どうしてあきらが?
あきらの声が電話口から聞こえた瞬間、俺の頭の中は真っ白になった。
昨日、牧野をうちに強引に泊めて・・・ バイト先まで送っていったまでは良かったけど、あの後の牧野のことがどうしても気になった。 どことなく、だるそうに見えた。 ずっと休みなくバイトをしているから、疲れているんだろう、と思った。 でもやっぱり気になって・・・・ それでも仕事が急がしくて、なかなか時間ができず、漸く時間を作れたのはもう夕方の5時近くて。
メールしてみたけど、返事はすぐに来ない。 電話をかけてみても、一度目は留守電になってしまった。 すぐにかけなおして・・・・漸く出たと思ったら、そこから聞こえてきたのは聞きたかった牧野の声ではなく、あきらの声だった。
あきらのとの電話を終えて、俺はその後の仕事を大急ぎでやっつけた。 次の日に回せるものは全て回し、急がなければいけないことだけを片付けると後を会社のものに任せ、すぐに車を走らせた。
あきらの家に着き、家に通されると俺は牧野の居場所を聞き、真っ直ぐにその部屋へと向かった。
扉の前に立つと、中から牧野の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。 俺はノックをしようとしていた手を止め、そのままドアを開けた。 「類!」 牧野が俺を見て、うれしそうに微笑む。 「牧野・・・・・今日、倒れたって」 「うん・・・・ちょっと熱があったみたいで・・・・・。たまたま美作さんがあそこにいてね、病院に連れて行ってくれたの」 「・・・・たまたま、ね・・・・・」 俺はちらりとあきらを見てみたが、あきらは俺のほうを見ずに知らん顔を決め込んでいる。 「で・・・・今は?まだ熱あるの?」 「えーと、さっき測ったときは少しあったけど・・・・でも、気分は大分いいの。明日にはきっとすっかり良くなると思うんだ」 「そっか・・・・。でも無理しないで、明日1日くらい休めば?」 「うん、さっき美作さんにもそう言われて・・・・だから、明日1日はお休みもらうことにしたの。その後2日仕事したら、また休みだし、それなら無理でもないしね」 そう言って牧野は笑った。 「・・・・・なら良かった。そろそろ帰る?」 「うん。あ、その前に・・・・えーと、美作さん、トイレ借りていい?」 牧野が少し照れくさそうに言うと、 「おお。あ、ワリイこの部屋のトイレ故障してんだ。明日業者が来ることになってんだけど・・・この部屋出て左の突き当たりにあるから、そっち使ってくれるか」 「うん。ってか、この部屋にもトイレあるって知らなかったよ。各部屋にあるの?すごいね」 感心しながらベッドから起き出して、部屋を出て行こうとする牧野。 「大丈夫?着いていこうか?」 と言う俺に、 「大丈夫。そんなに重病人じゃないよ」 と、ちょっと頬を赤らめて言い、出て行った。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは俺。 「・・・・なんで、あのビルにいたの?」 それを聞いて、苦笑するあきら。 「・・・あそこに俺が、仕事でいたとは思わねえの?」 「思わない。今日、牧野があそこでバイトだったから・・・だろ?牧野に会うためにあそこに行ったんだ。違う?」 「・・・ちがわねえ。もうごまかしてもしょうがねえわな。そのとおり、牧野に会いたかったんだ。で、あそこに行って・・・声かけようかと思ったら目の前でぶっ倒れて、めちゃくちゃあせったぜ」 「で・・・・・ここに連れてきて。それから?」 「それからって、それだけだよ。電話でも言っただろ?熱出して寝てるやつに、何が出来るって言うんだよ」 「・・・・・・・何もせずにいるほうが無理って気がする」 俺の言葉に、あきらが一瞬ぎくりとした顔をする。 それはほんの一瞬だったけど・・・俺の目はごまかせない。 「・・・・・・・何したの」 俺の表情が変わったのを見て取ったのか、あきらが俺から目を逸らす。 「だから、何もしてねえって!お前親友を疑うなよ」 「親友だからこそ・・・・あきらのこと良く知ってるから疑うんだろ」 俺の言葉にあきらが脱力する。 「お前な・・・・・」 「・・・・・あきらも総二郎も、このことに関しちゃ信用なんか出来ないよ。総二郎だって、俺に黙って牧野連れ出すし・・・」 「は!?なんだよそれ、俺聞いてねえぞ」 あきらの顔色がさっと変わる。 「俺だって総二郎からは聞いてない。牧野から、一緒に食事したって聞いただけで・・・・だけど、それを俺に黙ってたってことは下心があったってことでしょ?」 「・・・・ま、そういうこったな。しかし、総二郎のやつ・・・・やっぱりあいつが一番油断できねえな」 あきらの言葉に、俺は思わず顔をしかめる。 「俺から言わせれば、あきらだって変わんないよ。言っとくけど、牧野に何かしたらいくら2人でも絶対許さないから」 俺の言葉に、あきらの顔がこわばる。
「すっごい広くてきれいなトイレだね〜。しかもいいにおい。あのトイレもお母さんの趣味?」 ドアが開くなり、牧野がそう言いながら入ってくる。 それまでの張り詰めた空気が一瞬にして変わり、あきらがほっとしたように息を吐き出す。 「・・・この家のもんは、俺の部屋以外全部母親の趣味だよ」 「へえ〜。お嫁さんになる人大変だ。あ、でも同じ趣味の人なら問題ないか」 牧野の言葉に、あきらが顔をしかめる。 「バカ言うな。同じ趣味のやつなんて冗談じゃねえよ。大体、結婚したらここには住まねえし」 「あ、そうか」 「牧野、もう行こう」 俺が声をかけると、牧野は頷いたが・・・ 「うん。あ・・・・・」 と、急に何か思いついたようにあきらを見て、それからちょっと赤くなった。 ―――なんだ? 「どうした?」 あきらの言葉に牧野はちょっと言いづらそうにしていたが、ちょっとあきらのそばへ駆け寄ったかと思うと、何事か耳打ちをし始めた。 「牧野?」 その行動にむっとして俺は牧野を呼ぶ。が、牧野は答えずにあきらに何か言った後、あきらの反応を気にしているようだ。 「なんだ、そのことか。心配すんな。やったのは俺じゃなくて家政婦だから」 その言葉に牧野はほっと胸をなでおろしている。 あきらはちらりと俺のほうを見ると、小さく笑った。 「何の話?」 思わずむっとして聞くと・・・・ 「な、なんでもないよ!ほら、行こう!」 そう言って牧野が俺を引っ張る。 なんでもないって? それで俺が納得すると思っているんだろうか。 俺がじーっと牧野を見つめていると、牧野はうっとつまり、ちょっと視線を泳がせた後、仕方ないといった感じで溜息をついて口を開いた。 「・・・・・あたし、バイト中に倒れて・・・そのとき作業服着てたはずなのに、ここで目覚めたときには、私服に着替えてたから・・・・誰がやってくれたのかなって・・・・・」 「俺がやったと思ったんだろ。別に俺がやってやったって良かったけど」 そう言ってにやりと笑うあきら。 あきらをじろりと睨む俺。 牧野は、あきらの言葉に真っ赤になって「何言ってんのよ!」とか言ってる。 そういう顔、あきらに向けないで欲しい・・・・・。 「だから、家政婦にやってもらったって言っただろ。心配すんなよ」 くすくすと楽しそうに笑うあきら。 真っ赤になっている牧野の反応と、俺がやきもちを妬いているのを楽しんでいるんだ。 「牧野、行くよ」 俺は今度こそ牧野の腕を取ると、ドアを開けた。 「あ、待ってよ。あの、美作さん、ありがとう。今度お礼するから・・・・・」 「ああ、気にすんな。またいつでも来いよ。おいしい紅茶用意しとくから」 「うん!じゃ、また・・・・・」 「牧野!」 俺はあきらに笑顔を向ける牧野を引っ張り、手を振るあきらにちらりと視線を向けてから、その場を後にしたのだった・・・・・。
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