***ブランコ vol.20***



 俺は部屋を出ると、隣の部屋をノックした。
「はーい」
 元気な声とともにドアが開かれる。
「あ、類くん!ちょっと待ってね。つくし〜類くんだよ〜」
 大河原がすぐに牧野を呼んでくれる。
「は〜い、ちょっと待って」
 牧野は何かがさがさと荷物をいじっているようだ。
「じゃ、あたし達はちょっと買い物してきますから。先輩は花沢さんとごゆっくり〜」
 三条が牧野に声をかけ、ニヤニヤと含み笑いをしながら大河原とともに出て行った。
 2人が行ってしまうと、俺はその部屋に入り手近なソファーに座った。
「ごめんね、カメラが見当たんなくて・・・・あった!良かった〜」
 そう言って、トランクから取り出したカメラを大事そうに抱えた。
「・・・・・カメラ、持ってきたんだ。何撮るの?」
「え・・・・・いや、何かあるかなあと思ってさ・・・・せっかくここまで来たんだし・・・・」
 恥ずかしそうに言うその姿がかわいかった。
「じゃ、被写体でも探しに行く?すぐそこ、セントラルパークだし」
 くすくすと笑いながら言うと、牧野はうれしそうに瞳を輝かせた。
「うん!行く!」
 

 ホテルの目の前にあるセントラルパーク。
 俺たちはそこを並んで歩いた。
「懐かしい・・・・。季節が違うと、ちょっと違って見えるね」
「うん」
 しばらく無言で歩く。
 たぶん牧野は以前ここに来たときのことを思い出してる。
 高校生だったあのころ。
 ただ司に会いたい一心でここまで追いかけてきた牧野。
 そんな牧野を放って置けなくて。
 ただ牧野のことが心配で、追いかけてきた俺。
 自分の気持ちを告白した俺に、動揺する牧野がおもしろくって、かわいくって・・・。
 でも牧野の気持ちはわかっていたから。
 司は親友だから。
 ただ見守るだけでいいと思ってた。
 牧野の笑顔が見られるなら、それだけでいいと思ってた。
 いや。
 たぶん、そう思おうとしてたんだ。
 牧野の傍にいたかったから。
 恋人にはなれなくても、友達ならずっと傍にいられる。
 そう思ったんだ。
 だけど心は正直で・・・・・。
 牧野の心が欲しいって。
 俺の心は、ずっとそう叫んでたんだ・・・・・。


 「類・・・・類?どうかした?」
 黙りこんでしまった俺の顔を、牧野が心配そうに覗き込む。
「あ、ごめん。ちょっとボーっとした。・・・なんか飲み物でも飲む?」
「うん、そうだね」
「じゃ、買って来る。ここで待ってて」
 そう言って俺は牧野を待たせ、売店の中に入った。


 「はい。ココアでよかった?」
 ベンチで待っていた牧野に飲み物を渡す。
「あ、ありがと」
 飲み物を受け取り、おいしそうに飲む牧野。
 こういうときの表情も、すごくかわいく思えてつい見惚れてしまう。
「な、何?」
 じっと見られたことが恥ずかしいのか、牧野の頬がほんのりと赤くなる。
「いや、かわいいなと思って」
 そう正直に言うと、ますます赤くなる。
 それがおかしくて、かわいくて、吹き出してしまう。
「類!もう、からかわないでよ!」
 途端に怒り出す姿も、全然怖くないし、むしろかわいいと思ってしまう俺は相当重症かもしれないと思う。
「からかってなんかないって。本当にそう思ってるんだから」
「もう・・・・あたしで遊ばないでよ」
 真っ赤になって頬を膨らますその表情は、小動物みたいで笑える。
「・・・まだ笑ってる。類ってそんなに笑う人だったっけ?」
「ん。牧野といると、自然と笑える。だから一緒にいると楽しいよ」
 そう言って笑うと、牧野は照れた様にちょっと俯いた。
「・・・・あたしも・・・・楽しいよ・・・・・?」
 恥ずかしそうに、頬を染めて呟く牧野。
 こういうのは不意打ちだ。
 さっきまで怒ってたのに急に女の子らしい表情になるから、俺の心臓が急に騒がしくなる。
「・・・・・それ、反則・・・・・」
「え?」
 俺の言葉に反応し顔を上げた牧野の唇に、掠めるようなキスをする。
 牧野はびっくりしすぎたかのように、固まっている。
「・・・・・・・・・・・・な!?」
「・・・ココア、こぼれるよ」
「え?うあ、あつっ」
「ぶっ・・・・・大丈夫?」
「もう、類が驚かすから・・・」
「そんなに驚く?初めてじゃないのに」
 そう言うと、牧野は相変わらず赤い顔のまま、また恥ずかしそうに俯く。
「だって、脈略ないんだもん・・・・びっくりする・・・・・」
「脈略・・・・充分あると思うんだけどな」
 俺の言葉に、いちいち反応してくれるのがかわいい、とか。
 ころころ変わる表情がかわいくて仕方ない、とか。
 そんな俺の気持ちに牧野は気付かないんだ。
 そんな風に見事なまでに鈍いところも、まあかわいいんだけど・・・・。

 俺はそっと、牧野の手を握った。
 牧野はちょっと驚いてピクリと反応したが、そのうち戸惑うように、俺の手を握り返してくれた。
「明日・・・・」
「うん・・・・?」
「司がもし、認めてくれなくても・・・・俺は、諦めないから・・・・」
「類・・・・・」
「ずっと待ってた。諦めることなんて、出来なかった。だから・・・司が何を言っても、俺の気持ちが変わることはないし、司が認めるまで、いつまででも待つよ」
 牧野が、俺の顔を見上げる。
 大きな瞳には、涙が溜まっていた。
「類・・・・・」
「覚悟しといて。俺、結構しつこいんだ」
 そう言ってにやりと笑って見せると、牧野は泣き笑いのような顔を見せて、俺の肩にこつんと額を乗せた。
「・・・・ありがと・・・・類・・・・大好き・・・・・」
 まだ肌寒いN.Y.の公園で・・・・
 俺は肩に感じるそのぬくもりを逃がさないように、しっかりと抱きしめたのだった・・・・・。




  

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