「あ、河野さん!」 牧野に「河野」と呼ばれたその男は牧野に笑顔を向けながら、馴れ馴れしくその肩に手を置いた。 その様子に思わずむっとしていると、三条がすっとその間に入る。 「せんぱ〜い、こちらどなた?」 「あ、今バイトしている居酒屋で、一緒にバイトしてる先輩。河野さんっていうの。河野さん、こちらわたしの後輩で三条桜子さん。それから友達の大河原滋さんと、この3人は英徳大の3年生でわたしの友達」 「うわ、なんかすごいね・・・」 河野という男は俺たちの顔を見渡し、後ずさっている。 にこやかに挨拶する三条、大河原とは逆に、俺たちは無言でその男をじっと見ていた。 「じゃ、じゃあ俺も友達と一緒だからいくわ。今日はシフト入ってなかったっけ」 「はい、今日はお休みいただいてます。明日は入ってますよ」 「そっか。俺も。じゃあまた・・・」 そそくさと河野という男が行ってしまうと、牧野は再び席に着いた。 「な〜んか、馴れ馴れしくありません?あの人。ひょっとして先輩のこと狙ってたりとか」 三条の言葉に、牧野はきょとんとした表情をする。 「はあ?何言ってんのよ。そんなわけないじゃん」 「先輩のそれってあてになんない。気をつけてくださいよ〜騙されやすいんだから」 三条のじと目にも、牧野は全くぴんと来ない様子で首を傾げている。 その様子に俺たち3人は同時にそっと溜息をついた。 気が強いかと思えば意外と涙もろくて、また人が良すぎてすぐに騙される。1番困るのは本人がそれを自覚していないということ。優しすぎるから、人を傷つけまいとして自分が傷つく。人に頼ればいいのに、なんでも自分で背負い込んでしまうのも悪い癖だ。 だから放っておけない、だから、その強さと背中合わせの儚さに惹かれる・・・。 もしかしたら、それは俺だけじゃなくって、あきらや総二郎も・・・・・?
久しぶりの面々が集まった楽しい時間はあっという間に過ぎ、気付けばもう外は暗くなっていた。 「な〜んか物足りない感じ〜。もう一軒行きません?」 ほろ酔い加減の三条の言葉に、大河原が賛同するが、他の面子は揃って首を振った。 「わりィ、俺これからちょっと顔出さなきゃいけないとこあるんだわ。うちの取引先のとこ」 とあきらが言えば、総二郎も 「俺も。明日の茶会の準備で呼び出されてる。また今度な」 と。牧野も申し訳なさそうに手を合わせる。 「ごめん、明日の朝早いから、今日は・・・」 「ってことは、もちろん花沢さんも来ませんよね。また滋さんと2人かあ」 「何よォ、あたしと2人じゃ不満?いいじゃん、女2人で飲み明かそう!」 既に出来上がりつつある大河原に引っ張られ、2人がいなくなると俺は口を開いた。 「牧野、送ってく」 「え、いいよォ、1人で大丈夫!」 「牧野、送ってもらえよ。夜道の1人歩きは危険だぞォ」 あきらの言葉に、それでも牧野は遠慮しようとする。 「なんだったら俺が送ろうか?」 そう言って総二郎がぐっと顔を近づけると、牧野は真っ赤になって後ずさった。 「い、いい!類に送ってもらう!」 2人が笑いながらそれぞれ迎えに来た車に乗り込んでいくと、牧野はほっと息をついた。
安心してもらえる存在だというのは、うれしい反面ちょっと寂しくもある。 牧野にとって、俺は危険を感じるような相手じゃないってこと・・・。 つまり、男として見てもらえていない気がして、ちょっと落ち込む。 「類?どうかした?」 「ん、いや・・・。なんでもないよ。行こうか」 「うん」 夜の道を2人で歩く。 こうして2人きりになるのも本当に久しぶりだ。 「久しぶりだね。類とこうして歩くの」 牧野が、俺が思っていたことと同じことを言う。 「ん・・・。バイト、忙しそうだね。居酒屋のバイトはいつからやってんの?」 「先月から。夜のバイトは時給がいいから・・・」 「ふ〜ん。でも、帰りが遅くなるだろ?危なくない?」 俺の言葉に、牧野はくすりと笑う。 「類ってば心配性。大丈夫だよ。大抵みんな同じ時間にあがって話しながら帰るし・・・それに、ほら、さっき河野さんってバイトの先輩いたでしょ?あの人が途中まで同じ方向だから、家の前まで一緒だし」 その言葉に、俺はぴたりと足を止める。 「・・・・・さっきの男・・・・・?」 「うん。どうしたの?」 急に足を止めた俺を、牧野が不思議そうに振り返る。 俺の中に、もやもやとしたものが広がる。 「類・・・・・?」 「牧野・・・・あの男のこと、好きなの・・・・・?」 牧野の顔がぱっと赤くなり、慌てて首を振る。 「ま、まさか!何言ってんのよ。あの人は単なる同僚。そんなんじゃないよ」 ・・・・・気に入らない。 その言葉がたとえ真実でも、他の男の名前に顔を赤くする牧野が・・・・。
アルコールのせいなのか・・・ 俺の手は、自然に動いていた。 牧野の細い手首を掴み、ぐいっと引き寄せると、牧野の体は簡単に傾いた。 「きゃっ、る、類?」 驚いてまた離れようとする牧野の体をさらに引き寄せ、片手でその顎を捉える。 「・・・る・・・・い・・・?」 目を見開き、驚きで固まる牧野の顎を上向かせ、そのまま勢いに任せ口付けた。 あまりに驚いたからか。牧野は目を閉じることも忘れ、そのままされるがままになっていた・・・・・。
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