―――ばしばし西門さんのこと怒れて、本音をぶつけられるような人が合ってるかなって。西門さんが、自然体でいられる人がいいんじゃないかなあと思ってね。―――
なあ、気付いてるか?
それって、お前にぴったり当てはまるってこと―――。 ちらりと牧野を見れば。 目の前の紅茶をうまそうに飲んでやがる。 気付いてるわけねえよなあ。何しろ超ド級の鈍感女だからな・・・。
こいつを、女として意識したことなんかなかったんだ。 司が何でこいつに惹かれたのか。 類が何でこいつに惚れたのか。 ずっとわからなかった。 だけど、高校生のときからずっとこいつを見ていたら、だんだんとそれがわかるようになって・・・ 気付いたら目がこいつを追っていた。
司と牧野が別れたことを知って。 類に、「牧野はもうフリーだぜ。さっさと告っちまえば」 そう言ったのは俺だ。 類を応援したい気持ちに、嘘はなかった。 あいつがずっとあの2人を見守っていたことも、そのために自分の気持ちを犠牲にしていたことも知っていたから。 類と牧野がうまくいけば良い。 その気持ちに嘘はなかったけれど、でももうひとつ・・・。 類が牧野をさっさと捕まえておいてくれないと、俺は、おれ自身の気持ちを抑えていられる自信がなかった。 あきれるくらいお人よしで、超鈍感なこの女は何の警戒心も持たずにそのはじけるような笑顔をさらし、人の懐にまっすぐ飛び込んでくる。 半ばあきれながらも、その笑顔がまぶしすぎて目を逸らすのも忘れてしまうやつがいることなど、知るよしもない。 漸く類とくっついてくれて。 これで俺も諦められるかと思ったのに、人の気持ちってのはそんなに単純じゃない。 人のものだとわかっているのに。 いや、わかっているからこそか、余計に欲しくなる。 類の隣で幸せそうに笑うあいつを見るのは胸が痛む。だけど、目が逸らせない。 こんな気持ちを抱いたのは初めてだ。 更のときには、そんな感情を持つ前に終わってしまったから・・・。 淡い初恋。男と一緒にいるのを見たときに感じた胸の痛み。 そんなものとは比べ物にならないほど、胸がきしんでいた。 忘れなきゃいけないと思えば思うほど、会いたくなって会いに来てしまう、おろかなほどただの恋する男。 これがF4きってのプレイボーイだなんて聞いてあきれる。
「そういえば昨日もそうだったけど、最近F3で行動することって少ないの?美作さんとはいつも一緒にいた気がするけど」 「きしょいこと言うなよ。大学生にもなれば他にもやることあるし、大体昔から学校にいるときくらいだったぜ一緒にいるのは。あきらとはよく一緒に遊んでたけどな。最近、あいつも忙しいみたいだし」 「あ、そうみたいだね。昨日も仕事だっていってたし」 そう。最近気になるあきらの行動。 昔から俺たちのまとめ役で、一番理性で動くやつだ。 そのあきらが、1人でこいつに会いに行ったりしたのは何でだ? あきらが牧野を気に入ってることは知ってる。だけど年上の人妻ばかりと付き合って、年の近い女の子には愛想は振りまいても惚れたことなんかないやつが、牧野には本気で?理性も効かなくなるほど・・・?
「・・・そういやお前、司にはいつ報告すんの。類とのこと」 俺の言葉に、牧野は顔を上げる。 「うん・・・できればね、直接会って話したいんだけど・・・今度いつ日本に来るかわからないし。電話しても全然つながらないし・・・。さすがにNYまで行くのは経済的にもきついかなと思って迷ってるんだけど・・・でもやっぱり、直接話すならNYまで行くしかないかな」 「・・・経済的なもんは類が何とかしてくれるだろ?別に俺が何とかしてやってもいいけど」 「そんなこと、頼めないよ。あたしのことなのに」 相変わらず、こういうところはしっかりしてる・・・っていうか、もっと周りを頼ってもいいと思うんだけどな。 「だけど、そんなこと言ってたらいつまでたってもNYなんて行けないんじゃねえの」 「そうなんだけど・・・。でも、これはあたしの問題だから。あたしが、何とかしたいの。道明寺とのことは、大事にしたいの。つまらないプライドかもしれないけど・・・」 「・・・・・いや、わかるよ。いいんじゃねえの、やりたいようにやれば。お前が後悔しないようにするのが一番だろ」 当時のことを思い出すと、今でも信じられないくらいいろんなことがあった。全て乗り越えて、漸く婚約までして・・・この2人の絆を壊せるものなどないって思ってたんだけどな・・・。
司・・・。 お前は今、牧野のことをどう思ってる・・・? 類とのこと・・・笑って許すことが出来るのか・・・・・? なんだか無性に、司に会いたくなってきた。 馬鹿で短気で世話の焼けるやつだけど。 あいつの力強い目が、今は見たかった。 迷い、行き先を見失ってる今の俺に、力を与えてくれるような、そんな気がしたんだ・・・。
「そろそろ行かなきゃ」 という牧野の声にはっと我に返る。 「ああ、じゃあ送るよ」 「うん、ありがと」 にっこりと笑う牧野に、ふいをつかれた様に思わず見惚れる。 「どうかした?」 一瞬呆けてしまった俺を、牧野が心配そうに見つめる。 「いや、別に・・・お前さ・・・」 「え?」 「もうちょっと、男ってものを警戒した方がいいぜ」 「は?何突然」 「いや・・・・ちょっと類に同情したくなっただけ」 「何それ、変なの」 首を傾げる牧野に「行くぞ」と声をかけ、外に出る。 これ以上2人でいたら、おかしなことを言っちまいそうだ。
「送ってくれてありがと。西門さんって、意外と安全運転なんだね」 「意外とは余計だっつーの。一応女の子乗せてるからな」 「そっちこそ、一応は余計よ!」 軽口を叩きあい、笑って牧野を見送る。 牧野が店の中に消えると、俺は軽く溜息をついた。 「やべえな、マジで・・・」 そう呟き、もう1度溜息をついて・・・・ 気持ちを振り切るようにハンドルを握りなおし、車を発進させた。
その様子をずっと見ていた人間がいたことなど、そのときの俺は全く気付くことが出来なかった・・・・。
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