俺は部屋を出ると、隣の部屋をノックした。 「はーい」 元気な声とともにドアが開かれる。 「あ、類くん!ちょっと待ってね。つくし〜類くんだよ〜」 大河原がすぐに牧野を呼んでくれる。 「は〜い、ちょっと待って」 牧野は何かがさがさと荷物をいじっているようだ。 「じゃ、あたし達はちょっと買い物してきますから。先輩は花沢さんとごゆっくり〜」 三条が牧野に声をかけ、ニヤニヤと含み笑いをしながら大河原とともに出て行った。 2人が行ってしまうと、俺はその部屋に入り手近なソファーに座った。 「ごめんね、カメラが見当たんなくて・・・・あった!良かった〜」 そう言って、トランクから取り出したカメラを大事そうに抱えた。 「・・・・・カメラ、持ってきたんだ。何撮るの?」 「え・・・・・いや、何かあるかなあと思ってさ・・・・せっかくここまで来たんだし・・・・」 恥ずかしそうに言うその姿がかわいかった。 「じゃ、被写体でも探しに行く?すぐそこ、セントラルパークだし」 くすくすと笑いながら言うと、牧野はうれしそうに瞳を輝かせた。 「うん!行く!」
ホテルの目の前にあるセントラルパーク。 俺たちはそこを並んで歩いた。 「懐かしい・・・・。季節が違うと、ちょっと違って見えるね」 「うん」 しばらく無言で歩く。 たぶん牧野は以前ここに来たときのことを思い出してる。 高校生だったあのころ。 ただ司に会いたい一心でここまで追いかけてきた牧野。 そんな牧野を放って置けなくて。 ただ牧野のことが心配で、追いかけてきた俺。 自分の気持ちを告白した俺に、動揺する牧野がおもしろくって、かわいくって・・・。 でも牧野の気持ちはわかっていたから。 司は親友だから。 ただ見守るだけでいいと思ってた。 牧野の笑顔が見られるなら、それだけでいいと思ってた。 いや。 たぶん、そう思おうとしてたんだ。 牧野の傍にいたかったから。 恋人にはなれなくても、友達ならずっと傍にいられる。 そう思ったんだ。 だけど心は正直で・・・・・。 牧野の心が欲しいって。 俺の心は、ずっとそう叫んでたんだ・・・・・。
「類・・・・類?どうかした?」 黙りこんでしまった俺の顔を、牧野が心配そうに覗き込む。 「あ、ごめん。ちょっとボーっとした。・・・なんか飲み物でも飲む?」 「うん、そうだね」 「じゃ、買って来る。ここで待ってて」 そう言って俺は牧野を待たせ、売店の中に入った。
「はい。ココアでよかった?」 ベンチで待っていた牧野に飲み物を渡す。 「あ、ありがと」 飲み物を受け取り、おいしそうに飲む牧野。 こういうときの表情も、すごくかわいく思えてつい見惚れてしまう。 「な、何?」 じっと見られたことが恥ずかしいのか、牧野の頬がほんのりと赤くなる。 「いや、かわいいなと思って」 そう正直に言うと、ますます赤くなる。 それがおかしくて、かわいくて、吹き出してしまう。 「類!もう、からかわないでよ!」 途端に怒り出す姿も、全然怖くないし、むしろかわいいと思ってしまう俺は相当重症かもしれないと思う。 「からかってなんかないって。本当にそう思ってるんだから」 「もう・・・・あたしで遊ばないでよ」 真っ赤になって頬を膨らますその表情は、小動物みたいで笑える。 「・・・まだ笑ってる。類ってそんなに笑う人だったっけ?」 「ん。牧野といると、自然と笑える。だから一緒にいると楽しいよ」 そう言って笑うと、牧野は照れた様にちょっと俯いた。 「・・・・あたしも・・・・楽しいよ・・・・・?」 恥ずかしそうに、頬を染めて呟く牧野。 こういうのは不意打ちだ。 さっきまで怒ってたのに急に女の子らしい表情になるから、俺の心臓が急に騒がしくなる。 「・・・・・それ、反則・・・・・」 「え?」 俺の言葉に反応し顔を上げた牧野の唇に、掠めるようなキスをする。 牧野はびっくりしすぎたかのように、固まっている。 「・・・・・・・・・・・・な!?」 「・・・ココア、こぼれるよ」 「え?うあ、あつっ」 「ぶっ・・・・・大丈夫?」 「もう、類が驚かすから・・・」 「そんなに驚く?初めてじゃないのに」 そう言うと、牧野は相変わらず赤い顔のまま、また恥ずかしそうに俯く。 「だって、脈略ないんだもん・・・・びっくりする・・・・・」 「脈略・・・・充分あると思うんだけどな」 俺の言葉に、いちいち反応してくれるのがかわいい、とか。 ころころ変わる表情がかわいくて仕方ない、とか。 そんな俺の気持ちに牧野は気付かないんだ。 そんな風に見事なまでに鈍いところも、まあかわいいんだけど・・・・。
俺はそっと、牧野の手を握った。 牧野はちょっと驚いてピクリと反応したが、そのうち戸惑うように、俺の手を握り返してくれた。 「明日・・・・」 「うん・・・・?」 「司がもし、認めてくれなくても・・・・俺は、諦めないから・・・・」 「類・・・・・」 「ずっと待ってた。諦めることなんて、出来なかった。だから・・・司が何を言っても、俺の気持ちが変わることはないし、司が認めるまで、いつまででも待つよ」 牧野が、俺の顔を見上げる。 大きな瞳には、涙が溜まっていた。 「類・・・・・」 「覚悟しといて。俺、結構しつこいんだ」 そう言ってにやりと笑って見せると、牧野は泣き笑いのような顔を見せて、俺の肩にこつんと額を乗せた。 「・・・・ありがと・・・・類・・・・大好き・・・・・」 まだ肌寒いN.Y.の公園で・・・・ 俺は肩に感じるそのぬくもりを逃がさないように、しっかりと抱きしめたのだった・・・・・。
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