***Bouquet vol.3 〜総つく〜***



 目の前で崩れ落ちそうになる牧野の体を支える。

 「―――のやろうっ」
 考えている余裕なんかなかった。
 ただ、目の前に立っていた男の顔面を思いっきり殴りつけてやった。
 倒れた男の手に、銀色に光るナイフが握られているのに気付いたのは、そのときだった。

 ―――こいつは、まさか・・・・・。

 渡仏する前にニュースで見た、通り魔の事件の話が頭に蘇る。

 幸いなことにやつは俺の一発ですっかり伸びてしまっていた。
 俺は携帯を取り出すと警察に連絡した。

 「―――牧野。おい、しっかりしろ!」
 牧野の頬を、軽く叩く。
「ん・・・・・・?」
 軽く瞬きをして、牧野の瞼がゆっくりと開く。
「―――西門、さん?」
「大丈夫か?どこか痛いか?」
「あ・・・・・ううん、大丈夫・・・・・」
 そう言いながら体を起こし、そこに倒れている男を見て愕然とする牧野。
「・・・・・たぶん、こいつ通り魔だよ」
「ええ!?」
 驚いて俺の顔を見る。
「だから言っただろ?この辺はあんまり治安がよくねえんだ。軽はずみにこんなところ通ったりして―――」
「ご・・・・ごめんなさい・・・・・」
 青い顔をしながらしゅんんとなる牧野を、俺は思わず抱きしめていた。
「に、西門さん・・・・・?」
「無事で、よかった・・・・・」
「あの・・・・・・」
「お前が死んだら・・・・・俺は生きていけねえ・・・・・」
「・・・・・何・・・・・言ってるの・・・・・」
「後悔、したくねえんだ・・・・・たとえ玉砕しても・・・・・・」
 牧野の体をちょっと離し、その瞳を見つめる。
 戸惑ったように俺を見つめる牧野。
 俺はその牧野の肩を抱いたまま・・・・・口を開いた。

 「俺は・・・・・お前が、好きだ」

 驚きに見開かれる牧野の瞳。

 遠くの方から、パトカーのサイレンの音が近づいてきていた。

 「・・・・・冗談、でしょう?」
 俯く牧野を、じっと見つめる。
「なんかじゃねえよ。マジで・・・・・惚れてる。お前を、このまま攫ってもいいと思えるくらい・・・・・」
「ねえ、待ってよ。そんなこと急に・・・・・信じられるわけ、ない。だって、西門さん、たくさん彼女が・・・・・」
「・・・・・別れた」
「え・・・・・?」
 牧野が、再び俺を見上げる。

 そのとき、通りの向こうにパトカーが停まるのが見えた。
「―――ちょっと、そっちで待ってろ。俺が話をしてくる」
 そう言って俺は牧野を人通りのある明るい道の方へ押しやると、パトカーの方へと向かった・・・・・。


 「煩わしくなったんだ」
 警察に男を引き渡し、簡単に状況を説明し、俺は牧野の元へと戻った。
 そして、小さな噴水の傍へ行くと、そう切り出した。
「煩わしい・・・・・?」
「ああ。そんなふうに考えたことなかったんだけどな・・・・・。毎日複数の女と会って、夜通し遊び歩いて・・・・・根なし草みたいに渡り歩いてるのが良いと思ってた。1人の女に縛られたくないって。けど・・・・・今の俺は、お前のことしか見えてねえ。お前さえいてくれれば・・・・・それでいいとさえ、思ってる。自分でも驚いてるよ」
 牧野は戸惑いながらも、揺れる瞳で俺を見つめていた。
「好きなんだ、マジで・・・・・。お前が目の前で倒れて・・・・・こんなことで、お前を失いたくないって、思ったんだよ。自分の気持ちも伝えないまま・・・・・別れるなんて、いやなんだ」
 真っ直ぐに、牧野を見つめる。
 もう、自分の気持ちを隠すことなんて出来なかった。
 そして・・・・・さっき、微かに感じた淡い予感に、期待する。
「お前の気持ちは?」
「あ・・・・・あたしは・・・・・」
「俺は、お前はずっと司を好きだと・・・・・4年間、じっと司を待ってるんだと、そう思ってた。だから、それなら俺の気持ちは言わないでおこうと。お前を困らせるだけの想いなら、ずっと隠し通そうと思ってたんだ。でも・・・・・」
 俺は目の前の、牧野の頬にそっと手を伸ばした。
 牧野がぴくりと震える。
「・・・・・正直に、言ってくれ。お前が今想ってるのは、誰なんだ・・・・・?」
 戸惑いに揺れる瞳。
 じっと見つめる俺を、見つめ返して・・・・・・
「・・・・・・言っても・・・・・良いの・・・・・?」
「・・・・・俺が、そう頼んでるんだ」
 それでも直、戸惑いながら・・・・・

 漸く、牧野が口を開いた。

 「あたしも・・・・・西門さんが、好き・・・・・・」
 その瞬間、牧野の瞳から涙が零れ落ちる。

 俺は、震える牧野の体をそっと抱きしめた。
「どうしていいか、わからなかった・・・・・。道明寺のこと、ずっと待ってるつもりだったのに・・・・・。気付いたら、西門さんのことばっかり考えてて・・・・・。やめなくちゃって、ずっと思ってた。西門さんには彼女がいっぱいいるんだし、あたしはただの友達なんだからって・・・・・でも・・・・・・」
「やめるなんて、言うな。一番好きな女に、漸く想いが通じたのに・・・・・・今更、お前を離せるわけ、ない」
「西門さん・・・・・」

 牧野の髪をそっとなで、その頬に唇を寄せる。

 ぴくりと身じろぎをする牧野を、逃がさないように腕の中に封じ込め、そっと唇を重ねた・・・・・。


 そして、唇を離したそのとき・・・・・

 俺たちをじっと睨み付ける、その視線に気付いた。

 「司・・・・・」








  

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