―――やめてよね、そういう不意打ち」
不意打ちは、お前の方だ。 真っ赤になって、上目遣いで俺を睨む。 そういう顔、すげぇそそられるってわかってねえよな、こいつは。 まあもちろん、こいつに惚れてるからこそ、なんだけど。
N.Y.での一件が終わって。 それぞれが新しいスタートを切ることになって。 でも帰ってきてからは類もあきらも忙しいようでなかなか時間を取れないでいるようだった。
もちろん、こんな機会を俺が逃すはずがない。 バイト漬けの牧野。 何とかチャンスを作ろうと毎日バイト先に通い、ついに今日、そのチャンスがやってきたというわけだ。 何とかうまく食事に誘うことは出来た。 さて、この後はどうするか・・・・・
「なあ、この後って何か予定あるか?」 「え?この後?別に・・・・元々バイト行くつもりだったからね」 牧野が残念そうに答える。 こいつはマジで、働くの好きだよなあ。 「じゃ、ちょっと付き合えよ。まだ時間もはええし。ちゃんと家まで送っていくから」 「付き合うって・・・どこに?」 「ドライブ」 俺がにやりと笑って言うと、牧野は途端に警戒した顔になる。 「何であたしと?また何か企んでない?」 「アホ。警戒すんなよ、俺がそんな悪い男に見えるか」 警戒してるといっても、男として、じゃないんだよな。こいつの場合・・・・。 「見える。ってか、あたしと2人でドライブなんかしたっておもしろくないでしょ」 「あっさり言うな・・・。行きたいところがあんだわ。車で30分くらいだけど、1人じゃつまんねえし。牧野でも誰もいないよりましだし。一応女だし?」 「あったまくる、そういう言い方」 額に血管浮き上がってやがる。 こいつはほんとにからかい甲斐のあるやつだ・・・。 本当は牧野だからこそ一緒に行きたいのだが、そんなこと言ったらこいつは逃げ出すだろうから。 警戒心を持たせないよう、あくまでも女として見ていない振りをする。 「そうおこんなって。ここの飯は奢ってやるから」 「別にそんなの良いけど・・・・どこに行きたいの?」 怒りながらも、俺の行きたいところがどこか気にしてくれるあたり、こいつのお人好し加減が現れてる。そういうところが・・・・好きなんだ。 「付き合ってくれんの?」 「・・・・・暇だし?N.Y.のことではお世話になったしね」 「・・・・義理堅い女。そういうとこ、かわいいよな、お前」 と言ってみると、牧野の顔がみるみる赤く染まる。 ・・・・・・・・・・・・・・こういうのが、不意打ちなんだ。 いつも強気な態度取ってるくせに、ちょっとしたことで女の顔を見せやがる。 そういう顔を見るたびに、反応に困るのはこっちの方だ。 心臓が、いつもよりもずっと早い鼓動を打ち始める。 「きゅ、急に変なこと言わないでよ。借りを作りたくないだけ。で・・・30分くらいで行けるとこでしょ?別に良いよ、付き合っても。ちゃんと帰りも送ってくれるんでしょ」 「お、おお。任せとけ」 ―――やべえやべえ・・・・・。こんなことでいっぱいいっぱいになってるようじゃ、俺もまだまだだな・・・・・。
「どこまでいくの?そろそろ教えて欲しいんだけど」 車に乗って20分ほどしたところで、牧野が痺れを切らしたように言った。 「そうあせんなよ。そろそろ着くから」 その言葉に牧野は肩をすくめ、車の外へ視線を移した。
その10分後、漸く目的の場所に着き、俺は車を止めた。 「・・・・・真っ暗だよ?ここどこ?」 ちょっとだけ心細そうな声を出す牧野に、俺はくすりと笑いを洩らす。 「耳澄ましてみ。なんか聞こえてこねえ?」 車を降りて、牧野はじっと耳を澄ます。 目の前には松林が広がっていていたが、走ってきた道にも俺たちの行こうとしている先にも街灯はなく、何も見えなかった。 「・・・・波・・・・・?」 「正解。ここ、海だぜ」 「海!?」 「そ。ほら、行こうぜ」 そう言って俺が歩き出すと、牧野が慌てて着いてくる。 「待ってよ!暗くって・・・・前、見えないんだけど。西門さん、何で普通に歩けんの?」 「そりゃ、知ってる場所だから、慣れてるってだけ。ほら、つかまれよ」 そう言って腕を差し出してやると、少し戸惑ったような素振りの後、遠慮がちに俺のジャケットの袖口をつまんだ。 ・・・・・・何の躊躇もなく腕を組まれるよりも、よほどドキッとする仕草だよな・・・・・。
俺は、牧野が転ばないように松林の中をゆっくりと歩いた。 「足元、気をつけろよ」 「わかって・・・・・ぎゃっ」 言ってるそばからよろける牧野を、倒れる寸でのところで抱きかかえる。 「・・・・っと。大丈夫か?ってか、色気のねえ声」 クックッと笑うと、牧野が慌てて俺から離れる。 「な、何よ、しょうがないじゃない。何にも見えないんだもん」 「わあってるよ。ほら、離れたら歩けねえだろ?ちゃんとつかまれよ」 そう言って手を引いてやると、今度は素直に従う。 ・・・・俺の心臓は、さっきからどくどくと落ち着かない。 さっき牧野を抱きかかえたときの柔らかな感触が手に残っていて、そこから体が熱を持っていくようだった。 まるで、初めて恋をする中学生のようだ。
漸く松林を抜け、砂浜に出る。 目の前には、月明かりに照らされた夜の海が広がっていた。 「うわ・・・・きれー・・・・・」 「だろ・・・・・?夏の海とは全く違う・・・・ここは、異世界なんだ・・・・・」 白い波が月の光を反射し、きらきらと輝いている。 俺たちはしばらく、しゃべることも忘れ、その場にたたずんでいた・・・・・。
ふと牧野を見ると、少しだけ体が震えていた。 長袖のカットソーとジーパンという軽装。 もう5月とはいえ、夜は冷える。特にここは風も強いからなおさらだ。 俺は、自分の着ていたジャケットを脱ぐと、牧野の肩にかけてやった。 牧野が、小さく「え」といって振り向く。 「い、いいよ、大丈夫」 「馬鹿。風邪ひかれたら俺が困る。良いから着てろ」 「だって、西門さんが・・・・」 「俺はだいじょーぶ。これ結構厚手だし。遠慮すんな。・・・・ってか、それでも寒いくらいじゃねえか?大丈夫か?」 まだ少し震えている牧野が心配になる。 「だ、大丈夫・・・・」
-tsukushi- 急に優しい言葉をかけてくるから、なんだか落ち着かない・・・・・。 なんだか、今日の西門さんはいつもと違うみたいで、緊張してしまう。 少し気まずくて、あたしは西門さんからふいっと顔を逸らすと、前の海を見つめた。 風が強くて寒いくらいだけど、それが今は心地よかった。 訳もわからず火照った体を、夜の空気が冷ましてくれるみたい・・・・ なんて思っていると、ふいにふわりと温かいぬくもりを背中に感じて、びっくりする。 西門さんが、後ろからあたしを軽く抱きしめるように腕を回してきたのだ。 「ちょ、ちょっと何してんのよ?」 あたしが慌てて離れようとしても、西門さんは離してくれない。 「風が強くて、寒いだろ?こうしてりゃあ少しはあったかい。別に深い意味はないから気にすんな」 「気にすんなったって・・・・!」 気になるっつーの! 日ごろ鈍感だと言われているあたしも、さすがにこの格好はやばいと思うんだけど! 深い意味がないことくらい分かってるけど・・・・・ 背の高い西門さんからふわりと漂ってくる香り・・・・これは、香水・・・・・? 類とは違う男の人の匂い・・・・ あたしの心臓は、さっきからどきどきと落ち着かなくて、その音が西門さんに聞こえてしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。 周りには誰もいなくて、波の音しか聞こえない。 なんだか本当に異世界に迷い込んでしまったみたいで、西門さんとここに2人きりというのが、妙に落ち着かなかった・・・・・。
「たまに・・・・ここに1人で来て、海を見るんだ」 「・・・・夜に?」 「そ。だーれもいなくって、世界に俺1人だけ・・・・そんな錯覚を覚える」 「寂しくないの・・・・・?」 「・・・・・だけど、自分は確かに生きてるって、思えるよ。波の音を聞いて、月明かりに照らされた海を見て・・・・この世界に、確かに俺はいるんだ・・・・ってね。カッコイイだろ?」 「・・・・・・・・気障」 だけど本当にそれが格好良いから笑えない。 自分で茶化すように言ってるけど、きっと1人でここに来るときは落ち込んでいるとき・・・・・誰にも、見られたくないときなんじゃないかと思えた。 「あの・・・・あたしが一緒で、良かったの・・・?」 そんな大切な場所に、どうしてあたし・・・・・? 「ああ。今日は、お前ときたかった。お前は・・・・特別だよ」 背中に感じるぬくもりがくすぐったい。 西門さんの低い声が頭の上から聞こえて、なんだかそっちを見れない。 「特別って・・・・・」 「深い意味はねえよ。俺らF4にとって、牧野つくしって存在は特別だってこと。司や類だけじゃない。俺やあきらも・・・・お前と出会ってから、変わったんだ」 「・・・・・・・・・・」 そう言われても、よくわからない。 あたしにとっては毎日戦争のようで・・・ただ必死に生きてきたから・・・・・ 西門さんや美作さんにとってどんな存在かなんて、考えたこともなかった・・・・・。 それでも・・・・・ こうして西門さんが、自分だけの場所へ連れてきてくれたことはなんとなくうれしくて・・・・。 あたしは仲間として、この人の中に確かに存在してるんだと思ったら、勇気が湧いてくる気がした。 「・・・・・西門さん」 「ん?」 「・・・・・ありがと・・・・。ここにきて、よかった・・・・・」 「・・・・・・うん・・・・・そろそろ、帰るか」 そう言って西門さんはあたしから離れると、あたしに手を差し伸べた。 あたしは自分の手を差し出し・・・・ごく自然に西門さんと手を繋ぎ、歩き出したのだった・・・・・・・・。
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