目の前で崩れ落ちそうになる牧野の体を支える。
「―――のやろうっ」 考えている余裕なんかなかった。 ただ、目の前に立っていた男の顔面を思いっきり殴りつけてやった。 倒れた男の手に、銀色に光るナイフが握られているのに気付いたのは、そのときだった。
―――こいつは、まさか・・・・・。
渡仏する前にニュースで見た、通り魔の事件の話が頭に蘇る。
幸いなことにやつは俺の一発ですっかり伸びてしまっていた。 俺は携帯を取り出すと警察に連絡した。
「―――牧野。おい、しっかりしろ!」 牧野の頬を、軽く叩く。 「ん・・・・・・?」 軽く瞬きをして、牧野の瞼がゆっくりと開く。 「―――西門、さん?」 「大丈夫か?どこか痛いか?」 「あ・・・・・ううん、大丈夫・・・・・」 そう言いながら体を起こし、そこに倒れている男を見て愕然とする牧野。 「・・・・・たぶん、こいつ通り魔だよ」 「ええ!?」 驚いて俺の顔を見る。 「だから言っただろ?この辺はあんまり治安がよくねえんだ。軽はずみにこんなところ通ったりして―――」 「ご・・・・ごめんなさい・・・・・」 青い顔をしながらしゅんんとなる牧野を、俺は思わず抱きしめていた。 「に、西門さん・・・・・?」 「無事で、よかった・・・・・」 「あの・・・・・・」 「お前が死んだら・・・・・俺は生きていけねえ・・・・・」 「・・・・・何・・・・・言ってるの・・・・・」 「後悔、したくねえんだ・・・・・たとえ玉砕しても・・・・・・」 牧野の体をちょっと離し、その瞳を見つめる。 戸惑ったように俺を見つめる牧野。 俺はその牧野の肩を抱いたまま・・・・・口を開いた。
「俺は・・・・・お前が、好きだ」
驚きに見開かれる牧野の瞳。
遠くの方から、パトカーのサイレンの音が近づいてきていた。
「・・・・・冗談、でしょう?」 俯く牧野を、じっと見つめる。 「なんかじゃねえよ。マジで・・・・・惚れてる。お前を、このまま攫ってもいいと思えるくらい・・・・・」 「ねえ、待ってよ。そんなこと急に・・・・・信じられるわけ、ない。だって、西門さん、たくさん彼女が・・・・・」 「・・・・・別れた」 「え・・・・・?」 牧野が、再び俺を見上げる。
そのとき、通りの向こうにパトカーが停まるのが見えた。 「―――ちょっと、そっちで待ってろ。俺が話をしてくる」 そう言って俺は牧野を人通りのある明るい道の方へ押しやると、パトカーの方へと向かった・・・・・。
「煩わしくなったんだ」 警察に男を引き渡し、簡単に状況を説明し、俺は牧野の元へと戻った。 そして、小さな噴水の傍へ行くと、そう切り出した。 「煩わしい・・・・・?」 「ああ。そんなふうに考えたことなかったんだけどな・・・・・。毎日複数の女と会って、夜通し遊び歩いて・・・・・根なし草みたいに渡り歩いてるのが良いと思ってた。1人の女に縛られたくないって。けど・・・・・今の俺は、お前のことしか見えてねえ。お前さえいてくれれば・・・・・それでいいとさえ、思ってる。自分でも驚いてるよ」 牧野は戸惑いながらも、揺れる瞳で俺を見つめていた。 「好きなんだ、マジで・・・・・。お前が目の前で倒れて・・・・・こんなことで、お前を失いたくないって、思ったんだよ。自分の気持ちも伝えないまま・・・・・別れるなんて、いやなんだ」 真っ直ぐに、牧野を見つめる。 もう、自分の気持ちを隠すことなんて出来なかった。 そして・・・・・さっき、微かに感じた淡い予感に、期待する。 「お前の気持ちは?」 「あ・・・・・あたしは・・・・・」 「俺は、お前はずっと司を好きだと・・・・・4年間、じっと司を待ってるんだと、そう思ってた。だから、それなら俺の気持ちは言わないでおこうと。お前を困らせるだけの想いなら、ずっと隠し通そうと思ってたんだ。でも・・・・・」 俺は目の前の、牧野の頬にそっと手を伸ばした。 牧野がぴくりと震える。 「・・・・・正直に、言ってくれ。お前が今想ってるのは、誰なんだ・・・・・?」 戸惑いに揺れる瞳。 じっと見つめる俺を、見つめ返して・・・・・・ 「・・・・・・言っても・・・・・良いの・・・・・?」 「・・・・・俺が、そう頼んでるんだ」 それでも直、戸惑いながら・・・・・
漸く、牧野が口を開いた。
「あたしも・・・・・西門さんが、好き・・・・・・」 その瞬間、牧野の瞳から涙が零れ落ちる。
俺は、震える牧野の体をそっと抱きしめた。 「どうしていいか、わからなかった・・・・・。道明寺のこと、ずっと待ってるつもりだったのに・・・・・。気付いたら、西門さんのことばっかり考えてて・・・・・。やめなくちゃって、ずっと思ってた。西門さんには彼女がいっぱいいるんだし、あたしはただの友達なんだからって・・・・・でも・・・・・・」 「やめるなんて、言うな。一番好きな女に、漸く想いが通じたのに・・・・・・今更、お前を離せるわけ、ない」 「西門さん・・・・・」
牧野の髪をそっとなで、その頬に唇を寄せる。
ぴくりと身じろぎをする牧野を、逃がさないように腕の中に封じ込め、そっと唇を重ねた・・・・・。
そして、唇を離したそのとき・・・・・
俺たちをじっと睨み付ける、その視線に気付いた。
「司・・・・・」
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