***ブランコ vol.28***



 日本に帰ってからは、バイトに明け暮れる日々。
 ちょうど類も仕事が入っているらしく、会えるのは居酒屋のバイトが終わってから、家に帰るまでの時間だけだった。
 毎日会えるだけ、道明寺のころと比べたら幸せなんだとは思っても、もっと会いたいと思ってしまうのは、あたしが贅沢になってるんだろうか・・・・・。
 GW中は清掃会社のバイトはお休みなので、その代わりファミレスでのバイトが入っていた。連休中は時給が良いので稼ぎ時だ。
 そしてなぜかそのファミレスに毎日のように現れるのが、西門さんだった。
 
 「今日も来たの?」
「って・・・・・ご挨拶だな。わざわざ来てやってんだぜ」
 とえらそうに言う。
「頼んでないし。ってか、暇なの?」
「お前なー、俺が暇なわけねえだろ。その気になりゃあ毎日デート三昧で寝る暇もねえよ」
 と、西門さんがにやりと笑う。
「じゃ、なんで?」
「女と遊ぶのも結構疲れるんだよ。だから、エネルギー補給」
「エネルギー補給?ここで?」
 不思議に思って首を傾げると、西門さんはあたしをじっと見つめ・・・・・意味ありげにニッコリと笑った。
「ああ。お前と会うと、元気が出るから」
「・・・・・・・は?」
 意外な言葉に、目が点になる。
 まるきり、いつもの西門さんとは思えない言動だった。
「なんだよ、その顔」
「だって・・・・・らしくないって言うか・・・・どうしたの?熱でもある?」
「お前な・・・・。まあ良いや。それより、GW中ってずっとバイト?休みねえの?」
「ない」
 あたしが即答すると、なぜか西門さんはずっこける。
「だって、N.Y.行くためにもう3日も休んじゃってるし。GWって稼ぎ時なんだから」
「・・・・・・あ、そ。今日もあの居酒屋のバイトあんのか?」
「あ、今日は・・・・」
「なんだよ。ねえの?」
「あったんだけど・・・休んじゃった」
「は?何で?具合でも悪いのか?」
 不思議そうに聞く西門さんに、あたしは肩をすくめて説明した。
「今日は、類が迎えにこれないの。仕事の都合でどうしてもその時間までに帰ってこれないから、バイト休めって」
「は・・・・自分が来れないなら、バイトも休ませるって?すげぇな、それ。で、お前素直に従ってんの?」
「従ってるって・・・・しょうがないじゃない。類、一度怒らせるとなかなか機嫌直してくれないから・・・。大体、西門さん達がこの間の河野さんのこと、類に言ったからそうなったんだからね?」
「ああ、あん時の。それじゃあしょうがねえだろ。大体あんなやつと一緒にいるお前が悪い」
 きっぱりとした言い方に、思わず目を見開く。
「何よ、それ。言っとくけど河野さんって、いい人だよ?仕事もまじめで、後輩達にも優しいし。あの居酒屋で一番親切に教えてくれる人なんだから」
 と言うと、西門さんは思いっきり顔をしかめてあたしを見た。
「な、何よ?」
「・・・・ったく・・・・お前、ほんっとうに自覚がたんねえな」
「だから、何のことよ?」
「・・・・まあ良いや。それより今日、居酒屋のバイトないなら、この後どっかいかねえ?」
「は?」
 話の流れについていけないんですけど?
「どっかって・・・」
「暇してるやつに声かけとくからさ。みんなで飯でも食おうぜ」
 そう言ってにやりと笑う西門さん。
 みんなでご飯・・・。
 まあ、断る理由もないし、良いか。
 そう思って、あたしは頷いた。
「良いよ。じゃ、終わったら・・・」
「ここの前で待ってるよ。ああ、あそこにいる人、お前のこと呼んでるぜ」
「え?」
 振り向くと、店長が手招きをしていた。
「あ、やば。じゃああたし行くね」
「おう、がんばれよ」
 そう言って西門さんは、微笑みながらちょっと手を挙げて見せた。
 その姿に、周りの席にいた女の子たちがざわめく。
 西門さんはそれに気付いているのかいないのか、無関心を決め込んでいてすぐに窓の外へと視線を移した。
 そんな様子もさすが時期家元、というべきか、気品が漂っていてため息が出るほど絵になっている。

 「あの人、マジでかっこいいよねえ。本当に彼氏とかじゃないの?」
 同じバイト仲間の女子高生に聞かれる。
「やめてよ。ただの友達だってば。大体あの人、あたしのこと女として見てないんだから」
 というと、その子は楽しそうに笑って「わかるわかる」なんて言ってる。
 失礼しちゃう、全く。

 それから30分くらいして、西門さんは一度帰っていった。
「また後でな」
 そう言って、また魅惑の笑みを振りまいていくもんだからお客さんもバイトの子たちも一斉にキャーキャー騒ぎ出して、騒がしいったらない。

 それにしても意外だ。
 こんなパンピーしか来ないようなファミレスに、西門さんが来るなんて。
 「エネルギー補給」だなんて言っているけど・・・・・まさかここに西門さんが目を着けるような女の人がいたりして・・・?


 5時になってバイトが終わり、着替えて外に出るとそこには車に寄りかかる西門さんの姿が。
「よォ、お疲れ。乗れよ」
 そう言って助手席のドアを開けてくれるので、あたしはそのまま車に乗り込んだ。
「みんなは?先に行ってるの?」
 あたしの問いには答えず、西門さんは運転席に乗り込むと、車を発進させながら言った。
「イタリアンで良いだろ?もう予約してあるから」
「あ、うん。でもあたしあんまり持ち合わせが・・・・・」
 あたしの言葉に、西門さんはふっと笑った。
「わあってるよ。心配すんな、俺が立て替えといてやるから」
「ありがと・・・・・」
 西門さんの優しい言葉に、あたしも素直に頷く。
「なんか、最近優しいよね、西門さん」
「ああ?何言ってんだよ。おれはいつだって優しいだろうが」
 不本意そうに顔をしかめる姿がおかしくて、笑ってしまう。
「何笑ってんだよ」
「だってさ・・・。あのね、ありがとう」
 あたしの言葉に、西門さんはびっくりしたようにあたしの方を見て目を見開く。
「ちょ、ちょっと前見てよ!」
「・・・・なんだよ、いきなり」
「N.Y.のこと。連れてってくれて・・・・感謝してるの。おかげで、すっきりした」
「ああ・・・・・別に良いよ。俺たちもすっきりしたかったから」
「え?」
「何でもねえ。着くぜ」

 意外と庶民的な感じのイタリアンレストランに着くと、駐車場に車を止め、あたしは西門さんに連れられて中に入った。
 
 「・・・・結構気さくな感じだね。珍しいよね、こういうとこに連れてきてくれるの」
 大体西門さんたちに連れて来られるレストランっていったら高級なところばっかりで、いつもあたしは財布の中身を確認してはひやひやしてることが多い。
「たまにはな。味は保証つき」
 そう言ってにやりと笑い、案内された席に着いた西門さんだけど・・・・・
「ねえ、他の人たちは?」
 案内されたのは4人席だけど、テーブルには2人分のセットしかない。
 不思議に思って聞いたあたしに、西門さんはいともあっさりと答えた。
「こねえよ」
「・・・・は?だって、暇なやつ誘うって・・・・・」
「だから、暇なやつがいなかったから、今日は俺とお前だけ」
 西門さんの言葉に、しばし呆然としていると
「なんだよ、その顔。俺と2人じゃ不満か?」
 と、顔をしかめる。
「そ、そうじゃないけどさ。さっきはそんなこと言ってなかったじゃん」
「・・・・・・最初に言ったら、逃げられそうだったから」
「は?」
「いや、こっちの話。それよりもそんなとこ突っ立ってないで座れよ」
「あ、うん・・・」
 促されて座ったあたしに、メニューが渡される。
「好きなもん頼みな。どれもうまいけど・・・・ここはピザがうまい」
「あ、そうなんだ。じゃあ・・・・・」
 あれこれと悩んだ結果、西門さんの勧めるピザを頼むことにする。

 「おいしい!」
「だろ?取材拒否の店だからあんまり知られてねえけど、ここのピザは俺が知ってるイタリアンの中でもピカイチだぜ」
「へえ、そうなんだ。本当においしいね」
 そのおいしさに感激して夢中で食べていると、その様子を見ていた西門さんがぷっと吹き出す。
「な、なによ」
「いや。お前って本当にうまそうに食うよな。奢り甲斐があって良いよ」
「・・・・・食い意地が張ってるって言いたいんでしょ」
「バーカ、そんなんじゃねえよ。人の言うことは素直に聞いとけ」
「・・・・・わかった」
「よろしい」
 と、また偉そうに西門さんが言うから思わず噴出す。
 今度は西門さんも一緒になって笑う。
 なんか、西門さんと2人でこんな風に食事するなんて、新鮮かも。
 そんなことを考えて食事を勧めていると、西門さんがふいに口を開いた。
「―――お前さ、あん時、したの」
「は?何の話?」
「N.Yで。類と2人、クラブから消えたろ」
「あ、あの時―――」
 急に話を振られ、あたしはもろにあのときのことを思い出してしまって、体温が急激に上昇するのを感じた。
「な、何言い出すのよ、突然」
 真っ赤になってしまったあたしを見て、西門さんがぷっと吹き出す。
「お前って、わかりやすすぎ。もうちっとごまかすっつーことも覚えろよ」
「だ、だって、西門さんが突然聞くから・・・!やめてよね、そういう不意打ち」
 悔しくってそう言いながら睨むと、西門さんはなぜかあたしからふいっと目を逸らして呟いた。
「・・・・・・・・・不意打ちは、お前だっての」
「は?今なんて?」
 西門さんの呟きは、小さすぎてあたしには聞こえなかった。
 聞き返しても、「なんでもない」と言って肩をすくめるだけ。
 もう、なんなのよ・・・・・。






  
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