-akira- 俺は部屋を出ると、ふーっと溜息をついた。 ―――参ったな・・・ あいつを抱き上げたとき・・・あまりの軽さにびっくりした。 その体は見た目よりも細くって、力を入れて抱きしめたら、そのまま折れてしまうんじゃないかと思うくらい華奢で・・・・ あいつの熱が、移ってしまったみたいに自分の体が熱くなるのを感じて、正直焦った。 そして・・・・ 「あの顔は、反則だ」 熱のせいで、上気してほんのり赤く染まった頬と、潤んだ瞳。 ゆらゆらと揺れる瞳で見つめられたら、とても冷静でなんかいられない。 冗談にしてごまかしてしまったけれど、あのままだったらやばかった・・・・・。
俺は2人分の紅茶を入れると、再び部屋に戻った。 「おい、牧野――――と」 ベッドでは、牧野が再び寝息を立てていた。 俺はそっとテーブルに紅茶を乗せたトレイを置くと、静かにドアを閉めた。 「―――ったく・・・無理しやがって」 俺はベッドの横に置いてある椅子に座り、牧野の寝顔を見つめた。 まだ熱のせいで顔は赤かったが、呼吸はだいぶ楽になったようだ。 「・・・ガキみてえな顔」 まだあどけなさが残る顔。 それでも、ときどき女の顔も垣間見えて。 そんな顔をするようになったのは、きっと類のせいだろう。 牧野のことをずっと見てきて、こいつがどんな思いで司と付き合っていたか。どんな思いで別れたか。そしてどんな想いで類と付き合うことにしたか・・・ わかっているつもりだ。 わかっていてもなお、俺の想いは募るばかりで・・・・・。
もうやめようとか。 こいつは友達だからとか。 何度も自分に言い聞かせてきて。 それでもやっぱりダメだった。 こんなに1人の女に嵌るなんて、思ったこともなかった。
額に張り付いた前髪を、そっと指ですくう。 「ん・・・・・・・・・」 微かに反応する牧野。 それを見て、またうるさくなる俺の心臓。
―――このままじゃ、やばい・・・・・ 離れなければ。 そう思うのに、体が動かない。 俺の手が、牧野の頬に触れる。 火照った頬。 俺の手の温度が低くて気持ちよかったのか、擦り寄ってくるような仕草。 体が勝手に動く。 少しだけ開いた、ほんのりと赤い唇に誘われるように、顔を近づける。
唇まで、あと1センチ・・・・・
そのとき、突然どこかから何かの曲が響いてきた。
反射的に牧野から離れる。 「やっべ・・・・・」 俺は大きな溜息をつくと、音源を捜した。 「・・・・メールか・・・?」 それは、牧野のバッグの中から聞こえてきた。 しばらくすると曲は止み、また牧野の静かな寝息だけが部屋の中に響いた。
「そういや、類に連絡しなきゃいけないんだったっけ・・・」 そう言いつつ・・・・俺は牧野を見つめたまま、動けずにいた。 こいつがここにいるってわかったら、類のやつはどうするかな・・・・・ 仕事ほっぽって迎えに来るか、それとも俺のことを信用してこのまま任せてくれるか・・・・・ 「それはねえか」 きっとあいつは一も二もなく駆けつけるだろう。 元々自分の家の仕事に対しても執着がない。 もちろんジュニアとして家を継がなきゃいけないってことはわかっているんだろうが・・・・。 それでも、あいつにとって牧野以上に大切なものなんて、今はないんだろう。 それは類を見ていればいやって程伝わってくる。 本当だったら、幼馴染として、親友として、あいつのことを応援してやらなきゃいけない立場なんだろうな・・・・・。
でも、それが出来ない・・・・・ 俺はもう一度、牧野に触れようとして・・・・・ 今度は、さっきとは違う曲が牧野のバッグから聞こえてきた。 「・・・・・・今度は、電話か・・・・・・」 しばらくすると曲が止む。 が、またすぐに鳴り出す。
俺はしばらく放っておいたが、あんまりにもなり続けるから、仕方なく牧野のバッグから携帯電話を出すと、その画面を確認した。 「・・・・・類か・・・・・」 鳴り続ける携帯。 このまま放っておいたら、あいつのことだ、仕事そっちのけで牧野のバイト先に電話して、今日のことも調べて、そしてここまでたどり着くんだろうな。 そのまま放っておこうかとも思ったが・・・・・ 俺の手が、勝手に動いていた。 「もしもし」 電話の向こうで、一瞬息を呑む気配が伝わってくる。 「・・・・・・あきら・・・・・?」 「さすが、幼馴染。よくわかったな、声だけで」 「・・・・・なんであきらが牧野の携帯に出んの?牧野は?」 「寝てる」 「寝てる!?どういうこと!?」 その、余裕のない声に、苦笑いする。 「あきら!?今どこにいんの!!」 「でかい声出すなよ。聞いてるから。今、俺んち」 「・・・・あきらの家?何で・・・・・」 「あいつ、仕事中に熱でぶっ倒れたんだよ。ちょうど俺がその場に居合わせたから、病院に連れてった。で、あいつんち誰もいなかったから俺んちに連れてきた。心配すんなよ、何もしてねえから」 電話口の向こうで、沈黙する類。 きっと心配しているんだろう。 「お前、まだ仕事中だろ?終わったら迎えに来いよ。それまで俺が見ててやるから。・・・・・ま、ただ見てるだけって保証はないけど?」 「!!あきら!」 類の慌てた声に、思わず噴出す。 「ぶっ・・・・冗談だよ。熱出して寝込んでるやつ襲うほど、俺は野獣じゃねえよ。心配すんなって。とりあえず仕事ちゃんとやれよ。じゃあな」 そう言って俺は電話を切った。
きっと、あいつは猛スピードで仕事を片付けてここに来るだろうな。 親友だから安心して任せられるなんてこと、今はありえない。 俺の気持ちを知っているから。 きっと、司と牧野が付き合っているとき、類も同じ気持ちだったはずだ。 好きな女と2人きりでいて、たとえそれが親友の彼女だとしても、平気でいられるはずがないってあいつは知ってるはず・・・。
牧野を見ると、相変わらず無邪気な顔して眠っている。 「―――暢気なやつ・・・・」 本当なら、このまま閉じ込めておきたい。 類には渡さず、自分だけのものに出来たら・・・・・ だけど、それじゃダメだ。 今、そんなことをしてもこいつは手に入らない。 牧野の心も、体も、笑顔も全部手に入れるには・・・・無理やり奪うんじゃ、ダメなんだ・・・・・
「好きだ・・・・・」 掠れる声で囁く。 自分でも驚くほど、切なさが滲む声。
類が来る前に・・・・・ これくらいは許されるんじゃないか・・・・・? なんて勝手な解釈をして。
俺は、寝ている牧野にそっと顔を近づけ、唇を重ねた。 やわらかく、温かい唇。 熱で荒くなった呼吸が、まるで俺を誘っているようで・・・・ 俺は2度、3度と続けてキスをした。 「・・・・・ん・・・・・・・」 3度目のキスの後、牧野が微かに身じろぎをして・・・・ ゆっくりと、その目を開いた。 「・・・・・美作さん・・・・・・」 焦点の合わない目で俺を見上げる。 「・・・・類から、電話あったぞ」 「・・・・・え!」 俺の言葉に、一気に目が覚めたように目を見開く。 「仕事終わったら、迎えに来るって。だから、それまではここで休め」 「あ・・・・・ありがと・・・・あの、類、なんて・・・・・」 「別に、そんだけ。仕事中だったみてえだし」 「そっか・・・・・」 「紅茶、入れたけど・・・・もう冷めちまったな。もう1回入れなおしてくる」 そう言って立ち上がろうとした俺を、牧野が慌てて止める。 「あ、いいよ、それ、飲む。熱いと飲めないし・・・」 「そうか?じゃ、ちょっと起きろよ」 「うん」 牧野はベッドに起き上がり、俺の渡した紅茶をゆっくり飲んだ。 「・・・・おいし・・・・。美作さんて、こういうの上手だよね」 「慣れてるからな。お前、紅茶好き?」 「うん!うちでは安物の紅茶しかないけどね。でも好き」 『好き』 その言葉に、思わずどきりとする。 「・・・・じゃ、また来いよ。いつでも入れてやる、おいしいやつ」 「ほんと?うれしい!じゃ、今度来るときはお茶菓子作ってこようか」 「げ。食えるやつか?それ」 「あー、ひっどい!超うまいっつーの!」 「お前、女がうまいとかゆーなよ、おいしいって言え」 そう言って笑いながら・・・・
今度こいつが来たときのために、おいしい紅茶を用意しておいてやろうと、俺は思った・・・・・
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