***ブランコ vol.16***



 夕食を済ませ順番に風呂に入ると、俺たちはリビングのソファに並んで座り、テレビを見て過ごした。
「・・・なんか、こんなにゆっくりしたの久しぶりな気がする」
 牧野が呟く。
「いつも忙しすぎるんだよ、牧野は」
「だって・・・・・」
「気持ちはわかるよ。でも・・・司だって、急がなくて良いって言ってるんだし・・・」
「うん・・・・そうなんだけど・・・でも、なんか落ち着かないの。早くすっきりさせたくて・・・」
「・・・・・牧野・・・・」
「ん?」
 牧野が俺のほうに顔を向けた瞬間、その唇を塞いだ。
 一瞬、驚いたように目を見開く牧野。
 相変わらずの反応に、思わず笑みがこぼれる。
「・・・・その、牧野が司に返そうとしているお金を俺が出すって言っても、ダメだって言うんだろうね」
「あ、当たり前じゃない!これはあたしの・・・・」
「わかってる。そう言うってことは。だから、言わないよ。でも・・・・」
「でも?」
「それを返すまではお預けなんていうのは、なしにして欲しいんだけど・・・・・」
 俺の言葉に、牧野は不思議そうに首を傾げる。
「お預けって、何が?」
 俺はそれには答えず、牧野の肩に腕を回すとそのまま引き寄せ、キスをした。

 啄ばむようなキスを繰り返すうちに、牧野の頬が上気してくる。
 目じりに浮かんだ涙を唇で吸い取り、そのままこめかみに、耳朶に、首筋に、キスを落としていく。
「ん・・・・っ・・・・・」
 1つ1つのキスに敏感に反応する牧野。
 俺はそのまま牧野の体をソファに横たえ、その白い首に顔を近づけたが・・・
「ま、待って、類・・・!」
 その言葉に、俺はぴたりと止まる。
「・・・・お預けは、なしだよ」
「ち、違うの。ちがくないけど、あの、でも、待って」
「・・・何言ってんの?」
「だから・・・・・ごめん・・・・・」
 俺は、ゆっくりと体を起こした。
 さっきまで熱かった体から、すっと熱が引いていくようだった。
「・・・・・俺とは、出来ないってこと・・・・?」
 思わず低くなってしまう俺の声に、牧野の体がびくりと震える。
「・・・・そういうこと・・・?」
「ち、違う!そうじゃないの!」
「じゃ、どういうこと?」
 自分でも驚くくらい冷たい声。
「牧野・・・・やっぱりまだ、司のこと・・・・」
「違う!あたしが好きなのは、類だよ。それは信じて」
「じゃあ、なんで・・・・」
「・・・・・・けじめを、つけたいの」
「けじめ・・・・?」
 牧野はこくりと頷きながら、体を起こした。
 乱れた髪を直しながら、牧野は口を開いた。
「・・・怖いっていう気持ちも、ないわけじゃないよ。でも、類のこと好きだし、好きな人となら当たり前のことなんだって、わかってる・・・つもり・・・」
「牧野・・・」
「ただ、そういうのとは別に、あたしの気持ちが整理できてない気がするの。・・・道明寺に・・・ちゃんと、類とのこと、話したいの・・・・・」
「・・・・・・」
「道明寺に未練があるんじゃないよ。ただ、道明寺とは別れても、大事な存在だっていうのは変わらなくて。このまま類とのこと黙ってるのは、いやなの」
 必死で言葉を紡ぐ牧野を、俺は黙って見つめていた。
 牧野らしい考えだと思った。
 司とはもう終わっている。
 だけど、新しいスタートを切るために。そのけじめをつけるため、司にきちんと話しておきたいんだろう。
 その気持ちは、今まで牧野を見てきて、いやって程わかってしまう。
 だけど・・・・・
「・・・・・司に話をしたら、けじめはつくの?」
「うん」
「それは、いつ?」
「それは・・・・・・」
 牧野が、困ったように言いよどむ。
「あの・・・近いうちに話そうと思ってるんだけど、道明寺と連絡がつかなくて・・・・・」
「・・・・そっか」
 そう言って俺は溜息をついた。
 そんなことだろうと思った。
 実は俺も何度か司には話そうと思って電話をかけているが、一向につながらない。よほど忙しいのだろう。
 それも仕方のないことなのだが・・・・
 あせってるわけじゃない、とは言っても、ずっとこのままというのもいやだ。
 好きな女の子とずっと一緒にいて手も出さないでいられるほど、俺は紳士じゃない。

 こうなったら、強硬手段しかないか・・・・

「類・・・・?あの、あたしまた道明寺に連絡してみるから。だから・・・・」
 俺が黙っているのを怒っているとでも思ったのか、少し慌てたようにしゃべりだす。
 俺はちょっと笑って、牧野の頭にぽんと片手を乗せた。
「いいよ、わかってる。俺も何とか連絡とってみるし・・・。でも・・・・」
「でも・・・・?」
「あんまり時間かかると・・・・俺も男だから、我慢きかなくなるかもよ?」
 そう言ってにやりと笑うと、途端に牧野の頬が赤くなる。
「な、何言って・・・・」
「ぶっくっく・・・・・・わかりやす・・・・・」
「る、類!もうっ!」
「くく・・・ごめん、つい、かわいくて・・・・・でも、我慢きかなくなりそうなのはほんと。それくらい、俺は牧野に参ってるから。牧野が嫌がることはしたくないけど・・・・でも、それくらい惚れてるってこと、覚えといてね」
 牧野の髪をそっと撫でながらそう言う俺に、赤い顔でこくりと頷く牧野。
 かわいくて、今すぐ押し倒したくなる衝動に駆られるけど・・・。
 でも、好きだからこそ、牧野を傷つけるようなことはしたくないから・・・・・。


 その後の俺たちは、テレビを見ながら他愛のない話で盛り上がり、そしていつの間にかそこで2人寄り添ったまま、眠りに落ちていた・・・・・。






  

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