***ブランコ vol.30***



 *総つくっぽい要素が含まれますので、ご注意ください。
 
 -soujirou-
 帰りの車の中で。
 妙に静かだなと思って横を見てみたら、牧野が眠りこけていた。
 連日バイト漬けで、N.Y.から帰ってきてからもろくに休んでいないのだから疲れていて当然といえば当然だが・・・・・。
「男の隣で、平気で寝るなよな・・・・・」
 こいつはこういうやつなんだと、認識はしてるつもりだけど・・・
 惚れてる女が隣で寝息を立てているのを平気で見ていられるほど、俺も大人になりきれていない。

 ―――無防備な顔しやがって・・・・・


 牧野のアパートについても、まだ起きない。
 あまりに気持ち良さそうに寝ているから、すぐに起こすのもかわいそうな気がしたが・・・・
「・・・・ずっとこうしてるわけにもいかねえよな・・・・俺がもたねえ・・・・・」
 溜息をついて、隣の牧野を見つめる。
 ほんの少し開いた唇から漏れる静かな寝息。
 伏せられた睫は、意外と長く、無邪気な寝顔は子供のようでいて、女の色香も感じさせて・・・・・
「どうすんだ、これ・・・・・」
 さっきからずっと、心臓が落ち着かない・・・・・。
 牧野の寝顔から、目が離せなくて・・・・・
 自然に、体が動いていた・・・・・。
「お前が、悪いんだぜ・・・・」
 耳元に、言い訳を囁いて・・・・・
 
 牧野の唇に、自分の唇を重ねる。

 やわらかい感触に、酔いそうになる。

 髪から香る甘い香りが鼻腔をくすぐる・・・・・。

 そのまま溺れそうになるのを、どうにか理性をかき合わせて自分にストップをかける。

 そっと唇を離し、頬にかかっていた髪を指ですくう・・・・と、伏せられていた睫が微かに震え、まぶたがゆっくりと開いた・・・・・。

「ん・・・・・・あれ・・・・・」
「・・・・・・よく寝てたな。もう着いたぜ」
「え、嘘。あ、ほんとだ・・・・」
 牧野は慌てて体を起こし、窓の外を見た。
「うわ・・・・ごめん、西門さん」
「別に。疲れてんだろ。俺こそ悪かったな、付き合わせて」
 と言うと、牧野はちょっと意外そうな顔をして俺を見た。
「なんか、優しい西門さんって変」
「お前な・・・・」
「あはは、うそうそ。あたしも楽しかったからいいよ。送ってくれてありがとう」
 そう言って車から降りると、
「じゃ、おやすみなさい!事故らないように気をつけてね!」
 と手を振って、アパートの階段を駆け上がっていった。
「・・・・・類の運転と一緒にするなっての・・・・」
 そう言って、俺も軽く手を振ったが・・・・・。

 牧野の姿が扉の向こうに消えたのを確認してから、俺ははーっと大きな溜息をついた。
「・・・・・参ったな・・・・・」
 片手で口を押さえる。
 顔が熱い。
 今自分がどんな顔をしているのか。鏡を見なくてもわかった。
 きっと、どうしようもないくらい真っ赤になっている。

 牧野がかわいくて。
 どうしようもなく愛しくて。
 自分で自分をコントロールできない。

 俺がこんな気持ちになるなんて・・・・・

 俺はもう一度、牧野の部屋を見上げ・・・・・
 そっと、呟いた。
「・・・・・・・好きだよ・・・・・」
 
 その呟きは誰にも届くことなく、夜の静寂に消えて行った・・・・・。



 -tsukushi-
 「牧野さん、あくび」
 翌日のバイト中。
 ファミレスの店長に指摘され、慌てて口を閉じる。
「しっかりしてくださいね」
「はい・・・」
 じろりと横目で睨まれ、あたしは素直に返事をするしかない。
「大丈夫?すっごい眠そうだよ」
 同僚の女の子に言われ、笑って頷く。
「大丈夫。ちょっと眠いだけだから」
「なら良いけど・・・・あ、あの人、今日も来たよ」
 そう言われて店の入口に目を向けると、ちょうど西門さんが入ってくるところだった。
「相変わらずカッコイイよね〜。あ、つくし、行って来てよ」
「あ、うん・・・・」
 あたしは西門さんのところへ行くと、席まで案内した。
「昨日はごちそう様」
 とあたしが言うと、西門さんはいつものようににやりと笑って頷いた。
「どういたしまして。うまかっただろ?また連れてってやるよ」
「じゃ、今度は本当にみんなで行こうよ」
「あー・・・そうだな」
 席に案内すると、西門さんはメニューを開きながら、口を開いた。
「・・・昨日のことだけど」
「え?」
「類には、言うなよ」
「・・・・なんで?」
「俺が殺される」
「だって別に、やましいことないでしょ?」
「・・・って、あの類がそれで納得するとは思えない」
「・・・・隠し事は、したくないんだけど」
「じゃ、言っても良いけど、俺があいつにぼこぼこにやられたら、お前責任取ってくれんの?」
 そう言って、半目であたしを睨む西門さん。
「責任って何よ」
「もし手ぇ怪我して使いもんにならなくなったら、どうすんの?近く茶会もあんのに、お前代わりやれんの?」
「そ、そんなの、無理に決まってるじゃない!」
「じゃ、言うなよ」
「・・・・・・・わかったわよ」
 あたしはしぶしぶ頷く。
 全く勝手なんだから・・・・・。
 大体、内緒にするくらいなら最初からあたしを誘わなきゃ良いのに。
 そんなことを思っていると・・・・
「あ」
 西門さんが、入り口の方を見て驚いた表情をする。
「え、何?」
 つられてあたしも振り向くと・・・・・
「類!?」
 店の入口には、不機嫌そうにこちらを睨みながら立っている類の姿が・・・・・


 「びっくりした。どうしたの?」
「びっくりしたのはこっち。何で総二郎がここにいんの」
 西門さんと同じテーブルに案内して。
 席に着いた類は前に座る西門さんをじろりと睨む。
「・・・や、今俺も暇でさ。お前もあきらも、仕事でいねえし暇つぶしにちょうどいいんだよ」
 と言う西門さんの言葉にも納得いかない様子で。
「こんなとこまで来て暇つぶし?総二郎の家からだいぶ遠いじゃん」
「家の近くは知ってるやつが多いし。うぜえんだよ、近所のおばちゃんとかにつかまると」
「・・・・・・・・ふーん・・・・・・・・・」
「えっと・・・・・ご注文は?」
 不機嫌なオーラを放つ類に、恐る恐る声をかける。
「コーヒー」
「あ、俺も」
「じゃ、コーヒー2つで・・・・」
 オーダーを取ると、あたしはそそくさと厨房に引っ込んだ。
 ―――やっぱり、昨日のことは言わない方がいいかも・・・
 ちらりと2人のほうを振り返り・・・・
 眉間に皺を寄せたままの類を見て、そう思ったのだった・・・・・。


 -rui-
 昨日1日牧野に会えなくて。
 どうしても会いたくなって、仕事の合間にここまで車を飛ばしてきたら、窓から見えたのは総二郎と牧野が何か話している光景。
 どうして総二郎が?まさか、今までにもこうして会ってたのか?
 ふつふつと湧き上がる嫉妬心をどうにか抑えながら、同じ席に着く。
「そう睨むなって」
「・・・・・ここ、よく来てるの」
「・・・・・まあな。暇してるのは本当だし。別に会いに来るくらい良いだろ?」
「・・・・・本当に会いに来てるだけ?」
「当たり前だろ。あいつはここのバイトの後も居酒屋のバイトが入ってて遊んでる時間もないだろ」
「・・・・昨日は?」
「え・・・・」
「昨日は、俺が迎えにいけないから、居酒屋のバイトは休ませた」
「へえ。知らなかったな」
 総二郎はそう答えたけど・・・・・
 こっちを見ようとしないのはなぜだ?
 俺はじっと総二郎を見ていたけど、総二郎は俺と目を合わせようとしない。
 
「はい、コーヒーどうぞ」
 牧野が2人分のコーヒーをテーブルに置いた。
「おー、サンキュー。お、類、言っとくけどここのコーヒーまずいぞ」
 総二郎の言葉に、牧野の顔が引きつった。
「あのね・・・事実だとしても、ウェイトレスの前で言わないでくれる?」
「はは、ワリイワリイ」
「全くもう」
「・・・・・牧野、今日もバイト、休めない?」
 俺の言葉に、牧野は目を丸くする。
「ええ?無理だよ、2日も続けて・・・・。何で?今日も仕事、入ったの?」
「いや・・・・そうじゃないけど・・・・」
「類?」
 牧野が不思議そうな顔をして首を傾げる。
「・・・・・・俺が代わりに迎えに行ってやっても良いけど・・・・」
「ダメ」
「・・・・やっぱり」
「なんでもないよ。気にしないで。今日はいつもどおり迎えにいけるから」
 そう言って笑って見せると、牧野もほっとしたように微笑んだ。
「ん。わかった。じゃ、あたし戻るね」
 そう言って牧野が戻っていく。
 
 総二郎の行動が気になる。
 場数で言えば、総二郎には敵うわけない。
 牧野に限って、とは思うけど。
 総二郎が本気で牧野を口説いたら・・・・・
 総二郎のことをよく知っている牧野だからこそ、総二郎の本気を見せられたら、どうなるか・・・・・

 「じゃ、おれもう行くわ。今日はこれからちょっと忙しいんだわ。ここは払っとく。またな、類」
「あ、ああ、さんきゅ」
 総二郎が伝票を持っていくのを見送って・・・・

 やっぱり、ここは牧野に注意しとくしかないな・・・・

 そう思って、俺は小さく溜息をついた・・・・・





  
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