいたってことは外にずっといたんだろ?ってことは海かなんかか?」 『・・・・・あたり。俺が良く行くとこ・・・・夜の海に連れてった』 「なるほどね・・・で?その後車であいつんちまで送って・・・・眠りこけてるあいつにキスでもしたか?」 抜け駆けされた事にイラついて・・・つい口から出た言葉。 でも、電話口の向こうでは気まずい沈黙。 まさか・・・・・ 「・・・・ほんとにしたのか、キス」 『・・・・・あきらが俺の立場でも、してたんじゃねえ?』 「・・・・・・・・」 『・・・・・・・・』 「ま・・・・そうかもな。あいつ、今日バイト先で熱出してぶっ倒れたんだよ」 『ぶっ倒れた!?』 「ああ。ちょうど俺もそこにいたから、あいつを運んでやった」 『運んだって・・・どこに?』 「まずは病院に連れて行った。で、あいつんち電話したんだけど誰も出ねえから、俺のうちに連れてきた」 『・・・・・・で?』 「それだけだよ。類が心配して電話してきて、ここにいるって言ったら慌てて迎えに来た」 『は・・・なるほど。で?何した?』 「・・・・類と同じこと聞くな」 『・・・・・俺にああ言うってことは・・・あきらもあいつにキス、した?』 俺はその問いには答えなかった。 2人の間に、なんとも言えない沈黙。 「・・・・類には、言わないでおいてやるよ」 『ああ、俺も。ってか、病人に何してんだよ』 「お前に言われたかねえよ。大体、お前が俺の立場だったらキスだけじゃすまなかったんじゃねえの」 『バカ言うなよ。おれだってそこまで野獣じゃねえ』 ふてくされたような物言いに、思わず噴出す。 総二郎がどんな表情をしているのか、手に取るようにわかった。 普段ポーカーフェイスをなかなか崩さないやつが・・・・ 全く牧野はたいした女だと思う。 『笑うな。・・・・ったく・・・・・具合が悪くなきゃ、そこまで行って殴ってるとこだぜ』 「物騒なこと言うなよ。ま、具合が悪いならおとなしく寝てな。昨日まで忙しくって何も出来なかった分、俺がその間に取り返しといてやるよ」 俺のセリフに、総二郎が少し笑う気配がした。 『冗談。言っとくけど俺がマジになったら、あきらにはぜってえ負けねえぜ』 「それはこっちのセリフ」 電話越しに、挑発しあう。 お互い、絶対に弱みは見せられない相手だ。 本気を出さなきゃ、負ける。 『・・・じゃ、大学でな』 「ああ、お大事に」 そう言って電話を切った。 携帯を握っていた手には、いつの間にか汗をかいていた。 それに気づいて苦笑いする。 こんな会話を、総二郎や類とすることになるとは思っていなかった。 だけど・・・・・・ 「・・・・・おもしろい・・・・・」 本気だからこそ。 今まで感じたことのない闘志が、胸のうちに漲っていた・・・・・。
-rui- 牧野を車に乗せ、家まで送るために走らせる。 その間、俺はどうにも納まらないイライラを黙っていることで抑えていた。 「類・・・・もしかして、怒ってる・・・?」 牧野が俺の顔を見ながら、恐る恐る聞いてくる。 「別に、怒ってない」 「嘘。あたしが倒れたこと怒ってるの?」 「怒ってないよ。何でそんなことで怒るの。具合悪かったのは仕方ないし、無理するのもいつものことだろ?」 「じゃ、何で・・・・・?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・類ってば!」 牧野が堪えきれずに俺の名を呼ぶ。 俺は、溜息を着いて車を路肩に寄せた。 「・・・・興奮すると、また熱が上がるよ」 「ごまかさないでよ・・・・何怒ってるか教えて。あたしには知る権利があるでしょ?」 牧野の言葉に、俺はふっと笑った。 「相変わらず強気な女」 「これがあたし。牧野つくしだもん。それとも、あたしのこと嫌になった?」 急に、声音が弱くなる。 顔を見ると、いつもの強気な表情に、泣き出しそうな色が見え隠れしていた。 「牧野・・・・・」 俺はそのまま牧野を引き寄せ、何か言おうとする唇を塞いだ。 舌を絡ませ、俺を押し戻そうとする手を掴んだ。 「・・・・ふ・・・・・・っ・・・・・・」 すぐに息が上がってしまった牧野の唇を開放する。 「・・・・・風邪、移っちゃうよ・・・・・」 「移せば、良くなるよ」 「・・・・・類に迷惑かけたくない」 「迷惑だなんて思ってない」 そう言って笑うと、牧野も少し安心したように微笑んだ。 「・・・・・俺が牧野を嫌になるなんて、ありえないよ」 「だって・・・・・」 「牧野が悪いんじゃない。ただ・・・・・・俺が、やきもち妬いただけ」 「・・・・・ひょっとして、美作さん・・・・・?」 「あれ、今日は鋭いね?熱のせい?」 俺が笑うと、牧野はすねたように唇を尖らせた。 「茶化さないで。だって、それしか思い当たらないもん。今日は他に男の人と話したりとかしてないし」 「・・・・・あきらのこと・・・どう思ってる?」 「どうって・・・・友達でしょ?」 牧野が戸惑ったように答える。 「じゃ、総二郎のことは?」 「西門さん?西門さんだって友達でしょ?何で急にそんなこと?」 「俺以外に、今身近にいるのはその2人でしょ。友達でも男は男。特にあの2人じゃ心配だよ」 俺の言葉に、牧野はぷっと吹き出した。 「大丈夫だよー、だってあの2人が好きなタイプって、あたしとは全然違うでしょ?あの2人にとってあたしって『女』じゃないもん。類ってば、心配しすぎだよ」 思わず溜息が出る。 「・・・・・牧野がそう思ってるなら・・・いいけど」 鈍感な牧野。このまま気付かないならそのほうが良い。 気付いてしまったらきっと牧野のこと、あの2人を傷つけないようにと悩むはずだから。 「変な類。心配しなくても、あたしそんなにもてないよ。それに・・・あたし、そんなに浮気性な女じゃないよ」 まじめな顔でそう言う牧野に、つい笑みが漏れる。 「どうかな。俺が放って置いたらどうなるかわかんないじゃん」 「もう!・・・・・じゃ、放っておかないで?」 「え・・・・・」 「類が、あたしのことずっと捕まえててくれたら・・・・あたし、どこにも行かないよ」 恥ずかしそうに、顔を赤らめてそんなことを言うから。 また、離したくなくなる。 このままどこかに閉じ込めてしまいたい。 ずっと一緒にいたい・・・・・ 「・・・・・・そんなこと言われたら、本当に離せなくなるよ・・・・・」 そう言いながら・・・・・ 俺はまた、牧野を抱きしめた。 今度は額にそっとキスを落として・・・・ 「まだ熱い・・・・。明日はちゃんと休めよ」 「ん。そうする・・・・。ごめんね、心配かけて」 「ごめんねは聞き飽きたってば。とにかく、牧野が元気になってくれれば、俺はそれで良い」 そう言って笑うと、牧野も笑って頷いた。
こんな風に穏やかなときがずっと続けば良いのに・・・・・・ そう思っていたのに。 牧野はきっと、波乱を呼ぶ女なんだ。 もうすぐそこに嵐がやってきていることに、俺も牧野もまだ気付いていなかった・・・・・。
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