「う〜ん・・・どれ着て行こう」 今日は類と初めてのデートだ。 今まで何度も2人で出かけたことがあるのに、今日は恋人同士になって初めてのデートというだけで、なんだか緊張してしまう。 あれでもない、これでもないと悩み、結局最初に出した一張羅のワンピースに決めるまでに、30分もかかってしまった。 薄く化粧もし、髪の毛もあれこれといじり結局ポニーテールに落ち着くまでに30分。 毎日会ってるというのに、朝が来るのが待ちきれなくってほとんど寝ることが出来ず、まだ家族が寝てる時間からそわそわ。 準備が全て終わったのはまだ朝の7時にもならない時間だった。
今日は土曜日だ。 朝からバイトがあると言っていた弟の進がのそのそと起き出して来る。 「何してんの、姉ちゃん・・・朝っぱらからばたばたうるせえよ」 「あ、ワリイワリイ。あ、あんたの分の朝食も作っといたから、食べるでしょ」 「おお、サンキュー・・・・って、いくらデートだからって張り切りすぎじゃねえの」 出来上がったちょっといつもより豪勢な朝食と、すっかり支度の出来上がったあたしを交互に見て言う。 「ぐ・・・・・う、うるさいな。べ、別に張り切ってなんかないわよ、ちょっと早く起きたから、早めに準備しただけ!いいから早く食べな!」 「ヘイヘイ、わかりましたよ」 道明寺がNYに行ってしまってからというもの、ずっとあたしを支え続けてくれた類に、進もすっかり懐いていて今回のことも喜んでくれていた。 「あ、車の音・・・・来たんじゃねえ?」 「え、ほんと?ちょっと見てくる!」 慌てて玄関の戸を開けて見てみると、ちょうど類が車から出てくるところだった。 「あ、おはよ」 「お、おはよ。ちょっと待ってて、すぐ行くから!」 「慌てなくていいよ」 類の笑いを含んだ声をえに、あたしはまた部屋に戻り、もう一度鏡を見た後バッグを持ち、家をでた。 笑顔で助手席のドアを開けてくれる類に、ちょっと緊張してしまう。 「お、お待たせ・・・。なんか緊張する」 頭をかくあたしを見てくすくすと笑う類。 「何で?何度も一緒に出かけてるのに。でも、今日なんかかわいいね。メイクしてるんだ?」 「あ、うん。たまには、ね。今日、どこ行くの?」 あたしが助手席に乗り込むと、類も運転席に座る。 「ないしょ」 「えー?」 「牧野が気に入るかどうか・・・。俺にとっては結構癒しの場所なんだけど」 類の言葉に、あたしはちょっと驚く。 そんな話、聞いたことがなかったから。 「・・・着いてからのお楽しみ。寝ててもいいよ。昨日も夜まで働いてて、疲れてるでしょ」 「そんな・・・類に運転してもらってるのに寝てられないよ」 そう言って張り切るあたしを、おかしそうに笑いながら見つめる類。 そして・・・・・・
気付くとあたしはやっぱり眠ってしまっていて、類の声で、目が覚めたのだった・・・。 「うああ、ごめん!寝るつもりなかったのに・・・てか、起こしてくれればいいのに」 「気持ち良さそうだったし。牧野の寝顔、見るの好きだから」 そう言ってやわらかく微笑んでくれるから、思わず赤くなってしまう。 こういう風に人に気を使わせないようにしてくれるところ、やっぱり類ってすごいなあって思ってしまう。
「ここ・・・・・?」 降り立ったのは、木がうっそうと茂った森の中。少し空気が薄い気がするから、山なのかな? そんなことを考えてきょろきょろしていると、トランクから荷物を取り出した類が、目の前にある別荘のような白亜の建物の中に入っていった。 「牧野、早く」 門を入ったところで後ろを振り向き、あたしを呼ぶ。 「あ、うん」 あたしも慌てて類の後を追いかける。 「ここって、類の家の別荘?」 中は洋風のペンションのような造りになっていた。 相変わらずきょろきょろしているあたしを見て、類はくすくす笑っている。 「いや、うちの会社で保養所として社員に貸し出してたとこなんだけど・・・あんまり利用する人がいないから、今じゃ俺が年に数回利用するくらい」 「え、そうなの?もったいない!こんなに素敵なのに。どうして?」 「・・・来てごらん」 そう言って類は持って来た荷物をその場に置き、先にたって歩き出した。 そのまま着いていき、部屋の1つに入る。 「こっち」 そういいながら類は、続き部屋になっている奥の部屋へと進み、突き当たりにある窓を開けてみせた。 「わあ、すごい・・・!!」 眼下には、真っ青な海が広がっていた。 門の前からでは分からなかったが、屋敷の後ろはすぐに切り立った崖になっていて、50メートルはあろうかという崖下には白い波が打ち上げていた。 「すごい・・・素敵・・・」 「気に入ってくれた?」 「うん、とっても!でもなんでここ、利用する人がいないの?」 あたしの問いに、類は苦笑いしながら答えた。 「見てのとおり、ここ、目の前が海なんだけど、この崖からは降りられないんだ」 「そう・・・だよね」 「で、車で海岸に着くまで、30分はかかる」 「30分・・・」 「それにここ、山の中だから回りには何もないし、コンビニに行くまでにやっぱり30分かかる。おまけに街灯も少ないから夜は外にでられない。で、この高さ。牧野みたいな人間なら問題ないんだけど、高所恐怖症の人って結構いるみたいで」 「ああ・・・・なるほど」 言われて見れば、この崖は結構怖いかもしれない。 「ま、それでも2年に1回くらいは利用する人もいるみたいだし、取り壊すのも面倒だからそのままにしてるんだ」 そう言いながら、類がまた部屋の入口に向かって歩き出す。 「どこ行くの?」 「コーヒー、入れるよ」 「あ、あたしやるよ!類、ずっと運転してて疲れてるでしょ?少し休みなよ」 「いいの?」 「うん!」 あたしはそう言ってキッチンへと入っていった。 利用する人が少ないといっても、やはりきちんと管理されているようで、コーヒーや紅茶などの飲み物や調味料などは全て揃っていた。 コーヒーを2人分入れ、キッチンを出ると 「牧野、こっち」 と、リビングルームらしい部屋の戸を開け、類が手招きをした。 「わ、すごい、この部屋も素敵だね」 入りながら、あたしは思わず感嘆の声を上げる。 輸入品らしい家具で揃えられたその部屋は、4,5人が集まれるテーブルセットがいくつか点在するように配置されていて、外に面する壁は一面ガラス張りになっていた。 類は、その中央にあるテーブルセットのソファに腰を下ろした。 あたしは、類の隣のソファに座り、コーヒーカップを置いた。 「たまにね、疲れたときとか・・・・ここに1人で来て、ボーっとして過ごすんだ。携帯電話も持たないで・・・誰にも邪魔されず、何もしないで過ごす。あいつらにも、ここのことは言ってない」 「そうなの?そんな大切な場所に・・・あたしが来てよかったの?」 なんとなく申し訳ない気がしてそう聞くあたしを見て、類はくすりと笑った。 「牧野だから、連れてきたんだよ。牧野には、俺のこと全部知って欲しいと思う。隠し事はしたくない。ここのことも・・・・今度から、ここに来るときは牧野と一緒がいい・・・そう思ったんだ」 「類・・・・・」 優しく微笑む類に、あたしの胸がどきんと音を立てる。 「牧野・・・こっちに来てよ」 「え・・・」 類がぽんぽんと手で示すそこは、類の膝の上。 「や、でも・・・」 「いいから、早く」 恥ずかしくって躊躇するあたしの手を引き、類が強引にそこへ座らせる。 引っ張られた勢いで類の胸に倒れこむような形になり、慌てて離れようとするが類の手がそれを許さず、あたしはそのまま類の膝に抱っこされるような格好になってしまった。 「る、類」 「ん?」 「あ、あの、ちょっと恥ずかしい・・・んだけど・・・」 「そう?俺は別に平気だけど」 「あたしは恥ずかしいよ」 「誰もいないのに?」 「そう言う問題じゃなくて・・・」 さっきから、頬がカッカと熱い。 あたしの顔、今絶対赤い。 恥ずかしくて仕方ないのに、類はそんなあたしをうれしそうに見つめ、くすくすと笑う。 「牧野、かわいい」 そう言うと類はあたしの頬に手を添え、そのまま後ろ側に撫でるように手を滑らせ、髪に手を差し込んだ。 そのままゆっくりと引き寄せられる。 あたしはどきどきする胸を押さえながら、ゆっくりと目を閉じた。
やがて、類の冷たく、柔らかい唇があたしを捉えた。 ゆっくりと確かめるようなキス。 啄ばむようなキスから、徐々に深くなり、それは情熱的なキスへと変わっていった・・・・・。
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