-tsukushi- 「まさか、類の家から出勤することになるなんて」 あたしは車の助手席で溜息をついた。 「でもちょうど良かった。俺1人だと、なかなか起きられないんだよね」 と、類が笑う。 昨日、あれから結局類に流され、類の家に泊まってしまったあたし・・・。 車で送ってく、という類の好意に甘えてこうしてバイト先へ向かっているところだった。 「家政婦さんに起こしてもらうんでしょ?いつも」 「ん。でも、大抵1回では起きられないし。できれば毎日牧野に起こして欲しいなあ。今日もうちに来ない?」 「な、何言ってんのよ!」 あたしが慌てて言うと、類が笑い出す。 「冗談だよ。あんたってやっぱりおもしろい」 「もう・・・・・」 毎日起こして・・・・って、毎日あんなんじゃ寝不足になっちゃうよ・・・・・。 あたしは、昨夜のことを思い出し・・・・カーッと顔が熱くなっていくのを感じた。 「何赤くなってんの」 類がニヤニヤしながらあたしを見る。 「な、なんでもないよ!」 「・・・昨日のこと、思い出しちゃった?」 なんて含み笑いをしながら言うから。 ますます恥ずかしくなってしまうあたし。 「そ、そんなんじゃ・・・・!」 「昨日、すごくかわいかった」 にっこりと微笑む類。 な、何でそんなこと、そんな顔で言うかなー! 「ぶっ・・・・・・牧野、顔真っ赤だよ」 「だ、誰のせいよ!!」
今日のバイト先は、久しぶりのあのビルだ。 清掃会社の休みも終わり、また昼間は清掃、夜は居酒屋というバイト生活が始まる。 「じゃ、夜また迎えに行くから」 「うん、じゃあね」 そう言ってシートベルトを外して降りようとすると――― 「きゃっ!?」 突然横から腕が伸びてきたかと思うと、あっという間に類に抱きしめられ、唇を塞がれた。 「・・・・・っんっ・・・・・・・・!!」 いきなりの深いキスに、あたしの頭の中は真っ白。 必死で身を捩るが、男の人の力に敵うはずも無く・・・・ 漸く開放されたころには、すっかり息が上がっていた・・・・。 「もう・・・っ、遅刻しちゃうよ!しかも、こんなとこで・・・・」 車の外は、結構人通りもあるのだ。 「誰も見てないよ。それに・・・・牧野が悪い」 「な、なんで!」 「俺を煽るから」 「煽ってなんか・・・!」 「いいの?時間」 類の言葉にあたしははっと我に返る。 やば! 「い、行ってくる!」 「行ってらっしゃい」 車の中から余裕の笑顔で手を振る類。 それを振り返る余裕もなく、あたしはビルの中へ駆け込んで行ったのだった・・・・。
相変わらず広いビルの中で、あたしはもくもくと掃除をしていたが・・・・・ ―――なんか、だるい・・・・。風邪引いたかな・・・・・ おととい西門さんと海に行ったとき、結構寒かったから・・・・。 熱っぽいような気もしたが、このくらいは気力で何とかなるような気がした。 あと少しで昼休みだし・・・・・ そう思って、あたしは気合を入れようと体を伸ばそうとしたが、その瞬間・・・・・
グラリ
体が揺れた。 かと思ったら、急に目の前の風景が歪み、力が抜けていくのを感じた。
「牧野!!」
目の前が真っ暗になる直前、誰かの声が聞こえた気がした・・・・・。
-akira- N.Y.から帰ってきてからというもの、家の仕事を押し付けられて朝から晩まで走り回ってすっかり睡眠不足だ。 当然、牧野と会う時間なんてこれっぽちもなかった。 類も忙しそうだと聞いていた。 それでも居酒屋のバイトの帰りの時間までには何とか片付けて迎えに行ってるらしい。あいつは、牧野が関わると本当に人が変わる。いや、それが本来のあいつの姿なのかな・・・。 総二郎は何も言ってこないけどたぶん牧野と会っているんだろう。 あいつのことだ。毎日のようにあのファミレスに通いつめてるに違いない。 焦っても仕方がないことだとはわかっているけど、落ち着かなかった。 それ以上に、牧野に会いたかった。 仕事に追われて精神的にも疲れきって。 早く牧野の笑顔がみたかった。 牧野の笑顔が見られれば、疲れなんか吹っ飛ぶ。 そう確信してた。
今日の牧野のバイトは、例のビルでの清掃だとわかっていたから、俺は大学に行く前にビルへ向かった。 「お疲れのようですから、今日はおやすみになれば」 そう言われたが、おとなしく家にいるよりも、牧野に会った方が癒される。
その姿はすぐに見つけた。 相変わらず仕事をしているときのあいつは生き生きとしている。 が・・・・・ あいつ、どうしたんだ・・・・・? 何か、おかしかった。 動きに、いつもの切れがない気がした・・・。
次の瞬間、牧野の体が揺らいだと思うと、そのまま前に倒れこんだ。
「牧野!!」
瞬間、俺は駆け出していた。 「おい!牧野!!」 牧野の体を抱き起こす。 牧野の体が、熱かった。 呼吸が荒い。 「熱があるのか・・・おい、牧野・・・?」 「どうしたんですか!?」 この会社の社員が俺に気付いて駆け寄ってくる。 「救急車を呼びますか?」 「・・・いや、それよりも俺の車を使った方が早い。悪いけど、地下の駐車場まで先導してくれるか?これ、車のキー」 そう言って俺は、車のキーをその男に渡した。
-tsukushi- 体がだるい・・・・・。 まぶたが重い・・・・・。 でも、なんだろう・・・・良いにおい・・・・・これは・・・・バラ・・・・?
ゆっくりとまぶたを開く。 「・・・・・・・?」 明るい天井。 ここはどこ? 「よお、気付いたか」 声の方を見てみると、そこには美作さんが座っていた。 「美作さん?何で・・・ここどこ?」 「俺んち。お前、あのビルでぶっ倒れたんだよ。覚えてねえ?」 「・・・・倒れた?あたしが?」 「そ。すげぇ熱があったから、俺の車で病院に連れてった。風邪だろうって言われたけど・・・過労もあるみたいだな。お前、N.Y.から帰ってきて、ろくに休んでねえだろ」 「うん、まあ。でも、これくらいいつも平気なのに・・・」 「過信するな。いくら稼ぎたくたって、倒れてたら世話ねえよ。自分の健康管理くらいしっかりしねえと」 「・・・・だね。ありがとう、美作さんが運んでくれたの?あのビルにいたんだ」 「ああ、たまたまな・・・。お前んちに運ぼうと思ったんだけど、誰もいねえみたいだし、とりあえずここに運んだ」 「ここ・・・・美作さんの部屋?」 周りを見回す。 広い部屋にはバラの花が飾ってあり、なんだかメルヘンチックな・・・・ 「バカ言うな。ここは客間。こんな少女趣味な部屋、俺の部屋な訳ねえだろ」 顔をしかめて言う美作さんがおかしくて、思わず噴出す。 「・・・・・・大丈夫そうだな」 美作さんが、優しく微笑む。 「お前が元気ねえとこっちまで調子狂う。そうやって笑っててくれよ」 あたしの目をじっと見つめて、そんな風に言ってくれるもんだから、思わず赤くなってしまう。 「な、何言ってんのよ、急に。いつもうるさがるくせに」 「だから、うるさいくらいでお前はちょうどいいんだよ。お前のそういう元気なところ、俺は好きだよ」 ドキン。 別に、深い意味じゃなくて、友達としてってわかってるけど。 その整ったきれいな顔で見つめながら言うもんだから、どう返したらいいのかわからない。 その上、美作さんはあたしをじっと見つめたまま動かないもんだから、なんだか緊張してしまって変な汗が出て来た。 ―――な、何?この空気は。 「・・・・・・・・・・・・・ぶっ」 突然美作さんが、耐え切れなくなったように吹き出した。 「な・・・・!」 「お前、なんて顔してんだよ」 「だだ、だって、美作さんが急に変なこと言うから!」 「どもんなよ。本気で口説かれると思った?」 「べべ、別に!」 「だからどもんなって。ほんとお前っておもしれえな。一緒にいて飽きねえわ」 「・・・・・・・・・それはどうも」 いつまでもおなかを抱えて笑ってる美作さんを、あたしはじろりと睨んだけれど・・・・ 「ま、でも安心したよ。その分なら大丈夫そうだよな。けど、居酒屋のバイトは休めよ」 「え・・・・・」 「え、じゃねえだろ。まだ熱下がってねえんだぞ。今日は休め」 「でも、類が・・・」 「ああ、俺が連絡しといてやるから。まだお前の家族も戻ってねえだろうからもう少しここで休んで行けよ」 「そ、そんなわけにいかないよ!もう大丈夫だから・・・バイトは休むけど、家に帰るよ」 「・・・・ふーん・・・?」 そう言って美作さんはちょっと細目であたしを見て・・・・起き上がろうとしたあたしの額を人差し指でツンと押した。 と、あたしはまたそのままベッドにとすんと倒れた。 「な・・・!」 「ほれみろ、まだふらふらしてんじゃねえか。いいから休んでけ。今何か飲み物持ってきてやる。いいか、動くなよ」 そう言って美作さんはあたしに向かってびしっと指差しをすると、そのまま部屋を出て行ってしまった・・・。
「・・・・・・・・何よ、もう」 普段見たことのない美作さんの顔を見てしまった気がして、なんだか落ち着かなかった。 熱のせいか、やっぱり体がまだだるい。 目を閉じてみると、急に体が重くなったように、ふわふわのやわらかいベッドに沈んでいくような、奇妙な感覚がして・・・・ そのままあたしはまた、眠りに落ちていった・・・・・
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