***ブランコ vol.3***



 「あ、河野さん!」
 牧野に「河野」と呼ばれたその男は牧野に笑顔を向けながら、馴れ馴れしくその肩に手を置いた。
 その様子に思わずむっとしていると、三条がすっとその間に入る。
「せんぱ〜い、こちらどなた?」
「あ、今バイトしている居酒屋で、一緒にバイトしてる先輩。河野さんっていうの。河野さん、こちらわたしの後輩で三条桜子さん。それから友達の大河原滋さんと、この3人は英徳大の3年生でわたしの友達」
「うわ、なんかすごいね・・・」
 河野という男は俺たちの顔を見渡し、後ずさっている。
 にこやかに挨拶する三条、大河原とは逆に、俺たちは無言でその男をじっと見ていた。
「じゃ、じゃあ俺も友達と一緒だからいくわ。今日はシフト入ってなかったっけ」
「はい、今日はお休みいただいてます。明日は入ってますよ」
「そっか。俺も。じゃあまた・・・」
 そそくさと河野という男が行ってしまうと、牧野は再び席に着いた。
「な〜んか、馴れ馴れしくありません?あの人。ひょっとして先輩のこと狙ってたりとか」
 三条の言葉に、牧野はきょとんとした表情をする。
「はあ?何言ってんのよ。そんなわけないじゃん」
「先輩のそれってあてになんない。気をつけてくださいよ〜騙されやすいんだから」
 三条のじと目にも、牧野は全くぴんと来ない様子で首を傾げている。
 その様子に俺たち3人は同時にそっと溜息をついた。
 気が強いかと思えば意外と涙もろくて、また人が良すぎてすぐに騙される。1番困るのは本人がそれを自覚していないということ。優しすぎるから、人を傷つけまいとして自分が傷つく。人に頼ればいいのに、なんでも自分で背負い込んでしまうのも悪い癖だ。
 だから放っておけない、だから、その強さと背中合わせの儚さに惹かれる・・・。
 もしかしたら、それは俺だけじゃなくって、あきらや総二郎も・・・・・?


 久しぶりの面々が集まった楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けばもう外は暗くなっていた。
「な〜んか物足りない感じ〜。もう一軒行きません?」
 ほろ酔い加減の三条の言葉に、大河原が賛同するが、他の面子は揃って首を振った。
「わりィ、俺これからちょっと顔出さなきゃいけないとこあるんだわ。うちの取引先のとこ」
 とあきらが言えば、総二郎も
「俺も。明日の茶会の準備で呼び出されてる。また今度な」
 と。牧野も申し訳なさそうに手を合わせる。
「ごめん、明日の朝早いから、今日は・・・」
「ってことは、もちろん花沢さんも来ませんよね。また滋さんと2人かあ」
「何よォ、あたしと2人じゃ不満?いいじゃん、女2人で飲み明かそう!」
 既に出来上がりつつある大河原に引っ張られ、2人がいなくなると俺は口を開いた。
「牧野、送ってく」
「え、いいよォ、1人で大丈夫!」
「牧野、送ってもらえよ。夜道の1人歩きは危険だぞォ」
 あきらの言葉に、それでも牧野は遠慮しようとする。
「なんだったら俺が送ろうか?」
 そう言って総二郎がぐっと顔を近づけると、牧野は真っ赤になって後ずさった。
「い、いい!類に送ってもらう!」
 2人が笑いながらそれぞれ迎えに来た車に乗り込んでいくと、牧野はほっと息をついた。

 安心してもらえる存在だというのは、うれしい反面ちょっと寂しくもある。
 牧野にとって、俺は危険を感じるような相手じゃないってこと・・・。
 つまり、男として見てもらえていない気がして、ちょっと落ち込む。
「類?どうかした?」
「ん、いや・・・。なんでもないよ。行こうか」
「うん」
 夜の道を2人で歩く。
 こうして2人きりになるのも本当に久しぶりだ。
「久しぶりだね。類とこうして歩くの」
 牧野が、俺が思っていたことと同じことを言う。
「ん・・・。バイト、忙しそうだね。居酒屋のバイトはいつからやってんの?」
「先月から。夜のバイトは時給がいいから・・・」
「ふ〜ん。でも、帰りが遅くなるだろ?危なくない?」
 俺の言葉に、牧野はくすりと笑う。
「類ってば心配性。大丈夫だよ。大抵みんな同じ時間にあがって話しながら帰るし・・・それに、ほら、さっき河野さんってバイトの先輩いたでしょ?あの人が途中まで同じ方向だから、家の前まで一緒だし」
 その言葉に、俺はぴたりと足を止める。
「・・・・・さっきの男・・・・・?」
「うん。どうしたの?」
 急に足を止めた俺を、牧野が不思議そうに振り返る。
 俺の中に、もやもやとしたものが広がる。
「類・・・・・?」
「牧野・・・・あの男のこと、好きなの・・・・・?」
 牧野の顔がぱっと赤くなり、慌てて首を振る。
「ま、まさか!何言ってんのよ。あの人は単なる同僚。そんなんじゃないよ」
 ・・・・・気に入らない。
 その言葉がたとえ真実でも、他の男の名前に顔を赤くする牧野が・・・・。

 アルコールのせいなのか・・・
 俺の手は、自然に動いていた。
 牧野の細い手首を掴み、ぐいっと引き寄せると、牧野の体は簡単に傾いた。
「きゃっ、る、類?」
 驚いてまた離れようとする牧野の体をさらに引き寄せ、片手でその顎を捉える。
「・・・る・・・・い・・・?」
 目を見開き、驚きで固まる牧野の顎を上向かせ、そのまま勢いに任せ口付けた。
 あまりに驚いたからか。牧野は目を閉じることも忘れ、そのままされるがままになっていた・・・・・。



  

お気に召しましたらクリックしていってくださいね♪